で? そんな話をしに来たわけではあるまい
フォリオがOlのことを何かと探ろうとしているのはわかっているが、だからといって用もないのに付け回すほど暇でもない。
Olが促すとフォリオは心得ているとばかりに頷いて、答えた。
Olサマがご所望のアレ、集まりましたよ
ふむ。確かに揃っているな
がんばったよ、Olくん!
翼獅子のアレオスと戦った下層から中層にあるOlに割り当てられた部屋へと移動する。そこで待っていたのは大量のがらくたと、それを運び込んだユウェロイの部下犬のような耳と尻尾と性格を持つ牙族の少女、鉄の腕のラディコだった。
元は横になればそれで埋まってしまうほどに小さかった部屋だが、Olが無断で周囲の廊下を取り込み壁を押し広げたので、今ではユウェロイやブランの私室よりも大きくなっている。
こんなに集めてどうするんですか?
その部屋の中に所狭しと積まれたベッドや本棚と言った家具、そして大量の鉄の鎧を見てフォリオは首を傾げた。家具はまだしも、鎧を着る人間の当てがまったくないからだ。
こうするのだ
Olが家具に触れると、木板がバラバラになって崩れ去る。かと思えばひとりでに組み合わさって、巨大な蓋のない箱が出来上がった。
更に鎧の山に触れると、鉄でできたそれはまるで熱された飴のようにぐにゃりと曲がり、互いに溶け合って巨大な一つの塊になる。Olはそれを引き伸ばし、複雑な形を作り上げて木箱に接続していく。
わーすごーい!
ええと、色々お聞きしたいことがあるんですケド
そして出来上がったものを見てラディコは素直に歓声を上げ、フォリオは頭を抱えた。
ドロップ品を溶かしてくっつけて加工するなんて事をさらっとしないで貰えますか? びっくりしちゃうので
何を言ってる? 俺が壁を動かすのは散々見ているだろう。変性魔術としてはあれよりだいぶ簡単だし、お前たちの価値観としてもそうだろう?
なにせ信仰の対象にまでなっている程、彼らは壁を絶対視している。確かに壁を動かすのは難しいが、実際以上に驚かれているという自覚はOlにもあった。
いやーどうでしょアタシ的にはどっこいどっこいって感じですね
ふむ。そうか
木をノコギリで切って組み合わせたり、鉄の鎧を炉に放り込んで鋳溶かし型に流し込めば全く同じことができる。Olがしたのはその手順を少々省略しただけのことだ。にも関わらずそこまで驚かれるとは、この世界の常識は相変わらずよくわからん、とOlは内心呟いた。
それで、これは何を作ったんですか?
うむ。このダンジョンには足りないものが幾つもあるが、これはその中でも最重要と呼べるものだ。すなわち──
本来ならばもっと早くに作りたかったのだが、素材が足りなかったのと手が回らなかったのでここまで遅くなってしまった。
湯殿だ
魔王Olがこよなく愛する、浴室を作るためのものだった。この世界には湯殿がより正確には浴室という概念が存在しない。入浴するときは大きなたらいに湯や水を張って身体を洗うのだが、それではせいぜい腰までしか浸かれないし、湯もすぐに冷めてしまう。
Olの望む、肩までゆったりと長時間浸かる湯殿には程遠いものだった。故に、こうして作ったのだ。ゆったりと入れる巨大な浴槽と、湯を温め続けるためのボイラーを。
最重要、ですか?
Olからその機能を説明され、フォリオは引きつった笑みを浮かべてみせた。ユウェロイが上司として面倒な奴であったことは間違いないが、こいつはこいつでもう少し本心を隠すという事を覚えればいいものを、とOlは思う。
まあ、理解できないのであれば身体に叩き込むまでだ。
せいぜい思い知るがいい。湯というものの持つ力をな
第9話部下の望みを叶えましょう-2
これは確かに最重要っていうのも過言ではないかもですね
浴槽にどっぷりと浸かり、背中の羽を文字通り伸ばしながら、フォリオは弛緩しきった様子でそう呟く。Olとしてはできれば湯に浸かる時は身体に巻いた布を外して欲しかったが、フォリオは籠絡のために一度抱いただけで妻でも愛人でもない。流石にそこまで要求するのは憚られた。
そうであろう
Olくん、まだ出ちゃだめえ?
心得顔で頷くOlの膝の上で、しかしラディコは不満げに声を漏らした。浴槽は十分大きく作ったから二人や三人一度に入ったところで膝の上に乗る必要などないのだが、生憎と深さの方がラディコにとってはやや深すぎた。Olが肩まで無理なく肩まで浸かれる大きさにしたのだから無理もない。
常に中腰でいなければ口元まで湯に浸かってしまうので仕方なくOlが膝に乗せたのだが、恩湯に加えて人肌の体温まで伝わって熱くなったからか、それとも単に元々堪え性がないからなのか、すぐに湯から出たがるのだ。
もう少し堪えよと言いたいところだが、仕方あるまい
もっと湯を楽しんで欲しいところではあったが、だからといって本来身も心も安らぐための入浴で気疲れしてしまっては本末転倒だ。湯冷めしてしまわない程度に身体を温めさせてから、Olはラディコを抱きかかえるようにして浴槽から上がった。
あ! えっと、じゃあお背中洗いますね!
ふむ、そうか? では頼もう
するとフォリオが慌てたように湯船から出てきて、道具袋から石鹸と洗い布を取り出す。体に巻き付けている布と同様、湯を溜めている間に自身の部屋から持ってきたものだ。
じゃあアタシが背中をやるから、ラディは前をお願いね
ぐったりしていたラディコは途端に元気になって腕を振り上げると、布で石鹸を泡立ててOlの胸板をゴシゴシと洗い始めた。
石鹸があるのだな
はい。泡雫球なんかがドロップします。流石に中層で取れる石鹸は質がいいですねえ
そんな事を答えながら、フォリオはOlの背中を洗い布でこする。その布は彼女が身体に巻き付けているものとは違って、目が粗く硬質な素材でできているようだった。
身体を拭くのには向いていないが、その分石鹸を泡立てたり、身体をこするのには向いている。久々の湯殿にゆっくりと浸かり、ゴシゴシと前後から垢を落とされる感覚は実に心地よいものであった。
さて、一体何を要求されるやら、とOlは思う。
一番風呂を譲ろうとしたOlに対し、身体に布を巻いてまで一緒に入ろうと主張したのはフォリオだ。ラディコは単純に喜んでいたしその反応に裏はないだろうが、フォリオの方はそうではないだろう。
一応、現在のフォリオはOlの部下というか、奴隷ということになっている。元々はユウェロイの物だったが、結果として彼女を裏切る形になり、それを庇うために交渉したからだ。