悩んだ末、ウィキアは札を伏せる。
攻撃側、Ol。指定部位左脚。防御側、ウィキア。指定部位右脚。攻撃ハ成功、ウィキア ノ 左脚ハ Ol ノ モノ トナル
左脚に絡まる鎖を忌々しく見つめ、ウィキアは舌打ちした。ゲームが始まってから、ウィキアは右腕しか守っていない。右腕を最優先で守らなければならないという理由もあるが、右腕しか守らないという印象をOlにつけるためでもある。
今回、脚を狙われるという読みは当たったものの、左右を間違えたという形だ。
気持ちを、切り替えなければ。ウィキアは息を大きく吸い、目を閉じた。変わらず股間をまさぐる指も意識から外し、ゆっくりと精神を統一する。
んはぁっ!
すると、鼻から甘い声が抜けた。気付けば、いつの間にかウィキアの左腕は股間から離れ、彼女の胸をまさぐっていた。胸。最初にとられた部位だ。ふっくらと盛り上がった双丘の先端は痛いほどに硬く張り詰め、濡れた指によってくりくりと刺激されてウィキアの脳髄を刺激していた。
その上、裾の短いワンピース状の服は腕によってたくし上げられ、全身がOlから丸見えになっている。その様子を、Olはニヤニヤしながら見つめていた。
悪魔を見るが、全く関知する様子が見られない。それを見て、ウィキアはようやく自分の失策に気付いた。人間の感情の機微や、性的な事情などこの悪魔には推し量れないのだ。飽くまで、物理的、魔術的な妨害がある事しか判断できない。つまり、審判としてまったくあてにならないというわけだ。
そこで唐突に、彼女はOlの意図に気づいた。同時に、下種め、と心の中で吐き捨てる。所有権を取られても身体を動かせるOlに、特定の部位を守る意味は無い。意識的な動きは魔力で動かし、無意識的な動きは規約によって保障される。
だが、生命維持に関係ない、しかしあまり意識的とはいえないような活動は、所有権が無ければ動かせないのではないだろうか。だからOlはさっき、腰を守った。生理的な欲求による、半分意識的で、半分無意識的な、腰の動きつまりは、そういう事だ。
攻撃側、ウィキア。指定部位腰。防御側、Ol。指定部位腰。攻撃ハ失敗
嫌悪感に突き動かされて伏せた札は、あっさりとOlに看破された。
くっぅう
ウィキアの左腕が蠢き、再び股間へと戻る。彼女は必死で漏れ出そうになる声を押し殺した。胸を弄られてそこは火照りを帯び、ぬめりを増していた。更に、先ほど奪われた左脚が彼女の意思に反して大きく広げられ、脚を閉じて手を止める事さえ出来ない。
奥歯を噛み締めながら彼女は札に部位を書き、伏せる。
攻撃側、Ol。指定部位頭。防御側、ウィキア。指定部位右脚。攻撃ハ成功、ウィキア ノ 頭ハ Ol ノ モノ トナル
半ば無意識に右脚を守ろうとしたウィキアの隙を突き、Olは彼女の頭を奪い去った。右脚が奪われれば、下半身は全てOlのものとなる。つまり、股間を彼に晒すのを防ぐことは出来なくなるばかりか最悪、この場で犯される可能性すらある。
その恐怖心を、Olは巧みに突いたのだ。
これで、こちらの方が部位が多くなったな
その恐怖心を煽るかのように、Olは笑みを浮かべていった。
そうね
しかし、ウィキアは逆に覚悟を決めていた。混乱に陥っていた自分の頭を叱咤し、悔いや迷いを投げ捨てる。追い詰められる事によって、彼女の思考は平静さを取り戻していた。
今、一番優先すべきことは何か? それは、仲間の安全だ。自分の貞操や、命などどうなってもいい。しかし、アラン達だけは何としてでも救わなければいけない。
次は、私の攻撃よ
ウィキアは迷い無く、札を伏せる。
攻撃側、ウィキア。指定部位左脚。防御側、Ol。指定部位腰。攻撃ハ成功、Ol ノ 左脚ハ ウィキア ノ モノ トナル
む?
Olは感心したように声を上げ、眉をあげた。今のウィキアが、何としてでも所有権を奪いたいのがOlの腰だ。
だからこそ、そこを外す。
ふむ
Olは初めて少し考え、札に部位を書き入れた。対して、ウィキアは全く考える事無く筆を走らせる。
今のウィキアが全力で守らなければならないのは、右腕だ。ここを奪われれば、ゲームの続行自体が不可能になる。たとえ右脚を奪われ、犯されたとしても守らなければならない。
Olの攻撃の失敗で、ウィキアは再び優勢を取り戻した。
残るOlの部位は、頭、胸、腰の三箇所。
一方ウィキアは右腕、右脚、腹の三箇所だ。
攻撃を防がれる可能性はお互いに1/3。ウィキアは、運を天に任せる事にした。Olから見えぬように指先で筆をくるくると回し、止まった場所で決める。
筆は、横向きで止まった。
攻撃側、ウィキア。指定部位胸。防御側、Ol。指定部位頭。攻撃ハ成功、Ol ノ 胸ハ ウィキア ノ モノ トナル
む
胸に楔を打ち込まれ、流石にOlは呻く。これで彼の残り部位は2箇所。
次は何を守るか、ウィキアは考える。右腕を守らなければ、筆がもてなくなる。右脚を守らなければ、処女を奪われる。守るならこのどちらかしかない。
攻撃側、Ol。指定部位腹。防御側、ウィキア。指定部位腹。攻撃ハ失敗
だからこそ、ウィキアは腹を守った。
あなたは蛇みたいな男ね
薄く笑みを浮かべ、ウィキアは言ってやった。
狡猾で卑怯で姑息。薄汚れ、痩せた考えしか出来ない。だから、考えを読むのは容易い。次の私の手を教えてあげる。頭よ。頭と書くから、精々疑いなさい
言い放ち、ウィキアは素早く筆を走らせると札を伏せた。
それに対し、Olは初めて余裕を失い、長く悩む。やがてゆっくりと筆を取り、文字を書き込むと札を伏せた。
攻撃側、ウィキア。指定部位頭。防御側、Ol。指定部位腰。攻撃ハ成功、Ol ノ 頭ハ ウィキア ノ モノ トナル
Olの頭に、楔が突き刺さる。ピシピシと音を立て、ひびのようなものがOlの身体に広がっていく。
所詮、あなたはそんなものよ。他人を疑う事しか知らず、真実が何かもわからない。さあ、悪魔、私を開放して仲間の下に案内しなさい
ウィキアの言葉に、しかし悪魔は何の反応も見せない。立ち上がろうとするが、鎖は依然として彼女の身体に絡みつき、動くことは無かった。
どういう事? ゲームは私の勝ちでしょう! まさか約束を違えると言うの!?
ク、ク、ク
ウィキアの叫び声を、Olの笑い声がさえぎる。
若き魔術師よ。確かにお前の言うとおり、俺は疑う事しか知らぬ。しかし、年長者より老婆心ながら、お前に一つ忠告を与えてやろう。お前ももう少し他人というものを疑ったほうがいい
Olに突き刺さっていた楔は、ぴしりと音を立ててひびが入ったかと思うと、粉々に砕け散った。
どういうこと!? まさか、悪魔が
そやつは忠実に働いている。イカサマは何もしていない。ただ、お前が少し勘違いしているだけだ