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折角木材をかき集め苦労して作ったものをと内心で呟きつつ、Olは侵入者を見据える。それは、Olが想像していた姿とは随分違った。

勇猛果敢にして豪放磊落。巨大な鉄槌を軽々と振り回す下層に住む牙族。

なるほど。男とも巨漢とも言っていないな。とOlは納得した。

巨大な鉄槌を手にし、身体のあちこちに矢が刺さったり焼け焦げていたり粘液がこびりついたりといった罠の痕跡を残した牙族の戦士は、しかし少女と言っていい外見であったからだ。

手にした鉄槌とは不釣り合いに小柄な少女だった。ふわふわとした毛並みの大きな尻尾と、オレンジがかった髪の上にぴょこんと突き出た耳。満身創痍かつその鉄槌からサルナークの血が滴ってさえいなければ、愛らしいという言葉がぴったり似合ったであろう少女であった。

妙な仕掛けを作ったのは、キミ!?

ラディコは鉄槌をびしりとフローロに突きつけ、怒鳴る。

えいえ

戸惑うフローロを離して、Olは己を指差した。

よーし!そこを動かないでよお!

言うやいなや、ラディコは鉄槌を振り上げOlに向かって突進した。フローロが補足してからここに辿り着くまでの時間でおおよそ把握はしていたが、ラディコの足はそこまで早くない。ユニスに比べればあくびが出てしまう程度の速度だ。

だが破壊力で言うなら雲泥の差だろう。あの鉄槌がかすっただけでもOlはぐちゃぐちゃにすり潰されてしまうに違いない。

行け

故にOlは言われた通りその場を動くことなく、布袋の口を開いてそう命じた。途端、袋の中から無数の蜂が飛び出してくる。サルナークに集めさせた蠍蜂と呼ばれるモンスターだ。

それは角兎のスキル突進を使って、矢よりも早い速度でラディコの全身に突き刺さった。

痛あ!?なにこれ、なにこれえ!?

すっ転んだラディコの手から飛び出した鉄槌を、Olは軽く首を曲げてかわす。それは背後の壁に激突すると、粉々になった扉の横に転がった。

身体動かなよお

ラディコは地面に突っ伏したまま、弱々しい声を上げる。

蠍蜂のスキル麻痺針だ。こんなにすぐ使う羽目になるとは思わなかったがな

警戒音を立てながら宙を舞う蠍蜂たちに、Olは魔術で命じて袋に詰め直す。

角兎の突進を、フローロは使い勝手の良くないスキルであると評していた。敵に向かって高速で突き進むだけなのだから、さもあろう。しかし角兎は同時にパンも落とすため、スキルの結晶は相当余っているのではないか、とOlは考えた。

ナギアに聞けばまさにその通りで、その大量に余ったスキルを上手く使えそうなモンスター蠍蜂に覚えさせたのである。捕獲してきたのはサルナークだ。鋼の盾を持つ彼であれば、麻痺針を食らう心配もなく好きなだけ捉えることができる。

そうして突進を覚えた蠍蜂を魔術で操れば、再利用可能な上に回避が難しく命中した相手を麻痺させる飛び道具の完成だ。知能の低い昆虫型のモンスターを操ることなど、Olにとっては赤子の手を捻るよりも容易い。

モンスターにスキルを覚えさせるなんて、考えもしませんでした

モンスターから取ったスキルをモンスターに覚えさせる事の何がそう珍しいのかわからん

サルナークやナギアと全く同じ反応をするフローロに、Olは首をひねった。人間は高い学習能力を持っているのだから、わざわざスキルなどというものを使わずとも訓練すればいいだけの話だ。

だが知能の低いモンスターに複雑な動作を仕込めるのであれば、これは大きな強みである。もしここにスピナがいれば、どれほど手のつけられないスライムを作ったことか。

そんなことを考えつつも、Olは麻痺して動けないラディコの小さな体をひょいと担ぎ上げる。

何をする気なのよう

ラディコの問いに、Olはふむと考えた。思った以上に彼女の身体能力は高かった。縛り付けたところで動きを拘束するのは難しいだろう。麻痺毒もどれほど持つものかわからない。

さらに言えば、ラディコが敗北したことも早々に知られるだろう。増援が来るよりも早く、彼女に口を割らせるもっとも効率的な手段は何か。Olはいくつか候補を思い浮かべるが、その中で最も有用なのは、といえば

気持ちのいいことをするんですか?

何故か目を輝かせて尋ねるフローロ。

まあ、そうなるか

そうなるのだった。

第4話次なる刺客を迎え撃ちましょう-6

魔力というのは実に様々な性質を持っている。中でも最も単純な利用法がこれだ

ピンと伸ばしたOlの人差し指の先端に、琥珀色の光が灯る。

魔力というのは空気のように形のないものだが、圧縮すると形と硬さを持つ。そうした上で形状を整えてやればこの通り。量を増やしてやれば剣にも盾にもなる

その指先で布をついと撫でると、切れ落ちた布がぱさりと床に落ちた。

これが、魔術

いや、正確には違う。これはただの魔力操作であって魔術ではない

どう違うのですか?

新しい弟子の素朴な疑問に、師は少し考えた。それは理屈というよりは慣習的、感覚的な分類であったからだ。

ナギアのスキルに剣術というものがあっただろう。剣を使わねば剣術ではなく、剣をただの棒のように振るってもそれは剣術ではない。そこに術理を効かせ、刃筋を立て敵の急所を狙ってこその剣術だ。それに近い

ええとなんとなく、わかる気がします

剣術スキルを持たないフローロにはあまりピンとこない説明だったが、しかしOlの言いたいことはなんとなく察して頷く。

例えばこのままでは集中を解けば魔力もまた形を失う。それでは実戦では使いにくい。そこで呪文によってそれを補い、集中を解いても形が保てるようにしてやればそれは魔術だ

つまり、自分の意志から離れるということですね

聡明な弟子の視点に、Olは満足げに頷く。

その通りだ。故に魔術は常に暴走の危険を持つ。ゆめゆめ油断するなよ

わかりました!

折角膨大な魔力を持っているのだ。フローロにもその扱い方を覚えておいてもらうに越したことはない。だが、スキル結晶の力を利用するつもりのないOlは、フローロを弟子として魔術を一から教え込んでいた。

さて。では時間もないことだし、早速施術へと移る

Olはそう告げると、部屋の中に存在する三番目の存在へと目を向けた。

両手両足を壁に固定され、服を切り裂かれて全裸になったラディコである。

サルナークが言うには、このダンジョンの壁は誰にも破壊できないのだという。確かに強力な術が籠もっているのは感じるが、Olにとってはただの壁だ。誰にも破壊できないというのであれば、それは最高の拘束具であった。