魔物を従え、
魔術を操り、
魔窟にすむ。
魔の国の王。すなわち魔王。
誰がそう呼び始めたかは知らないが、いつしかOlはそう呼ばれるようになっていた。
街が四つ占領されるに至って、ようやく元老院が騒ぎ出した。元老院とは、最上位の貴族達で構成される機関で、実質このフィグリア王国を動かしている集団と言っていい。
飽くまで最終的な決定権や実権は王にあるが、実際に政策を考えたりするのは元老院で、王はそれに許可を与えるのみ。勿論、王が許可を下さずとも元老院だけで判断できる事も無数にあり、要するに天才と持て囃されようが一介の軍師であるキャスにとっては最も逆らってはならない相手だ。
軽んじ、鼻で笑っていたOlの侵攻に慌てふためく様はそれなりに痛快な光景ではあったが、その皺寄せが全てキャスに押し付けられるので他人事ではない。お陰で、キャスはこうして報告書の山に囲まれる事となった。
よせと止める間もなく元老院の独断で最初に送られた王軍の一個大隊は、殆ど成果を出せずに帰って来た。しかも、3割超の犠牲を伴って、だ。
Olの住む魔窟の場所はすぐに判明したが、そこは難攻不落の大迷宮だった。狭く暗い地下の迷宮で、騎士達はものの役にも立たない。
彼らが行っている訓練は広い戦場で陣を敷いたり、馬に乗って駆けて人間と戦う為のものであり、4人並んで槍を構えれば一杯になってしまう通路で、膝ほどの大きさの小人や炎を吹く羽虫、見上げるような巨人達と戦う為のものではない。
騎士を戦わせるなら、Olが街を攻めている時にしなければならない。しかし、転移の術をもって陣を敷く魔王軍は神出鬼没で、とても常備軍では対応できない。相手は付近に大軍がいないのを確認してから移動できるのだから当たり前だ。察知されない程度の寡兵ではとても対応できない。
ならば、と相手の転移を逆手に取り、魔王配下の村から貢物と共に兵士を送り込んだ事もある。返ってきたのは、送った兵士と同じ数だけの首だった。
生贄の娘として、暗殺者を送った事もある。その性技で男を自分の虜にし、ベッドの上で文字通りの意味で天国に送るように訓練された娘だ。こちらは死体は帰ってこなかった。
が、特に美しいものを選んで今まで三人ほど送り込んだが、Olが死んだという話はついぞ聞かない。篭絡されたか、悪魔に捧げられたか。どの道、碌な目にはあっていないだろう。
他にも食料に毒を混ぜて送ってみたり、何とか転移先を割り出そうと魔術を解析してみたり、大量の水を流し込んでみたりしたが、すべて徒労に終わった。それどころか最近では、王軍が村に近づくだけで村人達から猛反発を受ける始末だ。
そしてそう言った失敗への批判は全てキャスに降り注いだ。先の大戦では英雄だの名軍師だの耳障りのいい言葉ばかり送ったくせに、今ではごく潰しだの無駄に人材を死に向かわせる人非人だのと好き勝手言ってくれる。
結局一番上手くいっているのは、冒険者達を使った迷宮の調査だった。未開拓地を旅し、神代の遺跡を荒らし、時には魔物退治や用心棒の真似事も務める彼らは魔物相手の戦い方と言うものを良く心得ていた。
魔王Olを倒したものには望みのままの報酬を与える
そんな触れを出すと、冒険者達はこぞって魔窟へと潜っていった。やがて魔窟の中で魔術のかかった武具や金貨が手に入る事が判明すると、冒険者達の流入は一気に加速した。
勿論被害も相当に出てはいるが、元々定住し税を払っているわけでもない流れ者達だ。幾ら死のうと元老院は気にしないようだった。彼らの犠牲によって、少なくともOlの魔窟は8階、ニ階層以上の深さがあることがわかっていた。しかし、まだ最下層ではないらしい。
アラン遊撃隊は、並み居る冒険者の中でもキャスが特に期待を寄せているパーティだった。僅か4人の手勢ではあるが各々が一流の冒険者であり、それ以上に優れた連携で実力以上の敵をも倒すつわもの達だった。しかし、どうやら彼らでさえOlを討つには足らないらしい。
キャスはため息をつき、思考を転換させる。
狡猾で冷酷だが、無駄に殺戮を好むような隙もない。
徹底した合理主義者で、臆病だが大胆不敵。
恐ろしいほど慎重で計算高く、絶対に他人を信頼しない。
空間魔術、とりわけ召喚術に長じ、魔力付与、魔物支配の術に長けているが、攻撃魔術はそれほど得意ではない。が、人間としては在り得ないほどの魔力量を持ち、力技で長距離から魔術強化された門を粉々に吹き飛ばす程の魔術を使う
今までの結果や、Ol配下の村で聞いた情報からわかる魔王Olの像は、大体そんなようなものだ。
在り得ない程の魔力、か
アカニの門を破壊した魔術は、調査の結果爆裂(エクスプロージョン)系統の魔術であると判明している。これは魔力を空間に注ぎこみ、許容量をわざと越えさせる事で周囲に衝撃を破裂させるものだ。
威力が使用する魔力に比例し、魔力さえ用意すれば天井知らずに破壊力を増大させられるという特徴があるものの、対魔力効率はあまり良くない。並みの魔術師ではゴブリンの一団を半壊させるのが関の山。矢も届かぬほどの長距離にかけるとなれば、そもそも発動さえしないだろう。
普通攻城にはもっと適した魔術例えば、隕石落下(メテオスウォーム)だとか火砲(カノン)だとかが使われる。これらはずっと少ない魔力でOlがやったのとほぼ同等の威力を得られるが、その分制御が遥かに難しい。これを使えるなら間違いなく導師級、国にそう何人もいるレベルではない。
が、Olの魔力量はその導師級魔術師に更に数倍して余りある。勿論、魔力量が多ければ魔術が上手い、などと言うことにはならないが、それにしてもそれだけの魔力を持ち、問題なく制御しながら、攻撃魔術は並みの魔術師程度の腕と言うのは不自然だ。
あれだけの力を持つなら、それこそ伝承に残る魔道王の様に、あらゆる魔術を縦横無尽に使ってくれた方がまだ理解しやすい。
或いは、そこに付け入る隙があるのかも知れんな
キャスは机の上の報告書を纏めて床に払いのけると、手元のベルを鳴らして部下を呼んだ。
第11話魔王を始めましょう-2
おかしい
ダンジョンコアの中、たぷたぷと波打つ魔力の結晶を見てOlは呟いた。
どしたの?
たまたまOlに新しく来た魔物の報告に来ていたリルが、後ろから一緒にひょいと覗き込んだ。
コアの魔力が減ってきている
えっ、今月ちょっと魔力使いすぎちゃったかな?
ダンジョンコアの魔力が維持しているものは多岐にわたる。リルやローガンをはじめとする悪魔達の身体を維持するのはもとより、湯殿の湯を沸かしたり、居住区の灯り、炊事や洗濯といった家事全般にも魔力を利用した施設を使用している。