いやこれは消費が多いと言うより、吸い込む魔力量そのものが落ちているな
じゃあどこかが崩落しちゃったのかな? 昨日見回ったときは大丈夫だったけど
比例とまではいかないが、魔力の流入量は迷宮の規模によって増減する。コボルトやドヴェルグを雇い入れてからは殆どなくなったが、大規模な崩落が起きれば魔力の流入量が大きく下がる事もある。
しかし、Olは首を横に振った。
いや、現在の量を見るに、数日前から徐々に減っているようだ。魔力の流れ方からして、どこかで崩落が起きているという様子もない。龍脈自体の流れが変わったのかも知れんな
Olは顔をしかめた。もしそうだとしたら少し厄介な事になる。
龍脈ってあれでしょ? 大地の中を流れてる、川みたいな魔力の大きな流れ。そんなのが簡単に変わったりするの?
いや、普通は変わらん。だが、全く変わらないわけでもない
長い時の中で河が徐々に流れを変えるように、龍脈も徐々にその流れを変えていく。しかし、それは数百年単位の話で、数日や数ヶ月でどうこうなる話ではない。
どこかで地盤沈下でもあったのかも知れんな
思い当たる理由はそれくらいだった。龍脈は大地を流れているのだから、大地の構造自体が変われば流れも変わる。
まあ、流れが変わろうと変わった方向に迷宮を広げれば良いだけの話だ。だが、どういう方向に変わったのか調べなければならん。調査に行くぞ
ユニスとかスピナ呼ぶ?
リルに問われ、Olは少し考える。
いや、いい。空中から調査する事になるし、あまり多い人数で動いてフィグリアの連中に勘付かれても困る
っし
リルは小声で呟き、腰の辺りでぐっと拳を握った。
じゃあ、準備してくるね!
準備? 特に必要なものはおい!
Olの言葉を無視し、リルはいそいそと自室に戻る。
参ったな
リルの消えた廊下をぼんやりと見つめ、Olはため息と共に呟いた。
久方振りに二人で出かけた空の上で、リルは不満に頬を膨らませながら空を飛んでいた。
その腕の中にはOlが収まり、空の上からじっと地面に視線を注いでいる。
リル、進路を変えろ。ここから2時の方角だ
Olの指示に、リルは無言で方向を変えた。外に出るまで上々だったリルの機嫌が急降下しているのは、準備と称して着替えてきた白いワンピースと、手に持った弁当を置いてくるように言ったからだった。
そんな目立つ格好で飛べば見つけてくださいと言うようなものだし、ピクニックに行くわけでもない。そう怒鳴りつけると、リルは柳眉を逆立てながらも普段の服装に戻り、弁当を投げ捨てた。
一体何なんだ、とOlは内心嘆息する。ここの所、リルが露骨に好意を表しているのはわかる。が、その理由となるとサッパリわからない。悪魔にとって人間など、家畜か精々ペット程度の存在に過ぎない。
多少情が沸く事はあろうが、本気で惚れる事などあろうハズもない。ましてやリルは性愛を操り男を手玉に取る淫魔。尚更ありそうもない話だ。かといって、Olを篭絡して操ろうと言う腹でもないらしい。そもそもOlにそんな手が通用しないのはわかりきってるはずだ。
最初は、大っぴらに好意を示すユニスに対抗しているだけかと思ったが、最近ではむしろ彼女やスピナと共謀してOlを誘惑してくる。全く訳がわからない。
さっきから指示通り飛んでるけど、龍脈が流れてるかどうかなんて見てわかるの?
いや、わからん
多少機嫌が直ってきたのか、間を繋ぐ様に尋ねるリルにOlはきっぱりと答えた。
今は以前調べた龍脈を逆に辿っているところだ。龍脈が数日でずれるほどの変化があれば、必ず目で見てわかる程の何かがあるはずだ
Olの言葉にリルも地上にじっと眼を凝らしたが、特に不自然な光景は広がっていない。草原、森、山、村そんなものを飛び越えながら、二人は会話を続ける。
龍脈の流れってどうやって調べるの? 大地の中を流れてるんなら、魔術や魔力の瞳とかでも無理だよね。あたしにだってわかんないくらいなんだし
Olは頷く。
深く穴を掘って、土に含まれている魔力量を調べるんだ。大体、3チェーンほどの深さの土に通常の100倍魔力が含有されていれば、そこは龍脈の上と言っていい。1マイルごとにそうして掘って、龍脈点が2箇所あれば、そこを線で繋いだものが龍脈だと予想できる
3チェーンはおよそ60m。1マイルは約1.6kmだ。
それって結構大変じゃない?
結構どころの話じゃない。俺は龍脈の調査をしている間、ずっと狂人、もしくは変人扱いされていたくらいだ。今迷宮を広げている場所は三本の龍脈が交差している地点だが、ここを割り出すのに20年かかった。そこまでして場所を特定しても、ダンジョンコアがなければ何の意味もないからな
変人なのは間違ってないじゃない、という言葉をリルは辛うじて飲み込んだ。
代わりに彼女は鼻をひくりと鳴らし、大気に混じる魔力の匂いをかぎつけた。
ご主人様、何かかすかに魔力の匂いがする
何だと? どこだ?
んんあっちの方かな
リルはパサリと翼をはためかせると、まばらに木の生える森へ向かって高度を下げた。大気に混じる魔力の匂いはどんどん強くなり、地表に近づくとOlもはっきりと気付いた。
何これ?
そこには、何本もの鉄柱が埋め込まれていた。上から覗き込むと、それは柱ではなく中空の筒であることがわかる。どうやら、その筒を通じて地面から魔力が漏れ出しているようだった。
これは! しまったッ!
Olは咄嗟に、リルを突き飛ばす。同時に、彼の足元が真っ白に光った。
突き飛ばされたリルの目の前で、光の柱が立ち上ってOlの姿が包み込まれる。
Olッ!!
駄目だ、来るな! リルシャーナ、逃げろ!
Olに向かって手を伸ばすリルに、彼は呪力を込めた命令を叫んだ。契約に突き動かされ、リルの身体が意思とは関係なくOlから全力で離れていく。
Olーーーーーーーーーーー!!
叫び声をあげるリルの目の前で、Olの姿は掻き消えた。
第11話魔王を始めましょう-3
ほう、思ったよりいい男じゃないか
Olが部屋に入るなり、女はそう言った。ゆったりとした肘掛付きの椅子に脚を組んで座っているその女は、年の頃で言うと22,3と言った所だろうか。
白銀の髪をキッチリ肩で揃え、皺一つない軍服に身を包むその姿はいかにも隙がない。眼鏡の奥からOlを観察する瞳には、豊かな知性の光が見て取れる。一目にして、今回の作戦はこの女の手によるものだとOlは確信した。
はじめまして、魔王Ol。私はフィグリア王国軍、軍師のキャスだ
尊大にキャスは名乗った。
軍師?