不満げな意思に尋ねると、ニヤリと笑うような雰囲気が伝わってきた。もしあのときスキルの
魔術の結晶を、フローロではなくサルナークが奪っていたら、そのまま彼の身体を乗っ取ってしまっていたのだろう。
形代を操作する魔術。自身の肉体を操りながら他者の肉体をも操作する程その術に長けたOlの目から見てみれば、わざわざ彼の術を自分の内に入れることなど自殺行為に等しい。
ナギアの手によってフローロの中からOlのスキルが引き抜かれ、元の持ち主へと戻される。
あ、あれっ!?Ol様、腕と足は!?
その際に、サルナークに斬り落とされたはずの手足が元に戻っているのに気づいて、ナギアは驚きに目を見開いた。
随分綺麗に切ってくれたからな。元に戻す程度、造作もない
そう嘯くOlの手足には、傷跡どころか血の跡一つ残っていない。フローロは今更その程度では驚く気にもなれなかった。
さて。それでお前はどうするのだ?
魔族を奴隷の身分から解放します
きっぱりと答えるフローロにOlは一つ頷く。
なるほど、大した心意気だ。だがお前一人にそれが出来るか?
いいえ
フローロは首を振り、じっとOlを見つめた。
彼の言いたいことはわかっている。
現状を変えたいと願うのであれば、Olの力を借りるしかない。
彼はその力を持っている。文字通り、この世界を変革する力。どこから来たのかもわからない、非常識な能力だ。サルナークが最上層を夢見たのも無謀とは言えないだろう。
だがと、フローロは考える。
Olと関わった時間はまだほんの僅かだが、それでもわかっていることがある。
彼はけして、善人ではないということだ。
少なくともフローロが彼を助けたことに恩義を感じてはいるようだし、それを仇で返すつもりもないようではある。しかし決して無条件に信頼できるような相手ではなく、ほんの少しでも隙を見せれば食い殺されるような恐ろしさを感じた。
対価もなく協力してくれと言ったところで無駄だろう。
私には、あなたの力が必要です。ですが、どれほどの対価を用意すればあなたの力を借りるに足るのか、私には想像すらつきません
Olは僅かに眉をひそめる。それはどういう感情なのかわからなかったが、無視してフローロは続けた。
ですから私のこの身全てを捧げます。それであなたの力を私に貸しなさい
そのような取引をせずとも、俺はお前の全てを手に入れることができるぞ
フローロは頷いた。
わかっています。ですが、あなたはそうしません
やるつもりなら、先程そうしていたはずだ。そう返しても、Olはいつでも出来るからあえてしなかっただけだと答えるだろうし、事実その通りだろう。
あなたは、誇り高い方だからです
だがその返しは想定していなかったのか、Olは僅かに目を見開いた。
あなたは強く、そして誇り高い。仰るとおり、私を手に入れようと思うならそう出来るでしょう。だからこそ、私を騙したり誤魔化したりする必要などない。私が差し出せるものを全て差し出し、それでも足りないと言うのならば、話はそれまでです。あなたのしたいようにすればいいでしょう
選択肢などそもそもないのだ。フローロにはもう何も残されてはいない。全てを奪いつくされ、魔王などという称号も名ばかりだ。
だから、彼女が使えるものはたった一つ。誠意だけであった。
お前な仮にも王を目指すというのなら、もう少し駆け引きというものを学ばぬか
しかしそんなフローロに対してOlが浮かべたのは、酷く呆れた表情だった。
まずはそこから教えてやらねばならぬようだな。全く骨が折れる事だ
そ、そんなに言わなくても良いでしょう。それで、どうなのですか!協力してくれるのですか、してくれないのですか!?
フローロが問うと、Olはますます呆れを強くする。
愚か者が
溜息とともに罵倒するOl。
あ、あの
ナギアがそこにおずおずと割って入った。
教えてやるってことは協力してくれるってことなのではありませんの?
フローロの瞳が、みるみるうちに大きく見開かれ。
察しの悪い奴だ。これでは先が思いやられる
ありがとうございます、Ol!
頭痛を堪えるように額に手を当てるOlに、フローロは頭を深々と下げた。
まずはこの最下層を抜け出したいと思います。どうか、よろしくお願いします
違うな
低く呟くようなOlの言葉に、フローロは首を傾げる。
ダンジョンの最下層とは卑しいものの住む場所ではない
ダンジョンの最上層と言ったところで、その上には地上があり、空があり、月が、太陽が、星々がある。
ダンジョンの支配者。もっとも偉大なるものが住む場所だ
だが、最下層はそうではない。それは人の至る場所の最終到達点。最も深き深奥の地。
故に我々が最上層を目指すのではなく──
これは、二人の魔王が天を目指す物語ではない。
他の者共に、ここを目指させるのだ
最深部を、取り戻す物語である。
第3話魔王の才覚を確かめましょう-1
ふむ意外と悪くはないな
品のいい調度品の並んだ部屋を見渡し、Ol。そこはサルナークが使っていたという部屋であった。流石は最下層の支配者を名乗るだけあって、皮が一枚敷かれただけのフローロの部屋とは段違いであった。
あの、Ol?
本人は壁の中だ。別に俺が使っても構わんだろう?
それは、誰も文句を言わないとは思いますけど
フローロは戸惑った様子で入り口を見つめながら、問うた。
どうして入り口を閉めるんですか?
Olのダンジョンキューブが壁を作り、唯一の入り口を塞いでしまっていたからだ。
何。余計な邪魔が入ってもつまらんのでな
そう言ってOlは羽織ったローブを脱ぎ捨てると、フローロを射すくめるように視線を向けた。
全てを差し出すといったお前の覚悟のほど。疑っているわけではないが、どれほどのものかを確かめさせてもらう
はい!
フローロはきりと表情を引き締め、頷く。
今からお前を、抱く
しかしOlがそう言うと、彼女は不思議そうに首を傾げた。
それで覚悟のほどがわかるんですか?
まあ、ある程度はな。お前が慣れておらんのはわかっている
奴隷と言っても、フローロの主人は彼女を性奴としては扱っていないようだった。経験があったとしてもせいぜい一度か二度のことだろう、とOlは踏む。
よくわかりませんがどうぞ
フローロは腑に落ちない表情をしたまま、そう言って立ったまま両腕を広げた。
何のつもりだ?
あ、すみません。覚悟を問うなら、自分から行動すべきでしたね
フローロはそう言うと、Olに近づき、彼を真正面からぎゅっと抱きしめる。