焦るサルナークに、ルヴェが勝ち誇る。
ハ!だったら楽だったんだがなあ!
スキルで上回ってれば負けないのであれば、サルナークは今まで散々辛酸を舐めさせられるような事などなかった。今の彼には、スキルの差などやりようでいくらでも覆せることが骨身にしみてわかっていた。
お姉様、黒髪の人間は鋼の盾剣技LV5、牙族が銀の腕翼族は大炎に道具袋持ちです。そしてあの金髪の人間は
鑑定スキルを持っているのだろう。クゥシェが主要なスキルを報告しながら、Olに視線を向ける。
そして、動きを停止させた。
Olはその干渉に対する防護を敢えて切り、クゥシェに全てを見せた。
全てを、だ。
つまり彼女の視界はこのようなものになる。
医療魔術LV10>小癒・縫合・皮膚整形・精力回復>中癒・骨接合・負傷再生・疲労回復>大癒・欠損再生・機能再生>快癒・灰化復元>解毒・獣毒消去・蛇毒消去・蛙毒消去・魚毒消去・虫毒消去・草毒消去・茸毒消去・竜毒軽減>悪化・小傷・中傷・大傷・麻痺・無痛・盲目・沈黙・嗅覚喪失>五感強化・視力強化・聴力強化・嗅覚強化・感度強化>蘇生・回生・復活・死者蘇生>精神・平静・興奮・恐怖・混乱・魅了・睡眠・忘却・痒み・吐気・狂戦士攻撃魔術LV7>熱術・小炎・大炎・猛炎・炎壁・炎球・小氷・大氷・氷壁・氷球・凍風・灯火・閃光・暗闇>力術・小風・大風・操雷・雷撃・降雷・飛礫・巨岩・爆発・爆裂・魔力矢・魔力槍・魔力刃・魔力鎚・魔力鞭・魔力盾・魔力鎧変性魔術LV10>形状変化・巨大化・縮小化・加工>性質変化・硬質化・軟質化・封炎・封凍・封雷・易燃・易凍・導雷・加重・減重・色彩変更>元素変換・金属化・砂化・液化・固体化・石化・石化解除幻影魔術LV10>幻覚・幻視・幻聴・幻嗅・幻味・幻触・念話・伝達>幻影・幻像・幻音・幻臭・幻物・透明化>複合幻影・幻獣召喚・投影・広域幻想・隠形・変装・変身召喚魔術LV10>召喚・物質召還・小型生物召喚・中型生物召喚・大型生物召喚・精霊召喚・悪魔召喚>召還・所有物召還・使い魔召還・リル召還・送還>転移・方向転換・交換・瞬間移動・長距離転移・大規模転移>結界・封魔結界・認識結界・防護結界・増幅結界・減衰結界・時留結界・拡大結界・支配領域付与魔術LV10>物質付与・保護・施錠・開錠・物質操作・軽量化・攻撃強化・防護強化>生物強化・筋力強化・耐久力強化・持久力強化・敏捷性強化・反射神経強化・巧緻性強化・五感強化・再生力強化・耐炎・耐凍・耐電>魔道具制作・発動体化・恒常付与・魔術封入・魔術定着>対魔術・魔術防護・魔術反射・魔術抵抗・対抗魔術・魔術減衰・魔術増幅・解呪死霊魔術LV10>対霊・霊視・探霊・探骸・霊会話・霊魂捕縛・操霊・魂魄操作・除霊・封霊>死霊操作・死体作成・骸骨作成・不死化呪術LV10>呪言・禁止・指令・契約・予言>類感呪術・呪殺・雨乞・形代>感染呪術・悪化・憑依・呪詛・同期迷宮魔術LV11
そして鑑定スキルには、知られていない挙動があった。それは使用者が表示された情報を全て認識するまで行動できなくなるというものだ。読んで内容を理解するまではいかなくともいい。ただ文面を目に入れればクリアできる条件であり、普通の相手であれば意識する事もない刹那の間にそれは終わる。
だがOlの持つ膨大な量のスキルは視界に収まりきらず、意識を端に向けてページをめくる必要があった。その確認にはどんなに急いでも数秒かかる事を、Olはナギアとの実験で確認している。
お嬢様!?
いっくよー!
背後でクゥシェの異常に気付いたテールに向かって、ラディコがジョウロを振りかぶる。最初の鉄鎚は見せ札だ。腕を所有していることを理解させ、行動を縛る。
くっ俺の後ろに!
テールは腕を大きく広げ、背後に二人を庇う。ただの水滴とは思えない破壊的な音が床や壁を跳ねて、テールは己の判断が正しかったことを悟った。
そして、間違っていたことも。
これは酷いハメですね
空になったラディコのジョウロに、若干引きながらもフォリオが水塊で水を補充する。水塊はただ水の塊を出すだけの、攻撃でもなんでもない日常生活用のスキルである。
故に、クールダウンはほぼ無きに等しい。ラディコ自身が水塊を使うのならばまだしも、フォリオが完全な連携で水を足すから隙もない。結果として、彼女は致死の雨を無限に振りまく存在となっていた。
背後に二人を庇っている以上、テールは動くことができない。そして斜線を完全に遮られ、ルヴェとクゥシェも射撃系のスキルを使えない。クゥシェが氷の壁を張るも、もちろん銀の腕を持つラディコの動きを止めることはできず、もろともに破壊された。
だがこれは完全な膠着状態だ、とテールは思う。敵もまた、この破壊の雨の中に入ることはできない。鋼の盾では銀の腕の攻撃を防ぐことはできないからだ。
早く何とかしなさいよ、テール!
ルヴェから檄を飛ばされ、テールは一か八かの賭けに出ることにした。右手で握りしめた大斧を、手首の力だけで投げ放つのだ。テールの膂力と金の腕の力があれば、それでも十分相手を殺傷する事はできる。だがもし外せば打つ手はなしだ。
狙うは相手の攻撃の要、銀の腕の牙族の少女。幼い同族を手にかけるのは少々気が引けたが、守るべき主の命と引き換えにできるものではなかった。
テールが拳に力を入れた瞬間、鋼の盾の男──サルナークが動く。テールは馬鹿な、と目を見張った。クゥシェは確かに鋼の盾と銀の腕だと言っていた。だがサルナークは水滴を意に介した様子もなく進んでくる。
テールには推測できなかった。ラディコが、銀の腕を持っているのならば何の意味もないはずの鉄の腕を持っていること。そして、同様に考えたクゥシェが、報告を怠ったことを。
テールは知らなかった。銀の腕と鉄の腕を持っている場合、そのどちらを使うかは自由に切り替えられることを。
お嬢様。動かないでください
だが問題はないはずだ。大斧の届く範囲に来たら切り伏せればいい。サルナークの持つ剣技はLV5。その程度であればいかようにもなる。
ついたぜ、大将
うむ、ご苦労
だがその懐からぬっとOlが現れ、テールに向けて手のひらを向けた。道具袋か、と内心舌打ちしつつも、テールは大斧を振りかぶる。その瞬間、降り注いでいた水滴が途切れ、ほんの一瞬だけ彼は意識をラディコへと向けた。
視線をOlに戻したとき、彼の手からは灰色のガスのようなものが噴き出していた。動きはさほど早くはないが、避ければ背後のクゥシェとルヴェに当たる。
それがどのようなものであろうと金の盾で防ぐ。それが不可能なものでも金の腕で打ち破り、大斧の一振りで二人まとめて殺す。そう決意して息を止め、テールはガスを浴び──
そして、それが彼の最後の思考となった。