貴様がそうしている間に、また民が死ぬのだぞ
民の事を案じていたのか?
だが、ユウェロイの口から意外な言葉が飛び出した。
他に何の理由がある?
正直、逃亡など誇りが許さないとかもっと馬鹿馬鹿しい理由であると思っていた。どうやらこの女のことを少々見くびっていたらしい、とOlは内心ユウェロイの評価を上げる。
だが無鉄砲に戦うわけにはいかんだろう。まずは相手の能力の見極めをだな
お前にやる気が無いのなら私が戦う!
しかし話もろくに聞かずに突撃する彼女に、上がった評価はすぐさま下降するのであった。
第8話セックスしないと出られない部屋を作りましょう-3
おおおっ!
ユウェロイは雄叫びを上げながら突進し、その手にはスキルによって大振りな突撃槍が生まれる。この時点でOlがかけた隠形の術は解け、彼女の存在に気づいた翼獅子は呼応するように大きく翼を広げた。
はあっ!
投げ放たれた槍は、しかし翼獅子の厚い毛皮に阻まれかすり傷さえつけることなく弾かれる。そしてお返しとばかりに、その口から猛烈な炎が吹き出してきた。
だがユウェロイは避けるどころか、むしろ加速して炎の中に突っ込む。
この程度か!
そして翼獅子の身体に触れると、その手足に甲冑を生成して拘束してみせた。
この程度か、じゃない。お前、俺が耐火の術を使わねば今焼け死んでいたぞ
フン。私の鎧があの程度の炎に負けるものか
なんとかギリギリ術を間に合わせたOlに、ユウェロイは平然とそう答える。鎧そのものは負けずとも中身は蒸し焼きだろうが、と思うが、この世界の無茶苦茶なスキルとやらならあるいは熱も防ぐのかも知れない。
と、その時。ユウェロイの背後でミシリと不吉な音が鳴った。
翼獅子が自身を拘束する甲冑をへし折りながら、その太い前足を振るう。Olは咄嗟に間に割って入り、ダンジョンキューブを展開する。元々壊れかけていたキューブはそれで完全に砕けてしまったが、かろうじて一撃を防ぐ役にはたった。
まさかこの私に背中を見せろというのか!?
ユウェロイの腕を強引に引き、逃げ出すOl。流石に分が悪いと感じたのか、ユウェロイは舌打ちを一つして後に続いた。
翼獅子に絡みつかせるように展開されたダンジョンキューブがバキバキと破壊される音が背後から響く。少なくともブランの馬鹿力に匹敵する膂力を持っているということだ。これで仮に魔力があったとしても修復は完全に不可能になったな、とOlは内心でひとりごちた。
おい、行き止まりだぞ!
Olが逃げた先は、突き当りになっていた。背後からは翼獅子がすぐそこまで迫っていて、その口を大きく開ける。喉の奥からチカリと光が瞬いて、炎が吐き出されるその寸前、Olは壁を操作して翼獅子との間を遮断した。
ごう、と炎が吹き荒れ、壁に吹きかけられる音がする。しかし音はともかく、やはりダンジョンの壁は翼獅子でも破壊することはできないらしい。しばらく壁を引っかく音がしていたが、それもいずれ止んだ。
それで、これからどうするのだ
一つ、悪い報告がある
苛立った口調のユウェロイに、Olは平静な口調で告げる。
魔力が尽きた
何だ、それは
俺のスキルの源のようなものだ。それがなくては俺はスキルを使うことはできない
どういう理屈なのかわからないが、この世界の人間が使うスキルとかいう力には、元手が必要ないらしい。そんな訳はないと思うのだが、どんなに連発しても何かを消耗している様子はない。
ハッ。元々期待などしていなかったが、想像以上の無能だな。ブラン様には、やはりお前は何の役にも立たなかったと報告するとしよう
どうやってだ?
未だ状況を理解していないユウェロイに、Olは問う。
どうやってとは、何の話だ
魔力がないということは、この壁をどけることもできない、ということだぞ
Olは己が動かした母なる壁を拳で軽く叩く。
何? その魔力とやらは、いつになったら回復するんだ
しない
魔力は、体力のように自然と回復するものではない
勿論、Olが元いた世界であれば話は別だ。あの世界には魔力が満ちていて、呼吸しているだけでも自然とゆっくり回復していく。だがこの世界は違う。魔力はほとんどどこにも存在しておらず、Olの生命活動によって減りこそすれ、自然と増えることはない。
それはまさか、ここから出ることもかなわんということか!?
お前がこの壁を破壊できないのならば、そうだ
母なる壁だぞ!? できるわけがないだろう! 鉄腕でも無理だ!
Olが張った壁はごく薄い。だがそれでも、物理的な破壊は翼獅子にすら不可能だった。試すまでもなく、ユウェロイの槍でも無理なのだろう。
なぜ穴を開けておかなかった!?この無能め!
無茶を言うな。見ただろう。あいつは炎を吹くのだぞ。穴など開けたらそこから炎を吹き込まれて蒸し焼きだ。それともお前が真っ向から戦って殺されていた方がマシだったか?
Olの問いにユウェロイはぐっと呻く。彼女とて、あの場に留まっていれば自分が負けていただろうことくらいは理解はしていた。
何かその魔力というのを回復する方法はないのか!?
まあ、ないわけではないな
ユウェロイはOlに詰め寄り、その胸ぐらをつかむ。
隠し立てするな。さっさと吐け
酷く気が進まない方法なのだが
言え
釣り上げるようにしてOlの身体を持ち上げ、ユウェロイは槍を突きつけて凄んだ。
お前とまぐわえばいい
あまりに想定外の返答に、ユウェロイは理解が追いつかず呆けたような声を上げる。
魔力というのは誰でも多少は持っているものだ。無論、お前の身体の中にも存在している。俺の見立てではお前の持っている魔力の半分ほども使えば、この壁に脱出できる程度の穴を開けられるはずだ
だがOlが詳しく説明するうちに、ユウェロイはようやく自分が何を言われているかを呑み込むことができた。
貴様、ふざけているのか!? そんな事、できるわけがないだろう!
だから言っただろう。酷く気が進まない方法だと
吊り下げられ槍を喉元に突きつけられながらも、Olは腹立たしいほど冷静にそう告げる。
他に方法はないのか!
あっさりと断言するOlを放り出すように手を離し、ユウェロイは奥歯を噛み締め周囲を確認する。
我々が帰らなければ、ブラン様が救出をよこしてくれるはずだ
誰かが助けに来たとして、この壁をどうにかできるものはいるのか?
いるわけがなかった。母なる壁は本来、どんな力を持っても不変であり不滅であるからこその母なる壁なのだ。それを自在に操作するスキルなど、目の前のふざけた男以外に見たことも聞いたこともない。