第13話指導の成果を試しましょう-1
用意して欲しいものがある
会うなりそう切り出してきたOlに、スィエル家の当主、レイユは思いっきり嫌そうな表情を浮かべた。
言っとくけど、カネじゃ売らないからね。アタシはアンタがあれを無限に作れるってことを知ってんだから
真っ先に釘を刺してくる老婆に、Olはふむと顎を撫でた。
だがそれは同じことじゃないのか?カネさえあればモノも手に入る。モノはカネに換算できる。わざわざ非効率的な交換手段を使う必要があるのか?
同じじゃないさ。いくらカネがあろうが、手に入らないものは手に入らない。だからこそアンタはわざわざあの冒険者とかいう連中じゃなく、アタシに話を持ってきてんだろ
Olの詭弁を軽くかわしつつ、レイユは長煙管の先に詰めた葉に火をつける。
カネをどんなに増やしても、この壁界にあるモノには限界があるんだ。土台、無限の財力なんてものは実在しないってことさ
そして虚空に煙を噴き出した。彼女が既に市場原理まで理解していることに、Olは少し驚く。
そこまで理解しているなら話は早い。お前の言う通り、カネというもの結局世の中にある価値の総量を超えることはできない。つまり、増やせば増やすほど価値は下がっていくのだ。だから貨幣の量は厳密にコントロールしなければならない
何が言いたいのさ
こういうものを作られては困る、ということだ
Olは貨幣を取り出し、机の上にバラまいた。それは先日Olがレイユの元に持ち込み、流通させているものとそっくり同じもの。
だがどれも、赤黒く変色してしまっていた。
なんだい、こりゃあ
錆だ
サビ?
Olの言葉を、レイユはオウム返しに問う。本当に妙な世界だ、とOlは思う。この世界の人間は、錆すら知らないのだ。
いや、実に腕のいい細工師を雇ったのだな。感心したぞ。まさかここまで似せられるとは
Olは自身の作ったコインと、錆びついたコインを見比べる。錆さえなければ、ほとんど見分けがつかないほどにそっくりだ。
俺がこの前見せたから、材料が鉄の鎧であることはわかっていたな。それを手で彫り再現したわけだ。いや、実によくできている──だが、贋金を作るものが現れることくらいは予想していたのでな。無論、その対策とてしている
だが、錆びてしまえばその違いは誰の目にも一目瞭然であった。
俺が作ったもの以外は錆びるのだ
鉄の鎧は鉄の鎧に限らずすべてのドロップ品は表面を保護されており、そのまま放置していても劣化はしない。だが、がらくたは別だ。鉄の鎧を破壊して作ったコインは、つまりはがらくただ。そのまま置いておけば錆びてしまう。塩水にでもつけてから放置すれば一日で十分だ。
そう、つまり俺はお前にこれを渡した時点で偽造の可能性は考えていた。当然だ。錆以外に見分ける方法もある。今ちょうど、ギルド以外から受け取った金は贋金の可能性があり、贋金を使用したものは処罰するという触れを出しているところだ
その周到ぶりに、レイユは絶句した。その触れが事前に出されていればレイユはそれを察知出来ていたし、そこからOlへの対応を計算することもできただろう。だが、こうして面と向かって話している状態では、その情報を手に入れる事はできない。
そして何より、裏切る必要はないなどと言っておきながら、レイユが裏切ることを分かったうえでOlは彼女と手を組んだのだ。
アタシがコレを作ったって証拠でもあるのかい?
我ながら往生際が悪いと思いつつも、レイユはそう尋ねる。一応、ハッタリという可能性もあったから、それは確認しておかなければならない。
無論あるが、それは別にどうでもいい
あン?
だが、Olの返答は全く予想していなかったものだった。
俺は別に、贋金を作ったのがお前だと糾弾しに来たわけではない。取引をしに来たのだ
だから、贋金を作ったことを見逃す代わりに必要なものを用意しろって話じゃないのかい
Olが証拠を掴んでいるというのは、どうやら本当らしい。レイユの言葉に、しかしOlは首を横に振った。
言っただろう。商売は互いの得にならねば意味がないと。それではお前の得がないではないか
Olの言葉に、レイユは唖然とした。裏切られてなおそんなことを言うのはよほどのお人よしに思えるが、ただのお人よしが裏切りを予期した罠など仕掛けておくわけがない。絶対に裏があるはずだ、とレイユは思う。
そう警戒するな、レイユ。俺にお前を陥れるようなつもりはない。それはわかっているだろう?その煙で
長煙管を指さすOlに、レイユは絶句する。嘘を暴く空言の葉は、上層でしか手に入らない代物だ。中層以下の人間がその存在を知っているはずがない。
いや、知っていたとしても、それは本来水に浮かべてその揺れで嘘を感知するものだ。刻んで乾燥させ、煙管に詰めて煙にしても効果があることを知っているのはレイユだけのはずだった。
今回提供するのは、この貨幣の製造方法だ
レイユが混乱しているところに、Olは更にとんでもないことを言い出した。
つまり俺がやっていた役目を、お前もすることができるようになる。中層以下の経済を完全に掌握することができるという事だ
待て待て待て。ちょいと待っておくれ。いくら何でも話がうますぎる
流石に理解が追い付かず制止するレイユに、Olは首を横に振る。
いや、そんなことはない。先ほどお前も言った通り、無限の財力などというものはない。それに正直、経済をコントロールするなんてのは面倒なんだ。俺はそんなものに興味はないし、それに
Olはレイユの顔をじっと見つめ、言った。
俺よりお前の方が上手くやってのけるだろう。仕事というものは最も向いている者が行うべきだ
レイユはガリガリと髪をかきながら、深くため息をつく。そしてカン、と音を立てて煙管の灰を落とすと、それを傍らに置いた。
アタシに貨幣の製造方法を渡したら、アンタは用済みになるいや、なんなら邪魔になる。そうは考えないのかい?
本気で言っているのか?もしそうだとするなら少々失望するが
いいや
Olにまだまだ利用価値があることなど、確かめるまでもない。殺してしまうより、奪ってしまうより、騙して裏切るよりも、真摯に協力することの方が利益が大きい。どうやらそれを認めるしかないと、レイユはわからされてしまった。
やれやれ。アタシもヤキが回ったかね。アンタみたいな若造にやり込められるなんざ
レイユは長い間いろんな人間を見て、その思考を読み、裏をかき、食い物にしてここまでのし上がった。その手練手管にはそれなりの自負もあったのだが、Olが何をするかは全く読めなかった。
そうでもない。見たところ、七十かそこらだろう?