いくつか方法はありますが、最も手っ取り早いのはより上位の壁族に貢献し、その力を示すことです。より多くの、そしてより価値のある品やスキルを上納し、今いる壁族よりも有用だと思わせるそうすれば、より高い階層に取り立てられるでしょう
ブランは簡単に言うが、それがそう簡単な話であるはずがなかった。
この世界でなにか品を手に入れるには、基本的にモンスターを倒すしかない。しかしモンスターの強さも落とすものの質も、上層ほど高くなっていくのだ。中層で上層に住む壁族よりも高い貢献度を示すのは、相当骨の折れる話だろう。
Ol、あなたにはまず下層に現れた翼獅子の特異個体を退治してもらいます
特異個体?
極稀に現れるモンスターです。詳しくはユウェロイから説明を聞いて下さい
聞き慣れない単語にオウム返しに問うが、ブランにはそれ以上の説明をする気はないようだった。
では行きましょうか
姫様。お待ち下さい
当然のようにOlの腕を取って歩き出すフローロを、ブランが呼び止める。
この仕事はOl一人で解決しなければなりません
なぜですか!?
姫様には別の仕事がございます。それにこれは試練でもあるのです
案の定食って掛かるフローロに、ブランは冷静にそう告げる。
確かにその男に、姫様の供をする事は認めました。しかし、どれだけ役に立つのかはこれから見定めなければなりません。ましてや姫様の夫となろうと言うのならば、それだけの価値があると証だてる必要があります
むー別に、ブランに認めてもらう必要なんてありませんが
不満そうに唇を尖らせ、フローロ。
良いだろう。フローロ、お前は待っていろ
うーわかりました
Olがそういうと、フローロは不承不承ながらうなずいた。
一応これをお返ししておきます
ブランがダンジョンキューブの残骸を渡す。堅牢だった石の塊は大きく砕け、全体にヒビが入ってしまっている。
よくもまあ、派手に壊してくれたものだ
使えますか?
無理だな
これほど破損してしまっていては、自重に耐えることすらできない。展開すればバラバラに砕け散ってしまうだろう。修理するには大量の魔力と石材が必要となる。ダンジョンコアと龍脈の魔力がない以上、修復は不可能だ。
別の武器を手に入れる必要がある。Olはそう思案を巡らせるのだった。
いいか。私に話しかけるな。無駄口を叩くな。お前に許されているのは任務を遂行することだけだ。ブラン様の命令でなければ今すぐにでも突き殺しているところだ
開口一番、ユウェロイは鋭い目つきでOlを見据えながらそう言った。
お前とブランの関係は何なんだ?なぜ人間の壁族が魔族に従っている?
構わずOlがそう尋ねると、頬を槍がかすめる。
無駄口を叩くなと言っただろう
スキルで作り出した槍をしまいながら、ユウェロイは吐き捨てる。
だが特別に教えてやる。ブラン様は私にとっての恩人なのだ
しかし案の定、彼女はブランの話なら幾らでもしたいようだった。
私達の関係はそもそも人間の反乱の前、まだこの壁界を魔族が支配していた頃に遡る全ての魔族が奴隷である今と違って、人間も大半はただの民だった
先程までの不機嫌そうな態度とは裏腹に、ペラペラと語り始める。
だが私は運悪く親を失い、幼くして孤児となった。他に身寄りもなくもはや奴隷となる他なかった私を、ブラン様は下女として取り立て救ってくださったのだ
反乱後、魔族が奴隷となって後はその逆をしているというわけか
その通りだ。ブラン様の偉大さがわかったのなら、お前も忠実に従うが良い
まるで我がことのように誇らしげに語るユウェロイ。確かにそれは納得できる話ではあったが、この入れ込みようはただそれだけの理由でもないだろう、とOlは踏む。
酷い有様だな
ユウェロイと共に下層へと赴きしばらく進むと、Ol達は大量の死体が散らばっているのを見つけた。血溜まりの中、バラバラになった手足や胴体、首が八人分転がっている。
怖気づいたか?
その光景に眉をひそめるOlに、面白くもなさそうにユウェロイ。
これしきで怯まれては困る。お前は今からコレを作り出したものと戦うんだぞ
死体はこのままでいいのか?
嘲るような、失望したような声でいい、先に進もうとするユウェロイにOlはそう声を上げる。
このままとはどういう意味だ?
死体を燃やしたりしないのか
Olのダンジョンでは、居住区で出た死体は火葬にしていた。魔物たちが徘徊する上層ならそのままにしておけばスライムなり何なりが分解してしまうが、居住区ではそうもいかない。かと言って土葬にしてはいずれその部分を掘り進めないといけなくなったときに墓を暴かなければならなくなるからだ。
そのような必要はない。そうしておけば死したものはやがて母なる壁へと還るのだ
母なる壁。どうもそれがこの世界の宗教観であるらしい。文字通りの壁のことだけでなく、床や天井つまりはこのダンジョンを形作るもの全てに対し使う言葉だ。
普通に考えれば死体を放置していても腐るだけで石の床に吸収されることはないはずだが、何かしらの仕掛けがあるのだろう。
この先だな
被害者がいるということは、目的の特異個体とやらはそばにいるはずだ。Olが周囲を魔術で確認すると、すぐにそれらしきものが見つかった。
なに? わかるのか?
驚いたように目を見開くユウェロイに首肯しながら、Olは隠形の術をかける。そして進んでいくと、翼獅子はすぐに見つかった。
体長およそ十フィートこの世界の単位に直せば三メートル程度の獣だった。首の周りに長い毛が生えており、縞模様の入った身体を支える太い六本の足に、頭からは捻じくれた角。名前の通り背にはコウモリのような翼が生えていた。言うほど獅子には似ていないが、そこは翻訳の都合もあるのだろう。
いた! 何をボサっとしている!
動くな
その姿を見るやいなや全身を甲冑で覆い戦闘態勢に入るユウェロイを、Olは手で制する。
奴からは今、俺達の姿は見えていないし、声も聞こえていない
何?お前のスキルか?
そのようなものだと思え。だが大きく動けばこの隠形は解ける
ふうむ妙なスキルもあったものだな。だが動かねば戦えんだろう
どのみち同じことではないのか、とユウェロイは腕を組む。
戦わない。今回は情報収集に来ただけだ
何を馬鹿なことを敵を目の前にしていながら、尻尾を巻いて逃げるというのか!?
叫ぶな。大きく動けば術が解けると言っただろう
Olにしてみれば、能力も強さもわからない敵を相手に無策で挑むことの方がありえないことだった。ましてやあの翼獅子はどう見てもかなりの強敵だ。