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ブランの物腰はいつもにこやかで穏やかで、しかし自分の意見をけして曲げない。仕方なく身を委ねるフローロの耳の穴を、ブランは金属製の耳掻きで丁寧に掃除していく。

こうして彼女の世話をするのも十年ぶり先王陛下が人間たちの反乱によって倒れ、フローロを最下層へと逃した時以来であった。

今までずっとお待たせしてすみませんでした。これからはこのねえやがずっとここでお世話して差し上げますからね

その言葉に、フローロは先程までとは別の意味で身体を硬直させる。

外は危険です。あの時は姫様を逃がす事で精一杯でしたが、今ならばここでお守りしてあげられます

ブランの言葉に反応するように、入口の扉が音を立てて閉まる。フローロがそちらに目を向けると、分厚い鋼鉄の扉に、更に無数の鍵がかかっていく。

ずうっと、ここで暮らしましょうね、姫様

フローロの頬を撫で、ブランはこれ以上ないほど優しげな声で、そう囁いた。

第7話己の力を示しましょう-2

フローロサンを助けに行くには、まず中層に入らなきゃいけないんですよ

ガリガリと紙に地図を描きつつ、フォリオは説明する。

で、アタシやラディは基本的にユウェロイサマに呼ばれた時以外、中層には入ることを許可されてません。中層への通路はこことこことここの三箇所で、ユウェロイサマの部屋に一番近いのがここですね

そこに三つ階段の絵を描き、そのうちの一つに丸をつける。

絵、ヘッタクソだな

それは今別にいいでしょ!?

その場の誰もが思ったことをぼそりと呟くサルナークに、フォリオは怒鳴った。

上手に絵を描くスキルさえあれば

そこまで落ち込むことはなかろう。こんなものはわかればそれで良い

頭を抱えて俯くフォリオに、流石にOlは慰めの言葉をかける。

そんな事より、それでは中層に行くには守衛を倒さねばならんということか?

Olの魔術走査で調べた結果でも、上層に向かう方法はその階段しかなかった。

いえ、強行突破はオススメしません。中層に住んでるのはユウェロイサマ達だけじゃないですからね。そんな事したら壁族全体を敵に回す羽目になっちゃいますよ

それに中層ともなると守衛のヒト達も結構強いですし、とフォリオは付け足す。

では、魔術で姿を隠していくか?

それも、悪くはないんですけど確実性がちょっと低いんですよね

守衛たちがどんなスキルを持っているかわからない。ナギアの鑑定はある程度低級なスキルしか把握することが出来ないらしく、相手の手の内を全て見分けるというわけには行かないらしい。

運良く守衛のヒト達がOlサマのマジュツ?ってのを見抜くスキルを持ってなきゃいいですけど、スキルにも姿を隠せるようなものはあるんで、高確率で看破される気がするんですよね

Olの魔術とスキルでの隠形はそもそも原理が違う。守衛のスキルで見抜かれるかどうかは半々といったところだったが、賭けるには少し分が悪い可能性だ。

なので、向こうから来てもらおうと思います

ユウェロイは苛立っていた。

大股でずんずんと廊下を歩く彼女の姿を、中層の住人たちが遠巻きに見つめている。そんな事さえ腹立たしく、ユウェロイは殊更に足音を響かせ進む。

ブランはフローロにずっとつきっきりで、部屋から出てさえ来なくなった。

無論、その確保にユウェロイは一切貢献していないのだから褒美を期待するのもおかしいのだが、それにしたって労いの一言もあっても良いのではないか。そこまでの段取りを整えたのも、安全を確保しているのもユウェロイなのだから。

くそっ

誰の目も見えなくなったところで彼女は毒づき、母なる壁を殴りつける。誰にも見せることなど出来ない、みっともない姿だという自覚はあった。

要するに、自分は嫉妬しているのだ。ブランの寵愛を受けるフローロに。それは彼女の基準では酷く醜いことであったし、名誉ある壁族の抱くような感情ではない。

だが、心の内はどうしようもなかった。

そこに追い打ちをかけるようにやってきたのがフォリオからの連絡だ。例の別世界から来たという男Olについて、緊急に知らせたいことがあるという。要件ならスキルによる通信で伝えろと言っても実際に目にしてほしいの一点張りだ。

おかげで、ユウェロイはわざわざ下層に足を運ばなければならなかった。

フォリオ!私を呼びつけるとは、お前も偉くなったものだな!

皮肉を口にしつつ、ユウェロイは下層特有の粗末な扉を押し開ける。

途端、飛来した炎の塊が彼女を飲み込んで大爆発を起こした。

──なるほど

爆炎にまかれながら、ユウェロイは全てを理解し笑みを浮かべる。

それは紛れもなく歓喜の笑みであった。

お前も敵に回ったか、フォリオ!

鬱憤を晴らす相手と名目が出来た。フォリオを叩きのめし、そして彼女を操るOlとやらを倒して報告すれば、ブラン様も認めてくれるに違いない。

そんな絵図を描きながら、熱をものともせずにユウェロイは炎から飛び出す。その全身は、鈍く銀に光る甲冑で覆われていた。

喰らいやがれッ!

爆炎の外で待ち受けていたのは、剣を振りかぶったサルナークであった。

ふん

軽く構えたユウェロイの右腕が、硬質な音を立てて刃を弾く。同時に、ユウェロイは左腕をサルナークの腹に叩き込んだ。

む?ああ、そうか。お前が鋼の盾か

肉を穿つ感覚でも、かと言って弾かれるような感覚でもない。奇妙な手応えとともに止まる腕に、ユウェロイは以前受けた報告を思い出す。

ちぃっ!なんだ!?貴様も盾持ちか!?

おそらくは剣技スキル持ちなのだろう。下がって間合いを取りながらも鋭い斬撃が飛んでくる。

そんな希少(レア)なスキルなど持っているものか

それをユウェロイは鉄の篭手でいなす。わざわざ装甲の厚い部分で受けているのだ。盾スキルのような問答無用の防御能力など持っているわけもない。

だがまあ

喉元を狙って突き出された剣。右腕で突き出されたそれに沿うようにして、ユウェロイは彼の腕に己の左腕を当てた。

お前如きにそんな大層なスキルなど必要ないがな

なっ!?

サルナークは己の腕に現れた甲冑に驚愕の声を上げた。

全身装甲。ユウェロイが使っているのは、単に己の身体に鉄の甲冑を纏うだけの単純なスキルである。それはどんな攻撃も防げるような都合のいいものではないし、物を生み出すスキルの例に漏れず集中を解けば数秒で消えてしまう。

だが本物の甲冑に比べ利点もあった。その一つが、他人の身体にも生み出せるというものである。そしてそれは、適正な部位である必要などない。

サルナークの右肘につけてやったのは、左腕の前腕鎧(ヴァンブレイス)だ。左右逆向きの鎧をつけられ、彼の腕はもう曲げることは出来ない。つまりは剣を振るう腕としては死んだようなものだ。