血だ、とユウェロイは気づいた。彼の肉体は外部からのあらゆる力を受け付けない。しかしその肉体とはどこまでを指すのか?
厳密に言えば、その力は生まれ持った肉体の多少外部まで守っている。服にさえ傷がつかないのはその為だ。おそらくはスキル使用者の認識が影響しているのだろう、というのが通説だ。
サルナークはどうにかして、その認識を己の血にまで広げたのだ。血液が付着した物体は、そこから動かせなくなる。血液を引き剥がす程度の力でさえ、鋼の盾は阻むからだ。サルナークは槍でわざと自分を傷つけ、血液をユウェロイの槍や甲冑に向けて飛ばしたのだろう。
血液も、元はといえば己の肉体だ。流れ出たとしてもそこにスキルの力を適用するのは不可能ではないように思える。だがその発想に至った事自体が、驚くべきことだった。少なくともユウェロイは今までそんな方法を考えもしなかった。
く!
甲冑を解除して離れなければ。そう判断したユウェロイが甲冑を消す寸前、爆炎が迸った。
させねェよ!
ユウェロイの腕を握っているのとは逆の手から、立て続けに炎が放たれる。逃れる為に甲冑を解除すれば、すぐに炎にまかれてしまう。かといって、これほどの至近距離で炎を打たれ続ければ流石に甲冑も保たない。
ならば。
これでどうだっ!
ユウェロイは前後左右、サルナークの全身を包み込むようにして無数の槍を作り出す。
ほんの僅かでも身体を動かせば槍が突き刺さる!この状況で、攻撃を続けられるか!?
炎を放つのに動作は必要ない。だが、だからといって人は全く身じろぎもせずにいられるものではない。ましてや全身に刃を突きつけられた状態であればなおさらだ。
残念だったな
にい、とサルナークの笑みが歪むのを、ユウェロイは確かに目にした。
指一本動かせない状況ってのはもうとっくに経験済みなんだよ!
ジッ、と水の焼ける音。しまったと思ったときにはもう遅かった。
サルナークを中心として水蒸気が弾け、彼を囲んだ槍が四方八方に弾け飛ぶ。それは蒸気の圧力と共にユウェロイを強かに打ち付け、吹き飛ばした。
ふうっくそギリッギリ何とかなったって感じだな
ユウェロイを包む甲冑が消え去るのを確認し、ズキズキと痛む手のひらに傷に顔をしかめながらサルナークは壁にもたれかかる。甲冑が消えたということは気絶したということだ。
だが、やってやったぜ大将
ユウェロイは自分よりも格上だったという自覚がある。Olが授けてくれた血を使うという策とフォリオから借りたスキルを使ったとは言え、勝つことが出来た。
Olの見立てでは勝てるかどうかは五分。勝てずとも足止めが出来ればいい。そう言って任された役割を、最上の形で果たしたことになる。
オレがここまでやってやったんだから、そっちもしくじるんじゃねえぞ
サルナークはそう呟き、天井を見上げた。
フローロが歓声を上げる。目の前に立つ男に、ブランは目を見開いた。
どうやって、ここへ?
ブランは静かに、Olに問うた。一体いつ、どうやってか。この男は突然、密閉されている筈の部屋の中に現れていた。
俺の能力は知っているんだろう?
そうか、とブランは息を呑む。Olは母なる壁を操作できる。その能力は、壁だけではなく天井や床の形すら自由自在だ。ブランはそれを、部屋の形を変えるだけのものとイメージしていた。だがもし、穴をあけることもできるとするなら
守衛など、何の役にも立たない。下の階層から穴を開け、はしごでも何でもかけていや、あるいは壁を階段に変化させて、密室にでも侵入することができる。
愕然とするブランに、Olは告げた。
フローロを返してもらおう
第7話己の力を示しましょう-4
名前:ブラン=シュ
種族:鱗族
年齢:23歳
主人:フローロ
所持スキル:拳技LV8雷身反転従者LV10
視界に映る情報に、Olはなるほどと頷いた。ナギアから借り受けてきたこの鑑定というスキル。予想以上に役に立たないものだ。
所持しているスキルは表示されているが、それがどのようなものなのか、何の意味を持っているのかまでは全くわからない。
拳技LV8はおそらく徒手空拳を用いた技の事だろう。武器を用いず戦う技を、サルナークの剣技以上の強さで持っているということだ。しかし、それでは剣技より強いかと言われるとわからない。
そもそも人の身のままでは弱いからこそわざわざ武器を使うのだ。武器を持たなくとも同じだけ強いのであれば、この世に剣が生まれる必要性がない。
雷身はおそらく一瞬だけ垣間見た、ブランがまとっていた稲妻だろう。その拳の破壊力を増す効果を持ったスキルであるはずだ。でなければ、流石にダンジョンキューブを素手で破壊するなどという芸当が出来るはずがない。
そして残りの二つ。反転と従者LV10に至ってはどんなスキルなのか全くわからない。つまりは今までOlが目にした以上の情報は殆ど得られていないという事だった。
Ol、気をつけて下さい!
ブランの後ろから、フローロが警告の言葉を発する。
ブランは、
その言葉が終わるより早く、迸る稲妻を伴った神速の踏み込みがOlを襲った。
シャン、と金属の擦れる音が鳴り、ブランの足元に火花が飛び散る。
あら。武技は使わないタイプだとお聞きしていましたが
己の鼻先、紙一枚程度の距離に突きつけられた剣を見つめて、ブランは言った。Olがその分厚いローブの内側に隠し、抜き放った剣だ。
あの速さから止まれるのか、とOlは内心舌を巻く。魔術師相手に真っ先に距離を詰めるのは定石中の定石だ。それはこの世界でも変わらない。だからこそ、サルナークの剣技スキルを借り受けてまで、不意を打って剣を抜いた。雷光の速さで動けるならば、小回りは効かないだろうと予測しての事だ。
だがブランは、地面の敷物に焦げ跡を残しつつも止まってみせた。高レベルの拳技が為せる技か、それとも雷光スキルが稲妻の如き速さで自由自在の足取りをなしうるものなのか。後者であれば厄介どころの話ではない。
まあな
答えつつ、Olはローブの裾から袋の口を取り出す。途端、無数の蠍蜂が突進のスキルでブランに向かって飛来した。
パン、と音が一度だけ鳴る。いや、鳴ったようにOlには聞こえた。だが、実際には一度ではないはずだ。そうでなくては、二十六匹の蠍蜂が全て殴り潰されている説明がつかない。拳が音より早く動いたがゆえに、一度しか聞こえなかったと判断すべきだろう。
その蜂の群れに隠れるようにして、Olは短刀を投げはなっていた。ブランはそれをも拳で殴り壊そうとして、ピタリと腕を止める。そして素早くそこに身をひねり、それをかわした。