Выбрать главу

ラディコ

Olはわずかに身を屈め、ラディコの側頭部についた犬のような耳にぽそりと呟く。

思わず彼女はOlを振り返り、見上げる。

その背中を、Olは思い切り蹴り飛ばした。

それと同時に見えざる迷宮(ラビュリントス)で作り上げた壁を開き、ラディコが通り抜けたところで再び閉じる。必然、ラディコは無防備な姿で無数の炎に晒された。

そして次の瞬間。

言った通りだったろう?

ラディコに当たる寸前で、全ての炎はかき消えていた。

Olくんがフォリオ様を信じろって言った通り、ちゃんと消してくれたね、フォリオ様!

すなわち、ラディコを巻き込んで攻撃しようとしていたのは全てブラフ。人質が効かないとOlに主張するための攻撃だ。

にゃろう

フォリオはぎりりと奥歯を噛み締める。実際には、炎を消すのはいくらか間に合わなかった。より正確に言うのであれば、炎はラディコに当たる前、フォリオが消すよりも更に前に、見えない壁にあたって破裂したものがあった。

見えざる迷宮(ラビュリントス)で作った盾の更にその先に、ラディコを包む小部屋のような見えない壁があったのだ。つまりはOlにも、ラディコを犠牲にするつもりなど更々なかったということだ。

やってくれるじゃないか

ここでラディコを盾にし、見殺しにするような相手であれば、ずっとやりやすかった。フォリオは再び心の中でOlの人物評を書き換える。

思ったよりも数段厄介な相手だ、と。

第5話騙し合いに勝利しましょう-4

この戦いの鍵となるのはラディコだ。

それはフォリオとOlの共通認識だろう、とフォリオは考えた。

Olがラディコの心に干渉したスキルの詳細は不明だが、少なくとも完全にラディコが敵に回るような性質のものではないようだ。現在もラディコはフォリオに対する忠誠心をしっかりと持ち続けている。

故にOlが積極的にフォリオを攻撃しようとすれば邪魔するだろうし、ラディコを盾にするような真似を行えばフォリオ側につく可能性もある。

ラディコの銀の腕は厄介なスキルだ。あらゆる防御を貫いて一撃で決める可能性すらある。傍らに従えているからこそ、それは致命の爆弾になりうる。

ラディコ。下がっていろ

だからこそ、Olはラディコを戦線から遠ざける。それはフォリオの読み通りの行動であった。

安心しろ。お前の主人を殺すつもりはない

まるで父親のような笑みを浮かべ、ラディコの頭を撫でるOl。

無力化し、少し説得すればお前と同じ様に仲良くなれる

満面の笑みを浮かべて後ろに下がるラディコ。一体何をされることやら、とフォリオは内心苦笑いを浮かべた。

Olがラディコに使ったスキルの詳細は知らされていない。少なくとも戦闘中に使えるようなものではないとのことだが、それ以上は教えてもらえなかったのだ。

Ol、壁を開けろ!

そう叫びながら、サルナークが飛び出してきた。彼の鋼の盾であれば、フォリオの大炎も防げると判断してのことだろう。それは正しい。

サルナークが抜けるなら、壁に穴が開く。フォリオはその隙を狙って炎を放ったが、当たり前のようにサルナークの背後に展開されていたもう一枚の壁に阻まれた。思った以上に複雑な形に展開できるようだ。見えない壁を出せるというだけでも厄介だと言うのに、なんて卑怯なスキルなんだとフォリオは歯噛みする。

それに比べて──と、フォリオはサルナークに視線を移し、彼に炎を数発放った。

しゃらくせえっ!

鋼の盾は強力なスキルだ。下位互換の鉄の盾に比べて炎の熱さえも防ぐ。

道具袋

ぬおっ!?

だが全く厄介ではない。サルナークはフォリオが展開したスキルによって、突如発生した穴の中に落ちた。

壁や床に穴をあけるスキルは存在しない。少なくともOlが持っているというそのスキルの他には、フォリオは聞いたことも見たこともなかった。

けれど、空間に穴をあけるスキルならありふれている。道具袋もその一つだ。人が一人すっぽり入ってしまう程度の空間を任意の場所に作り出す。本来であれば荷物を運ぶためのスキルだが、中身はバリケードに使って今はサルナークに入ってもらった。

生き物を入れると閉じられないという欠点はあるものの、鋼の盾を一時的に無力化するには十分だ。

盾に属するスキルは強い。だがしかしだからこそ、それへの対処も様々に研究されている。傷つけられずとも封殺する方法は幾らでもあった。そんなものを無敵と過信し上層を目指していたというのだから、可愛らしいものだ。

と考えていたところで、フォリオの視界は激しく揺れた。

棍によって殴り飛ばされ地面を転がるフォリオの姿を見て、Olは小さく呟いた。

ぐ、うなん、で

上手く脳震盪を起こすことに成功したのだろう。フォリオは立つのも覚束ない様子でフローロを見上げる。彼女を殴り飛ばしたのは、フローロだ。長身のサルナークの姿と、彼にはなった炎がいい目隠しになってくれた。

フォリオの放つ炎は凄まじい温度を持っていた。壁で防いでも十発も喰らえば蒸し焼きになってしまうし、直接喰らえば二、三発で人体など炭と化す。その余波だけでも重篤な火傷は免れないだろう。

つまり、たかがその程度の温度だ。

火山の女神サクヤが操るマグマや、太陽の神の力を借りたラーメスの神火とは比べ物にならないほど弱い。並より少し上の魔術師が用いる程度の温度に過ぎない。故に、Olの使う通常の耐火魔術で十分に凌ぐことが出来た。

追撃を加えようとフローロが棍を振り上げた瞬間、フォリオは水の塊を放った。ダメージで朦朧としているせいか、とても殺傷能力はありそうにない速度の気の抜けた水の塊。それは避けるまでもなく、あらぬ方向に飛んでいった。

違う、フローロ!後ろだ!

Olの警告にハッと気づき、フローロは後ろを振り返る。

サルナーク!

水の塊はサルナークが落ちた道具袋の中を埋めていた。ごぼり、と泡が水面に立ち上る。

鋼の盾は本人にかかる力の殆どを無効化する。水の浮力さえもだ。つまり穴の中で水で埋められると、浮き上がることが出来ずにそのまま窒息死する他ない。

捕まって下さい!

よせ、フローロ!

Olの制止を無視して、フローロは棍を道具袋の中に差し入れる。だが、それに捕まったサルナークを引き上げようとして、愕然とした。

──鋼の盾は本人にかかる力の殆どを無効化する。だから、引き上げることさえ出来ないのだ。サルナークが自分の力だけでよじ登らなければならない。水中で浮力の助けも得られず、しかし濡れた服の重みだけはしっかりとかかる。

爪をかける場所さえないツルツルとした棍を、フローロの支えだけでよじ登るのは困難な事であった。そしてそんな隙を、フォリオが見逃すはずもない。