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言いかけるOlに、リルも首を横に振る。

その、それは嬉しいんだけど、そうじゃなくてねえっと、その、ごめん。私もまさか、あんなことになるなんて思わなかったんだけど

何かあったのか? 要点をはっきり言え

うむ。スピナを止められなかった。まあ、私とリル殿に限って言えば止める気も無かったのだがな

リルに変わってエレンが簡潔に述べる。が、その意味を測りかねたOlに彼女は地平線を指差した。その指先を辿ってみると、王軍の背後、はるか彼方に緑色の何かがわだかまっていた。ほんの指先ほどの大きさだが、この距離からでも見えるという事は実際はとんでもなく巨大なはずだ。

なんだ、アレは

スピナが作ったスライム

申しわけなさそうに、リルが言った。

第11話魔王を始めましょう-6

そのスライムの能力は至極簡潔なものだ。一般的なスライムと比べて、たった二つの能力しか付与されていない。

・あらゆる魔力を食べ、大きくなる

・大きくなっても分裂しない

本来ならさほど問題にもならないその特徴は、キャスが仕掛けた罠のせいで手におえないほどの凶悪さを備えるに至っていた。

Olの迷宮に流れる魔力を奪う為に、龍脈にあけた穴。人工的な龍穴とでも呼ぼうか。そこから吹き出る魔力を吸い上げ、スライムは瞬く間に巨大化した。

あの門は何だ?

飛竜の背に乗り王軍とスライムを見下ろしながら、Olは尋ねた。スライムは縦に長く伸び、半分ほどが光り輝く門の様なものに埋まっている。

ああ、あれ、あたしが開けたの。罠のとこから、Olのところに行きたい!って思ってえいやってやったら何か開いた

ユニスの答えに、Olは頭を抱えた。道理で救出が異常に早かったわけだ。これだから英雄は始末が悪い。

本来逆探知など不可能なはずの転移の門を、Olを助けにいくと言う名目はあれ、あっさりと開けてのけるのだ。配下の村にあるOlの迷宮への転移陣も対策をしなければ、とOlは心のメモに書きとめた。

つまりアイツは、門の向こうの半身で魔力を無尽蔵に吸い込んで巨大化しつつ、王軍を飲み込みにかかっているわけか

うむ、そういう事になるな

愉快そうに笑みを浮かべながらエレンが頷く。

スライムに取り込まれても、直接死ぬことは無い。普通のスライムと違って魔力しか食べないからだ。が、急激に魔力を失うと人間は失神するようになっている。眼下を見れば、スライムに取り込まれ失神した人間達が何人かたゆたっていた。

先ほどまでは王軍が攻撃魔術を何発もスライムに叩き込んでいたが、かえってスライムを巨大化させるだけとわかりそれも取りやめ、ひたすら逃げに回っている。

剣も槍も効かない、魔術も効かない、炎で殺すには大きすぎる。

圧倒的な数はそれだけで脅威だ。軍の人数だけでなく、スライムの大きさという数においても、それは適用された。

笑い事じゃないぞ

こんな戦略が誰にも利用されないのは、そこまで大量の魔力を簡単には用意できないと言うのもあるが、それ以上にスライムが制御不能だからだ。

王軍に襲い掛かっているのも別にOl達の味方をしているわけではなく、そこに魔力を保有する人間と言う餌があるゆえの事。命令を聞くほどの知能などなく、魔術で直接操ろうにもその魔力を喰ってしまう。厄介なこと極まりない。

ご心配なく

唐突に背後から不吉な声が聞こえ、Olは思わず身体をびくりと震わせた。

振り返れば、もう一頭のワイバーンの背中に、エレン配下の黒アールヴと共に黒い髪の魔女が乗っていた。

あのスライムは水に溶けます。お師匠様でしたら、天候操作の魔術などさほどの労も無いかと思いますが

自分で始末もつけられぬ物を作るな

申しわけございません

それほど反省した様子も無く、スピナは慇懃に頭を下げた。たしなめながらも、Olは内心舌を巻く。

他の分野ではわからないが、魔法生物、特にスライムの創造にかけてスピナは間違いなく天才だ。それも、数百年に一度レベルの。

今でさえこれほどの技術。長じればどれだけのものになるのか。頼もしく思う反面、Olはそれに僅かな恐れを抱いた。今のうちに殺してしまった方がいいのではないだろうか、とさえ思う。

そういった問題において、より深刻なのはユニスだ。Olは横に座る紅髪の少女に目を向けた。

仲間の危機に都合よく現れ、救う。

自分の危機に都合よく仲間が現れ、救われる。

それは、英雄の持つ気質の一つだ。Olを助け、そして軍を前にした危機にミオとエレンが現れた。これらはユニスの力が作用したものと見て間違いない。

問題は、堕ちたる英雄はこれらの運命を覆す能力を、基本的には持たないという事だ。彼女に正義の英雄の星としての力が戻りつつある。Olの見立てではまだ完全に取り戻した訳ではないだろうが、いずれ元に戻るだろう事は予測できた。

その時、ユニスはそれでもOlの味方をするのだろうか? 今、この高さから突き落とせば流石に英雄とて死ぬ。愛するものに殺される。それは十分に悲劇的だ。英雄の力を持っているからこそ、今突き落とせばユニスは死ぬ。

Olがじっと見つめていることに気付き、ユニスは振り向いてニッコリと笑う。

危ないぞ。もう少しこっちによれ

言って肩を抱き寄せるOlに、ユニスは嬉しそうに身を寄せた。

まだだ。まだ、利用価値はある。

Olは自分にそう言い聞かせた。

さて、諸君

脚を組んで腰を下ろすOlの前には、王国首脳部すなわち、元老院の面々が集められていた。

Olの左右にはローガンとリルが、その悪魔としての威圧感を隠しもせずに立っている。

王軍の兵は残らず消えた。まあ、まだ生きてはいるがその命が我が手の中にあるのは理解している事と思う。我に従い、我を王として頂くか。それとも、このまま地図からこの国を消し、醜いスライムとなって永遠に蠢くか。疾く決めよ、我はさほど気が長くない

Olは立て板に水とばかりに嘘を並べ立てた。スライムは人を食わないし、石壁の類も吸収できない。そもそも、この地方は降水量がさほど多い方ではないとは言え、国を丸ごと平らげる前に間違いなく雨が降る。70年かけてダンジョンを掘り当てた男が気が長くないとは、面白いジョークだ、とリルは内心で笑いを堪えた。

ふざけるな、この魔王め!

隠れていた兵が剣を抜き、Olの心臓を貫く。

Olは身じろぎもせずそれを受けると、ひょいと手を上げてローガンに命じた。瞬く間に兵の身体が燃え上がり、剣をずるりと抜くと血の跡さえ残らない。

返答は如何に?

まるで何もなかったかのように尋ねるOlに、大臣達は戦慄を隠すことも出来なかった。国中から王都に援軍は集まってきてはいたものの、巨大と言うのも馬鹿らしいほどの大きさのスライムが城門を閉ざし、兵は攻めあぐねていた。