避けろ、フローロっ!
フォリオの放った炎がフローロに直撃し、炸裂する。熱そのものは魔術で防ぐことが出来ても、爆発の衝撃までは無理だった。
さて
痛む頬を押さえつつ、フォリオはゆっくりと立ち上がる。
次はどう来る?
Olが言うやいなや、フォリオの足元の床が、彼女を囲むように迫り上がった。戦闘が始まってからOlが殆ど動かなかったのは、この部屋を掌握する時間をかせぐためだ。
フォリオが待ち受けていた部屋が広かったために少々時間がかかったが、既にこの部屋の床も壁も天井も、全てOlのものだった。
そう来ると
フォリオの両手に、小さな炎が宿る。
思ってたよ
そしてその背中の翼を大きく広げると、次の瞬間、彼女は天井近くまで移動していた。
むっ!
この狭いダンジョンの中で翼など何の役に立つのか。そのOlの疑問は、見事に解消された。フォリオはその両手から小さく爆炎を放つ。その爆風をいっぱいに受け、加速するための翼だ。
迫りくる壁を蹴り、天井をかすめ、床ギリギリまで降下して、そこから急上昇。羽ばたく鳥のように滑らかな飛行ではない。稲妻のように空間を縦横無尽に切り裂く、鋭い加速であった。
Olの迷宮魔術はダンジョンの壁を操る性質上、どうしたって空中に留まるものを捉えるのは難しい。それが凄まじい早さで動くのならばなおさらだ。
Olは手を床から離すと、真っ直ぐに走り始めた。その先にあるのは、サルナークが入っている道具袋だ。Olは道具袋の中の壁も操ることが出来るのだろうか
フォリオは一瞬そう考えかけて、すぐに思い直した。どちらにせよOlには自在に操れる見えない壁があるのだ。あれを階段にする事くらいはわけのない事だろう。サルナークを解放されては厄介なことになる。
もともとそれを狙っていたのだろう。Olが進む道とフォリオがいる場所は、床から突き出した壁に隔てられていた。だがそれは地上から二メートルほどの高さの話だ。
フォリオは高く舞い上がると、壁を超えてOlの前に立ちはだかった。
危ない危ない。そうはいかないよ!
フォリオの両手に巨大な炎が生まれ、Olに向かって放たれる。見えざる迷宮(ラビュリントス)の壁がそれを阻むが、漏れ伝わる熱気にOlは足を止めた。
フォリオは構わず炎を畳み掛ける。炎を完全に防ぐスキルがあるのなら、見えない壁で防御する必要などない。であれば、炎は依然として有効なのだ。
お前のその炎
鳴り響く爆発音の中、Olの声がいやにはっきりと響く。あるいはこれもなにかのスキルなのか。そんな訳のわからないスキルがありうるのか?と、警戒すべきかどうかフォリオは悩む。
攻撃のための強力な炎と、移動のための低威力の炎。同時に出すことは出来ないな?
そうではなかった。もっと警戒すべきことが他にあった。フォリオは即座に大炎の発動をやめ、小炎を使って飛び退こうとする。だが既に、背後は壁によって塞がれていた。
悪いが俺は、見えない壁の操作と床の操作を同時にすることが出来る
はいはい、わざわざ床に手をついて見せてたのはブラフってことね
床から手を離した今であれば床や壁の操作は出来ない。そう思って攻めを急いだフォリオの負けだ。
今お前がいる部屋はかなり小さい。下手に炎を使うなよ。自滅するぞ
おお、ほんとだ。小さい
勝敗は決した。フォリオは肩の力を抜いて、目に見えない壁をぺたぺたと無遠慮に触った。広さはせいぜい二メートル四方といったところだろうか。確かにこの中で大炎を使おうものならフォリオ自身がこんがりと焼けてしまうだろう。
だが、これだけあれば十分だ。
余計な抵抗をしないで貰えるとありがたいのだが
はいはい、しませんよー
降参するように、フォリオは両手をあげる。
アタシは
彼女がそう言った途端、その懐から凄まじい速度で何かが飛び出した。それはバチバチと雷光を身にまといながら、Olの張った目に見えない壁を殴りつける。聞いているだけで恐ろしいほどの破砕音が鳴り響き、砕けた石の塊が空中から無数に現れた。
フォリオの懐に隠し持っていた道具袋から飛び出し、それを殴りつけたブランは、パチパチと瞬きする。
一撃で壊れないなんて、意外と丈夫ですね
そして当然のように二撃目を加え、Olのダンジョン・キューブを今度こそ粉々に破壊した。
第5話騙し合いに勝利しましょう-5
随分物々しいな
じゃらりと音を響かせる鎖を見つめ、Olはそう呟く。
何をやらかすのか全然わかんないからね、アンタ
鎖によって壁にくくりつけられたOlを見つめ、フォリオは言った。
そう警戒せずとも、出来ることなどない。お前との戦いで魔力は殆ど使い切ってしまったからな
ごろりと硬い床に転がって、Ol。情けないことだ、と彼は内心で呟いた。自らのダンジョンの中でなくとも、本来の彼であればあの程度の魔術行使で魔力を切らしたりはしない。
しかしこの極端に魔力の乏しいダンジョンの中においては、常に爪に火を灯すような気持ちで魔術を使わなければならなかった。
フローロは無事なのか?
さあ。ブランサマが連れてっちゃったんで、アタシは知らないよ
魔力を失いダンジョンキューブも破壊され、その上フローロがいなくなれば、Olはもはや生きていくこともままならない。手に入る食料の中には殆ど魔力が含まれていないのだから、幾ら食べても意味がない。フローロに魔力を分けてもらえなければ、飢えて死んでいくのみだ。
Olがそうして横になっていると、ラディコが姿を現した。
お前は無事だったか
あったりまえでしょ、アタシの部下なんだから
Olによって洗脳処理を受けたのだから、何らかの処分が下される可能性もあると考えていた。
フォリオ様、Olくん、どうなっちゃうのかな
まあ、スキルを抜き出すだけ抜き出して、処刑じゃないかな
処刑
へにょん、とラディコの耳が下を向く。よくもまあ懐いたものだ、とOlは他人事のように思った。
やめにならない?
それを決めるのはアタシじゃないからなぁ
フォリオもラディコには甘いらしく、彼女は困ったように癖っ毛をかいた。
アンタ、何が目的なの?
目的。目的か
フォリオに問われ、Olは遠くを見やる。フローロの手伝いをしてはいるが、それはOl自身の目的ではない。
元いた場所に帰ること、だな
まだ数日しか経っていないというのに、何よりも懐かしい我が家。愛しい妻と子、仲間たちのいる己の場所。その光景を思い出しながら、Olは言った。
アンタ、別の世界から来たんだっけ
フォリオの瞳に同情の色が浮かぶ。遠い異郷で自分とは関係のない種族間の争いに巻き込まれ、故郷を懐かしく思う気持ちはフォリオにも理解できた。