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キャスのその宣告の最後は、恐怖によって震わされた。

軍師などと言う仕事をしていれば、敵からも味方からも恨まれる。今まで幾人もの人間達が彼女に怒りをぶつけ、憎しみのこもった視線を投げかけた。

しかし、Olの今の表情に比べればそれはいかばかりのものだっただろう。今Olの首を刎ねれば、首だけで宙を舞いキャスの喉笛を食い千切る。そう確信するだけの激しい怒りが彼の顔の形を変えかねない程歪めていた。

交渉が決裂した事は明らかだった。キャスが有効なカードだと思って賢しげに切ったそれは、Olの逆鱗そのものだった。

こ殺せ! 八つ裂きにしろ!

キャスの命に、待機していた兵達が槍を構え、一斉にOlに突き刺す。四方八方から槍で刺され、常人なら間違いなく死ぬほどの大量の血を溢れさせながらもOlは苦悶の声一つ漏らさずにキャスを睨み続ける。

ば化け物め

キャスは剣を引き抜き、振りかぶった。

煮え滾る怒りの中、どこか冷静な頭の一部分で、Olは己の死を覚悟した。

相手を挑発し、怒らせて剣を抜かせれば彼の勝ちのはずだった。肩を脱臼させてでも腕を回し、両腕を切り飛ばせば魔術が使えるようになる。勿論、そうした所で印も組めぬ身体だ。王宮の奥であろうここから、単身逃れるのは不可能に近い。しかし、可能性はゼロではない。

それを、己の怒りでゼロにしたのだから救えない。体中に刺さった槍は、Olの骨にガッチリと食い込んで全く身体を動かす事が出来ない。脱臼しようが、骨を砕こうが、腕を動かす事は物理的に出来ない。

キャスの剣がOlに迫る。軍師とやらは、自身で剣を握った事などないのだろう。握りも下手だし剣速も遅い。これではOlの首をはねることなどできない。

だが、頚動脈は断ち切られ、大量の血が吹き出す。Olの身体から絶対的な血が足りなくなり、肉体は活動を停滞させる。死にはしない、元より命などこの身体には入っていないのだから。

だが、永遠の停滞は死と変わりない。彼の身体は千々に引き裂かれ、焼き尽くされて灰となる。Olは何も見る事も出来ず、感じる事もできぬ冷たいガラスの瓶の中で、永遠に闇の中を彷徨う事となった。

正確には、なる、はずだった。

Ol!

耳元で、聞き覚えのある声が響いた。

それは運命を覆す力。

計算も策謀も蹴り飛ばし、道理も常識も踏み越えて。

助けに来たよ!

顔を上げたOlの目の先で、燃える炎の様な髪を持つ英雄の少女がニカリと笑みを見せた。

第11話魔王を始めましょう-4

なば

何故だ、という言葉と、馬鹿な、と言う言葉がキャスの頭をぐるぐる回り、彼女は池の鯉の様にパクパクと口を開いた。

大丈夫? だよね? 首刎ねられても生きてたくらいだし

ユニスは剣を閃かせ、Olに突き刺さる槍を全て斬り払い、腕を縛っている呪具も彼の皮膚に傷一つつけず両断した。周りを囲んでいた兵士達は全員、一瞬にして一撃で倒されている。

ああ、問題ない。助かった。しかし、何故ここがわかったんだ?

魔術で自身の傷を癒しつつ、Olは尋ねた。

そもそもOl自身が、ここがどこなのかわからない。恐らく救出を防ぐ為に、誰がOlを浚ったかとか、どこへ転送したかわからないよう偽装くらいはしていたはずだ。

勘! あ、違うかな、アレだよ。愛!

びしっ! とユニスは人差し指と中指を立てて見せた。Olは笑うべきか呆れるべきか悩む。

どうだ、悔しいか

Olは半ば自棄になって言った。

綿密な計算を、何と無くで破られた気分はどうだ?

はははははははは!

キャスは気がふれたように笑い始めた。正直、Olも笑い出したい気分だ。

ふざけるな対処が無いとでも思ったのか!?

キャスの言葉と共に、突然壁が開き、隠し扉から四人の精兵たちが飛び出す。完全に不意を打ち、特別な呪力の篭った槍は、英雄の反射神経を持ってしてもかわす事も受ける事もできない。完璧なタイミングだった。

そっちこそ

が、その槍は、一本たりとてユニスに届く事はなかった。無防備な彼女の背中から、太い腕が四本突き出し、兵士達の槍を掴んでいる。

何の備えもなしに、一人で突っ込んできたって思ったの?あたしのOlを助けに来たのにさ

よぉ旦那。中々愉快な格好になってるじゃねぇか。少し溜飲が降りたぜ

兵士達の足元から凄まじい炎が吹き上がり、彼らは一瞬にしてこの世から影も形も失った。

ユニスの影から這い出しながら、ローガンはゴキゴキと身体を慣らす。

ふーッ! ッたく、ババアの影の中は肩が凝るったらねぇや。特別手当でも出してもらわねぇと割にあわねぇな、こりゃ

だ! だから、あたしはまだ17だって言ってるでしょ!? ババアって言うな!

うるせえ、俺が認めるのは13歳以下(アンダーサーティーン)だけだ!それ以外は全員ババアなんだよォ!

英雄と悪魔の低レベルな争いに、Olは顔を手で覆い、はあっとため息をついた。

ついた、が。

それでも、その唇の端が緩むのを止める事は出来なかった。

Olっ

そのOlの顔を両手で挟み込み、ユニスは強引に彼の唇を奪った。

いきなり何だ?

何か変な顔してた気がしたから

ユニスの言葉に、Olはくく、と喉を鳴らす。あれほどあった怒りも、諦観も、いつの間にかどこかへ吹き飛んでいた。

ではそろそろお暇するとしようか

ユニスが無理やり突入してきたのだろう。矢庭に騒がしくなってきた部屋の外を見据え、Olは言った。

無理だ。ここは王都の最深部だぞ?王直属の近衛兵団が包囲している。精鋭中の精鋭だ。逃げられるわけがない

吐き捨てるようにキャスが言った。

だが、私を連れて行けば可能性はあるいや、絶対に逃げられる。兵の配置を知り尽くした私の知識と頭脳があれば逃げ切れる。だから私を連れて行ってくれ。お前のダンジョンで軍師として使ってくれればそれでいい。何なら私を抱いてもいいぞ

キャスの言葉に、Olは悩む素振りを見せた。

お前は、国に黙って俺をここに連れてきたな?己の地位を高める為だ。俺を殺すより、利用した方がより良いと。事と次第によっては、俺の力を持ってこの国を牛耳ろうと。だが、ユニスが来た今、近衛兵が俺を殺せてもお前は処分される。ならば、俺についた方が得策だと

そうだ。その通りだ。女だからと私を侮り、実権も与えぬこの国の老害共にはうんざりしているんだ! だから、お前なら裏切ったりしない。お前は、女だからって私を軽んじたりはしないだろう?

ああ、そうだな

Olは頷いた。この女の頭脳は役に立つだろう。それにかなりの美女だ。この女に奉仕させ、整った顔を穢してやるのはさぞ愉快なことだろう。

弱火だな

Olの言葉の意味がわからず、キャスは首を傾げる。しかし、すぐにその意味を察した。