テール!?
全身が灰色の石に変化し、ピクリとも動かなくなった従者にルヴェが悲鳴のような声を上げる。
やはり金の盾でも変性術は問題なく通るな
鉄の鎧を湯殿に変えたのと同じ系統の術。何の力も与えずただ性質を変えるだけの変性術ならば、盾でも無効化できない。
アレ一瞬で終わるから最初は何やられたか全くわかんねえんだよな
あ、経験済みなんデスね
同情するように呟くサルナークに、それもそうかとフォリオは納得する。Olがぶっつけ本番で試すわけがなく、検証するならサルナークしかいない。
テールを無力化したOlは、残る二人に視線を向ける。
ひっクゥ!
氷の壁がOlを巻き込むように出現し、即座に雷撃が放たれた。盾を持っていない以上、避けることも防ぐこともできないはずの必殺のコンボ。
これで終いだ
だが意に介した様子もなくOlは進み
クゥシェの脳裏に先ほど目にした耐凍耐雷の文字が思い出された次の瞬間、彼女の視界は真っ暗に閉ざされたのだった。
第10話ダンジョンを探索しましょう-3
ルヴェが目を覚ました時、そこは簡素な部屋の中だった。彼女の寝所とは比べるべくもない、小さな部屋。部屋の中央にぽつんと寝台が一つ置いてあるだけで、他には家具らしい家具もない。縦横十メートルつまりは四ブロック分の小さな部屋だ。
そしてその端に、ルヴェたち三人は首から下だけが石化した状態で並べられており、目の前には先ほど戦った金髪の男と見知らぬ魔族の女──Olとフローロが立ち、ルヴェを値踏みするかのように見下ろしていた。
あんた、よくも!あたしをこんな目に合わせてタダで済むと思ってるの!?
叫ぶと同時に雷撃を放とうとするが、やはりスキルを発動することはできなかった。放射系のスキルはどれも指先から出る。身体が石化されてしまっているこの状況では発動できないようだった。
テール!あんた、何とかしなさいよ!
申し訳、ございません
従者のテールは項垂れ謝罪するだけで役に立たない。ルヴェは舌打ちすると、Olに視線を向けた。
今なら特別に許してあげるわ。さっさとあたしたちを戻しなさい
よくもまあこの状況でそんなセリフを吐けるものだ
嘲るような、呆れるような、それでいてどこか感心するような、複雑な笑みをOlが漏らす。
わかってないようだから教えてあげるわ。あたしはルヴェ・スィエル。スィエル家の長女よ。あんたがどんなに愚昧でも、これで意味が分かったでしょ?
居丈高に告げるルヴェに対し、Olは頷いてパチリと指を鳴らす。すると信じがたいことに、床がぐにゃりと変化して椅子の形をとった。Olはそこに悠々と座り、足を組む。
見ての通り、俺は母なる壁を操れる。そしてこの部屋には出入り口がない。つまりお前がどれほど泣こうと喚こうと、お前の敬愛するお婆様はお前を助けに来るどころか、見つける事すらできないという事だ
ルヴェは絶句する。確かに言われてみれば、この部屋には出入り口が全くない。首を動かすにも限界があるから真後ろは確認できなかったが、クゥシェとテールも首を動かし背後を確認しているから、本当にどこにもないのだろう。
そういえば、聞き覚えがあるわ。母なる壁を動かせる奴がいるってとんだ与太話だと思ってたけど。じゃああんた、ユウェロイのところの奴ね!
それがわかったところで何だというんだ?
余裕綽々で答えるOlに、ルヴェは歯噛みする。
望みはなんでしょうか?
それまで沈黙を守っていたクゥシェが、唐突にそんなことを問う。
わたしたちを殺すことも、石のままにしておくこともできたはずです。それでもこうして会話ができる状態にしたという事は、要求があるはずですよね?
クゥシェの言葉に、Olはほうと呟き愉快げに笑みを浮かべる。
話が早い。俺の要求はお前たちの領地だ。何、全部とは言わん。半分ほど明け渡してくれればいい
そんなことできるわけないでしょ!?
壁族にとって領地は最も重要なものだ。それによって狩れるモンスターの数が決まり、つまりは得られるアイテムやスキルの数が決まる。より上層の壁族になるには上納する量を増やし力を示さねばならない。
半分も領地を取られたら、間違いなく上層に行く可能性がついえる。いや、それどころか下層送りになる可能性すらあった。
世継ぎたる孫娘二人と、それにつけた最強の護衛の命と引き換えにでも、か?
意地悪く尋ねるOlに、ルヴェはうめく。彼女の祖母は情に流されるような可愛げのある女ではないが、確かに失うものが多すぎるのも事実だ。そもそもユウェロイ一派との戦いになるにしろ、ルヴェたち三人が欠けるのは非常に痛い。
いや、それどころか早く帰らなければ、主力が抜けたこの状況を好機とみてハルトヴァンが攻めてくる可能性すらある。最悪なのはユウェロイとハルトヴァンが共謀して襲い掛かってくることだ。
ユウェロイさんは、このことを知らないんですね?
冷静なクゥシェの質問に、ルヴェはハッとした。共謀してつぶせるのならば、そうしてしまった方が手っ取り早い。そうしない理由はただ一つ
その通りだ。領地を欲しているのはユウェロイではなく俺自身正確に言えばフローロ。この娘なのだからな
Olは背後の魔族を見やり、そう告げる。その魔族が何者であるかは気になったが、付け入る隙はそこにしかない、とルヴェは考える。
ではなぜそうしないのです?
いきなりお前の孫娘の身柄を預かっているなどと言っても、お前たちの祖母も信用はしないだろう。そこで、手土産を用意することにした
手土産って何よ
嫌な予感がしつつ、ルヴェは問い返す。
お前たち誰か一人の首だ
な──
何を馬鹿な冗談を、という言葉は出てこなかった。Olの瞳には愉悦も嗜虐も、あるいは嫌悪や決意といった色さえなく、ただただ決まった事柄を告げているというだけの、事務的な光しか宿っていなかったからだ。
そこで、誰を送るかという話になってな。本来ならばそこの従者が筋というところなのだろうが
テールを見据え、Ol。
戦った感覚で言うと、この男の方がお前たち二人よりも価値があるように思えてな。一人で戦っていたなら俺たちは負けていたかも知れん
なんですって!
ルヴェは柳眉を逆立てるが、その反面それが事実であるという事も理解はしていた。護衛なのだから、護衛対象より弱くて務まるわけがない。だがそれはそれとして、足手纏い呼ばわりされれば腹が立つ。
それで、お前たちに決めてもらおうと思ったわけだ。誰を犠牲にするか、それぞれ言ってみろ
一瞬、三人の視線が交差した。この三人にとって、それで必要十分だ。
もちろん、テールよ。可愛い可愛いクゥシェを傷つけることは許さない。もしあの子に手を出したら、あたしも舌を噛んで死んでやるから