前衛と後衛がちょうど二人ずつだ。オレとそっちのチビが前を行く。大将と羽女は後ろを歩け
チビじゃないよお!
両手を振り上げ抗議するラディコを、サルナークは完全に黙殺した。そうやって腕を上げてもサルナークの上背には敵わないのだから、評価自体は事実ではあった。
この通路の広さだと、前衛が二人では横を抜かれるのではないか?
Olが知る限りこの世界の通路の幅はどこも同じで、およそ十六フィート半この世界の単位で表現するならば五メートルだ。二人でカバーするには少々広い。
まあな。だがアンタに前を張らせるわけにもいかんだろ。フローロのお嬢がいれば良かったんだがな
本人も行く気だったようなのだがな。ブランに却下された
過保護なこって
呆れたようにサルナークは肩をすくめる。
過保護、か
だがその言葉が、どこか引っかかった。具体的に何が、というわけではない。しかしブランの態度には、妙に違和感を覚えるのだ。
ま、羽女はともかく大将のことはオレが守ってやるさ。まだアンタに死なれるわけにはいかないからな
いいや、その必要はない
首を横に振り、Olはサルナークの隣に並ぶ。そして宣言した。
俺が前衛になる
あん?あのよくわからん箱みたいな武器はぶっ壊されたんだろ?ナギアのヤツから剣技スキルでも奪ってきたのか?
Olの武器であったダンジョン・キューブはブランの攻撃によって破損し、翼獅子との戦いで完全に破壊された。核となる石材から粉々にされてしまったから、もはや修復すら不可能だ。
いいやもっと、情けないものだ
情けない?
Olの言葉に、フォリオが首を傾げる。
よくわからんがまあお手並み拝見といこうか
サルナークの瞳がギラリと剣呑に輝き、回廊の奥を見やる。ガシャガシャと音を鳴らしながら現れたのは、全身を白い殻に覆われたモンスターだった。遠目には鎧を着こんだ騎士のようにも見えるが、その腕は四本ありそれぞれに剣を手にしている。
ふと、Olの脳裏を四本腕の悪魔とその庇護対象であり、弟子でもあった少女がよぎる。
白殻兵が三匹か。一人一匹だな
いや。それには及ばん
接敵に備え剣を構えるサルナークを無視して、Olが一歩前に出る。かと思えば、彼は凄まじい速度で白殻兵に肉薄した。
サルナークが瞠目する。
なんだそりゃあ!?
Olの腰辺りから獣のような脚が突き出して、彼はまるで半人半馬のような姿で駆けていた。かと思えばその右腕が巨大な獅子の顔となり、白殻兵を一口で噛み砕く。
大将、一人で突出しすぎだ!
敵は後二体いる。サルナークが慌ててOlを追いかけるが、それよりも早く二対四本の腕が二組、計八本の白刃がOlに迫っていた。
だがそれを、Olの背中からバサリと広がった蝙蝠のような翼が阻む。薄く柔らかそうな皮膜はしかし、白殻兵の振るう剣に傷一つつけられることはなかった。
お返しとばかりにOlの左腕から鋭い爪が三本生えて、白殻兵を四つに切り捨てる。そして慌てたように最後の一匹に向け、Olは右腕の獅子頭を向けた。
放て、アレオス
その名を呼ぶと同時に凄まじい熱量の炎がほとばしり、一瞬にして最後の一匹が消し炭と化す。
ふむ。悪くはないな
信じられないドロップ品を、モンスターに戻したんですか!?しかも一部だけ!?
二匹目を倒してから三匹目に移るところで少々もたついたが、もともと戦闘の専門家でもないOlの戦果としては上々だ。その結果に満足していると、フォリオが興奮した様子で翼をはためかせ文字通り飛んできた。
お前が思っているほど大した技術ではないぞ。もともと変形する機構があるのだから、それを少々弄っただけだ
それも、翼獅子アレオスにOlの意思を理解するだけの知能があり、こちらに従うことに同意しているからこそ出来る芸当だ。他のモンスターで同様のことを試しはしたが、一部だけアイテムとして、一部だけモンスターとして存在し機能するなどという技を使えるのはアレオスだけだった。
いやいやいやいやOlサマの感覚、絶対おかしいですよ
そればかりはオレも同意する
頭を抱えるフォリオに、サルナークが呆れていいやら感心していいやら計りかねたような表情で頷く。
ねえねえOlくん、どうしてそれがなさけないの?
ラディコだけが特に気にした様子もなく、素朴な疑問を呈した。
この戦い方は部下の猿真似だからだ
Olが知る中で最も強い存在──魔王軍最強の獣の魔王、ミオのほんわかとした顔を思い出し、Olは呟くように答える。
ラディ、お前にも新しい武器を用意した
なあにこれー?
Olが懐から取り出した物に、ラディコは首を傾げる。
なんだそりゃ?
不思議な形をしていますね
のみならず、サルナークとフォリオも首を傾げる。それはこの世界には存在しないし得ない道具だからだ。
大まかな形としては取っ手がついた球形の器である。ちょうどラディコの頭くらいの大きさで、上には大きく穴が空いており、取っ手の逆方向、側面には長く管が伸びている。そして管の先端は大きく広がり、無数の穴が空いていた。
これの名は、如雨露という
ジョウロ?
要するにそれは水やりの道具であった。空がなければ太陽もなく、植物すらないこの世界にジョウロがあるわけがない。その割に木製品はあるのだが、これは木のような姿をしたモンスターがドロップするものであるらしい。
フォリオ、水塊で水を入れろ
水デスか?
怪訝そうにしながらも、フォリオは言われた通りラディコの持つジョウロに水を入れてやる。
鉄の腕は全身の筋力を強化するスキルだと思われている。が、違う。実際に強化しているのは、力そのものだ
鋼の盾が攻撃を防ぐスキルではなく、力を無効化しているのと同じだな
対となるスキルを二つ名にするほど使い込んでいるだけあって、サルナークはOlの説明をすんなりと受け入れる。
どう違うのお?
だがやはり鉄の腕を二つ名としているはずの当のラディコが、首を傾げた。
膂力を強化しているのであれば、つまるところ攻撃の威力は重さと速さで決まる。どれだけ力が強かろうと速さには限界があるから、重い武器を振るう必要がある
それは単純な物理計算だ。どれだけ剛力無双の大男だろうと、ゆっくり突き出した拳が何かを傷つけることはない。
だが力そのものを強化しているのであれば、重いものを使う必要などない。鉄の腕は重さと無関係に、威力だけを上げるからだ
それは使用者の肉体を守るための原理でもあった。容易に骨を砕ける程の力を筋肉が発揮すれば、その力は己の肉体にも向かう。つまり自身の骨も砕けるのだ。
だからOlが魔術で肉体を強化するときは、発揮する力だけでなく同じだけ頑丈さを上げるのにも魔力を使う。だが鉄の腕にはそのような自身を守る機能はついていなかった。