愉快そうに笑みを浮かべると、Olは楔の無くなった身体をコキコキと鳴らした。
このゲームの勝敗は、お互いの所有する肉体が残り1部位になった時点で決まる。順番については言及していない。別にどれからでもいい
順番? 一体何の事を言っている? 一体何が起こっている?
混乱するウィキアの思考は、唐突に正解を掴み取った。
まさか、所有する肉体って
Olはうなずいた。
お前の仲間は三人だろう? 俺自身を含め、4人。良かったな、後3回勝てば仲間を救えるぞ
愉快そうに言うOlの言葉を聞きながら、ウィキアは表情を絶望の色に染めた。
第10話欲にまみれた冒険者どもに絶望を与えましょう-8
暗く冷たい地下の牢獄で、アランは芋虫の様に転がっていた。腕は後ろで鉄の輪によって縛られ、足も同様のもので束ねられている。当然、魔術を使う事もできなかった。
一昨日、一日だけ広い部屋に移動させられたが、それ以外はずっと彼は狭い牢獄の床の上に転がされていた。ベッドなどあるはずもなく、身体はずっと冷たい地面の上だ。食事は最低限のものが一日一度だけ運ばれ、具も何もない粗末なスープを、アランは犬の様に皿に直接口をつけて飲んだ。
両手足を縛られている上に、部屋には何もないために満足に用を足すことさえできない。自らの出した汚物にまみれ、この上なく惨めな気持ちでアランは辛うじて生を繋いでいた。
そのあまりの屈辱に、それでも命を断つ事無く生き長らえる事ができた理由は、ひとえに仲間の存在以外に他ならない。
最初の三日ほどは、仲間達が救出に来てくれる事を期待していた。真っ先に気絶させられたアランは、仲間達が全員捕まったことを知らない。動きを封じられたナジャはともかく、アールヴのShalや、あの頼りになるウィキアなら逃げ延びて救出作戦を練ってくれているのではないか、と思った。
それから三日間は、どうやらそれが期待できそうに無い事と、Olにアランをそれほど長く生かしておくつもりがない事を悟ってきた。食事が差し入れられるとはいえ、ロクに栄養もない塩だけのスープだ。身動きすら出来ない状況と冷たい床は容赦なくアランの体力を奪い、計り知れない無力感と汚物の据えた臭いがその強靭な精神力をことごとく削っていく。そう長くは持たないのだろう、とアランは直感した。
更に次の三日間で、アランはとうとうわずかな希望を抱いた。それまで彼に食事を運んでいたのは人形の様に美しい黒髪の女で、アランが何を言おうが眉一つ動かさず自分の任務を忠実にこなした。
しかし、七日目に食事を持ってきたのはその女ではなく、蝙蝠の翼を持つ女悪魔だった。その醜悪な翼にアランは顔をしかめたが、話しかけてみると彼女は意外にも気さくに受け答えした。
仲間は三人ともつかまっているという情報はアランを落胆させたが、それほどショックではなかった。三人の待遇が、アランよりはかなりマシなものであるという情報も同時に得られたからだ。
8日目、アランは別の心配を抱き始めた。それは、何故仲間達がアランより良い待遇を受けているか、という事だ。単純に考えれば、Olは三人を殺す気は無いという事だ。少なくとも、すぐには。
しかしそれは、アランにとっては最悪の展開を予想させる。
そして、その悪夢が現実となる日がやってきた。
アランはその日、湯で身を清めることが許され、足枷を外されて狭い牢獄を久々に出ることが出来た。そのまま、大き目の部屋へと案内される。アランがいた牢獄とは比べるべくも無い。床は綺麗に清掃され、壁は光を放って地上の如く明るい。大きなベッドや家具が設えられており、アランは部屋の隅にある椅子に座らされた。
カチャリと音を立て、手錠が椅子に繋がれる。嫌な予感を覚え、ここまでアランを連れてきた女悪魔に視線で訴えるも、彼女はアランなど見えていないかのようにさっさと部屋を出て行ってしまう。
誰もいなくなった部屋の中、何ともいえない嫌な予感がアランの背筋を伝う。飛び切り悪意の込められた罠がかかった宝箱を触っているときのような、何ともいえない嫌な予感だ。
しかし、アランには何も出来ない。手かせはがっしりと椅子に繋がれていて、どんなに引いてもはずれそうには無かった。
まんじりともせず待つアラン。程なくして、部屋の扉が開いた。
ナジャ! Shal、ウィキア!
入ってきた三人の姿に、アランは歓喜の声をあげた。囚人用の粗末な服を着てはいるものの、三人ともあまり弱っている様子は無い。ナジャは長かった髪が短くなっているが、大きな傷は無いようだった。
どうしたんだ? 皆。まさか、口をきけないようにされてるのか?それとも、耳が?
アランの問いに、ウィキアだけが首を横に振る。そして、ぽつりと呟いた。
アランごめん。ごめん
俯き、謝罪の言葉を繰り返すばかりで、ウィキアは目も合わさない。
ナジャは何を考えているのか、うつろな瞳で虚空を見つめるばかり。いつも通りニコニコしているShalもアランの言葉に答える事無く、ただ笑みをたたえるだけだ。
感動の再会は堪能できたか?
Ol! 貴様、三人に何をした!?
ガチャガチャと手かせを鳴らし、アランは出来うる限り身体を前に乗り出した。
ふむ何をした、か
Olは考え込むように歩を進めると、並んで立つShalとナジャの間にたって二人を抱き寄せ、その胸を鷲掴みにした。
説明して見せるか? この数日間で何があったか
アランの目の前で敵であったOlに胸を掴まれているというのに、二人は嬉しそうに頬を染める。その表情に、アランは激しい衝撃を受けた。
Shal、ナジャ、一体どうしたんだ!?一体、何がウィキア、お前は何かわかってるのか!?
会話すら出来ないShalとナジャに、ウィキアに視線を向ける。しかし、彼女は謝罪の言葉を繰り返すばかりで、こちらもこちらで会話にならない。
ふむ、そうだな。レオナ、説明してやれ
親密そうに本名を呼ぶと、Olはナジャの腰を抱いた。その言葉にようやく会話する術を取り戻したかのように、ナジャはアランに目を向けた。
すまんな、アラン。私はお前を騙していたんだ
そういってナジャはOlに視線を移すと、両腕をOlの首に回し、彼に接吻する。
私はOl様の忠実な部下。ずっとお前を騙していた
嘘だッ!! そんなそんなはずが無い、だって、お前はッ!
がしゃがしゃと手枷を鳴らしながら叫ぶアランの言葉を遮り、Olはナジャに命じる。
この男はお前の言葉が信じられんようだ。信じられるよう、お前の忠誠の証を俺に見せてみろ
はい、Ol様
ナジャは嬉しそうにうなずくと、ベッドの上に乗って四つんばいになり、Olに尻を向けた。