村の入り口には魔除け代わりの怪物の石像と、村娘らしき女がいた。
よし、じゃあまず一人目ってけふっ!
Olは早速襲い掛かろうとするリルの首根っこを掴み制止する。
なにすんのよ!と抗議するリルを無視し、村娘に伝える。
そこな娘よ。ここに長を連れて来い。邪悪なる魔術師、Olが貢物を要求しに来たとな。逆らえば死のみが待っていると知れ
はあ?
いきなりの尊大な物言いに、娘は怪訝な表情を浮かべる。
まるきり気の触れた人間を見るような目だ。
Olは短く呪文を唱えると、炎の球を掌に浮かべ、村を囲む柵に向けてはなった。
炸裂音が響き、粗末な木製の柵が粉々に飛び散る。そのまま別の柵に燃え移り、もうもうと黒い煙を吐き出した。
二度は言わぬ。村全てを灰塵に帰したくなければ急げ
Olが低い声で言うと、女は飛び上がるようにして村の奥に駆けて行く。
めんどくさいなー。問答無用で皆殺しにしちゃえばいいんじゃないの?
リルが不服そうに物騒なことを言う。
殺さない方が使えるからな。とは言え、逆らうなら容赦はせん。そしてこの村は、逆らうだろうな
何でそんな事わかるの?
まあ見ていろ
ニヤリと笑うOlに、リルはなにやら嫌な予感を覚える。
暫くして、村長と思しき壮年の男が杖をついてやってきた。
年齢は40過ぎ半ば。茶色い髪のガッシリとした体格の男だ。
お待たせしました、Ol様。何でも、貢物をご所望との話ですが
ああそうだ。こちらの要求を呑めばよし、呑まぬならばこの村には灰になってもらう事になる
それはそれは恐ろしい勿論、おさめさせて頂きます
村長は頭を深々と下げ、祈りを捧げるように杖を両手で掲げた。
鉄の剣で良ければなッ!
その杖が半ばから二つに分かたれ、中から現れた白刃が煌めいた。仕込み杖だ。
杖を引きぬくと同時に流れるように間合いを詰め、村長はOlの首を狙う。
完全に虚をついた、必殺の一撃。しかし、それをOlは難なくかわした。
チッ、かわしたか
リル、俺を守れ
契約に基づいた命により、リルはOlを庇うように前に出る。それとほぼ同時に、村長の背後にも民家の影からわらわらと武器を持った男達が出てくる。
ちょっと! どういう事よ!?
端からこちらに従う気などなかった、と言うことだ。とは言え、芝居が下手だな。お前の様な50にもならん男が杖をついて歩いては、折角の暗器がバレバレだろうが
前半はリルに、後半は村長に向けOlが言う。
ご忠言痛み入る。次からは気をつけるさアンタを殺した後でな!
村長が剣を振るい、リルに襲い掛かる。リルは爪を剣の様に長く伸ばし、それを辛うじて受け止めた。
Ol、こいつ強い! あたしじゃ敵わない、逃げよう!
駄目だ
何とか剣を爪でいなしながら、リルはOlにだけ聞こえる声で囁くが、返ってきたのは拒否の言葉だった。
今は何とか凌いでいるが、村長の背後から走ってくる男達が加勢に加わればリルでは防ぎきれない。そもそもサキュバスは戦闘向きの悪魔ではないのだ。
それでも中位程度の格はあるからちょっと剣をたしなんだ程度の敵なら相手できるが、この村長は明らかに手だれといっていい腕だ。
キィン、と澄んだ音が鳴り響き、リルの爪が半ばから両断される。
じゃあな、悪魔の嬢ちゃん。恨むなら馬鹿な主人を恨みな。すぐに同じところに向かわせてやるからよ
村長が剣を振りかぶる。
今だ、殺せ
そして、灰色の腕がその胸から生えた。
え?
リルが呆けたように声を出す。その場にいた誰もが状況を把握できず、呆然と動きを止めた。
生えたのではない。村の入り口に合った守護像が動き出し、村長の胸をその腕で貫いたのだ。
村長は声をあげる暇もなく絶命し、地に倒れる。
後は戦闘の訓練も積んでない有象無象だ。任せたぞ、リル、ガーゴイル
呆然とする人々を置いてOlはその場を立ち去る。
その後は、一方的な虐殺が始まった。
ねえ、いつの間にガーゴイルなんか置いたの?
数十分後。動く者のいなくなった村いや、村の跡地で、リルはOlに尋ねた。
石像を魔力で動かしたのかと思ったら、あれ本物のガーゴイルなのね。びっくりしたわ
ガーゴイルとは、ある意味で最も有名な悪魔の一種だ。翼を持った見るからに悪魔然とした醜悪な外見を持つ悪魔だが、最も特徴的なのは動いてないと石像と区別がつかない、と言うところにある。
その為、ガーゴイルを模した石像が多数作られ、盗賊への脅しや魔除けの像として扱われている。もし本物だったらどうしようと思うだけで、ある程度の抑止効果があるのだ。だがまさか、村長も自らの村を守っているはずの像に殺されるとは思っても見なかっただろう。
あれを置いたのは大体30年前だな
は?
思ってもみなかった答えに、リルは思わずあんぐりと口を開く。
この近辺に龍脈があることは50年も前には気付いていたから、足掛かりにする為に行商のフリをして売りつけた。なんと精巧なガーゴイル像なんだ!と喜んで買っていったよ。当然だ、本物なのだからな。そして、そのガーゴイルを通じて今の村長の実力や気風は知っていた。あいつは元冒険者で、昔はそこそこ名の知れた剣士だったそうだ。素直に従う訳がないから、殲滅し易いように集まってもらった訳だ
なるほどね本当、あんた嫌になるくらい周到で狡猾ね
誉め言葉と受け取っておこう
笑みを返しながら、Olは魔術の準備を終える。それは巨大な魔法陣だった。
村の中央に描かれた円形の陣の上に、村人達の死体が累々と積み上げられている。
さて、始めるか。この数は少々億劫だ。魔力を貰うぞ
言うや否や、強引にリルを抱き寄せ唇を奪う。リルは少し嫌そうにするが、抵抗はしない。
一応いっておくが、魔力を取り返すなら手を握るだけでもいいからな
あーそーですかー
どうでも良さそうに言葉を返すが、視線をこちらに寄越さないという事はまんざらでもなかったのだろう。
ようやく多少は機嫌が直ったか。面倒な事だと内心思うが、Olにとって意外な事に、それは思ったほど不快な事でもなかった。
Olは口付けが最も効率よく魔力を取り返せる、という説明はしないことにして、魔法陣に向き直り、居住まいを正すと、長い呪文の詠唱を始めたのだった。
第3話定期収入を手に入れましょう
さて、これで一応の戦力が整ったな
目の前に立つ老若男女を見、Olは頷く。年齢も性別もバラバラなその集団は、やはりバラバラに剣だの棒切れだの農具だの、武器になりそうなものを手にしている。
共通しているのは唯一つ、皆死体であることだけだ。