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ウィキアははっとしてFaroの顔を見た。次いで、Olを見上げる。

既視感が彼女の身体を包む。手が震え、足がすくんだ。

準備はいい?

ああ、問題ない。行くぞ

Faroにそういい、Olはちらりとウィキアを見ると、声を出さずに口を動かした。

大丈夫だ

そうOlの口が動いたように見えて、ウィキアの震えが止まる。

果たして、扉の先にあったものは

ただの、何もない大きな部屋だった。

あれ?

罠を警戒して、短剣で部屋の中や地面を探りながらFaroは恐る恐る部屋の中に足を踏み入れる。

何もないようだな。運よく、守衛がいない時間帯に当たったのかも知れん

Olはその後ろから部屋を見渡し、臆面もなくそう言った。

怪しいけど、罠もなさそうだしそうなのかな

警戒を解かぬままFaroは床や壁を入念に調べるが、何もない。

少なくとも安全な部屋と言うわけではないだろう。先を急ぐぞ

納得のいかない面持ちのFaroを急かし、Olは奥の扉を開く。普段は魔術によって入念に封印された扉は、彼の持つ通行証を認識してあっさりと開いた。

そのありがとう。あそこを守ってたの、本当はアランだったんでしょ?

こっそりと、横に並ぶウィキアが礼を口にする。アランに気持ちが残っている訳ではない。が、かつての仲間の変わり果てた姿を目にし、戦わなければならないのはやはり気が重い。

ナジャやShalはデュラハンがアランだと気付きすらしないかもしれないが、そう言った彼女達の姿を見るのも苦痛だろう、とウィキアは予想していた。それを避ける事が出来、彼女はほっと胸を撫で下ろす。

別にお前を慮った訳ではない。礼を言われる筋合いはない

Olは愛想なくそう答えた。殆ど本心だ。

デュラハンは不死の存在だから、倒しても一日もあれば再び蘇る。とは言え、倒してしまえば一日の間守衛がいなくなるのは少し不安が残る。

更に、勝てるという保証もなかった。呪いによって作られた、首無し馬の引く馬車に乗ったデュラハンは強敵だ。広い室内を走り回りながら魔術を飛ばし、不用意に近付けばその馬車で跳ね飛ばす。Ol達の戦力では、勝てても犠牲が出る目算が高い。

ん。でもありがと

こちらもニコリともせず、しかしハッキリとウィキアはOlに礼を言った。

ここが、第三階層

長い長い階段を下り、目の前に広がる前人未到の光景を眺めて、Faroはごくりと唾を飲み込んだ。

その風景は、そこら中に屍が転がり、不潔で狭苦しく、陰鬱としていた第二階層までとは全く異なる様相を呈していた。

天井は高く、通路は非常に広い。壁はキッチリとした煉瓦で覆われ、ところどころ太い柱で補強されている。地面はまるで王都の大通りの様に石畳が敷き詰められていた。

悪臭は殆どなく、通路は清潔感に溢れ、壁は僅かに光を放ち松明がなくても少しなら見通しが利きそうだった。

気をつけてね。ここから先は、何が起こるかわからない

真剣な顔付きで言いながらも、Faroの声はほんの僅か、弾んでいた。

Ol達は警戒しつつも、迷宮を進んでいく。

気をつけて。そこ、踏むと罠が作動する。そっちも。その紐を脚に引っ掛けると、多分上から岩か何かが待って! 紐を踏み越えないで。その先に落とし穴だ。中には槍衾か。危ない危ない。んここ、何か壁にちょっと違和感があるね。隠し扉だ

第三階層には魔物が一切出てこなかった。その代わり、迷宮は複雑さを増し、無数の罠が仕掛けられている。隠し扉、一方通行、回転床、天井や床からは槍が飛び出し、壁からは矢が放たれ、大岩が通路を転がる。

殺傷能力も巧妙さも、そして込められた悪意も第二階層までとは段違いの罠だ。しかし、Faroはそのことごとくを看破し、避け、解除して見せた。本格的に致命的なものはそれとなくOlが避けているとは言え、その腕と勘のよさにOlは目を見張った。

腕のいい盗賊とは聞いていたが、大したものだな

へへ。何かね、今あたしすごくワクワクしてんだ。こういう時のあたしは凄いよ。罠が一つ一つ、手招きしながらニコニコ笑ってるように見えるんだよね

片手でくるくると扉の鍵を外しながら、Faroはそう言った。カチリ、と音がし、その瞬間に彼女は手を引っ込め、鍵穴を覗いていた顔をひょいと横に傾ける。殆ど同時に、鍵穴から細い矢の様なものが飛び出して彼女の背後の壁に突き刺さった。

それにしてもこの罠を仕掛けた奴って、凄い陰険だね。よっぽど人心を知り尽くした、性格の悪い悪魔みたいな奴に違いないよ。心の隙を突いて、死角から蛇みたいに襲い掛かってくる

Faroは扉を開くと、中に入らずに短剣を部屋の中に突き入れた。途端、扉の枠からギロチンが下りて短剣を弾き火花を散らす。鍵をあけ、罠を避けて安心した冒険者を両断する仕組みだ。

こんな風に。人が安心したとき、これだけはないだろうってタイミングで攻めてくる。あたしも今みたいな絶好調の時じゃなきゃ危ないかもね

確かに、性格は凄い悪いだろうねえ

しみじみと、リルが同意を示した。

あはは、本物の悪魔に言われちゃ形無しだね。にしても、ここは何これ?

扉の向こうは、更に不思議な光景が広がっていた。天井は数段高く、ところどころに魔力の光が明るく灯り辺りを照らしている。地面には石畳の変わりに土が敷き詰められ、軟らかな短い草が生え揃っていた。

薄暗い為にあまり遠くまでは見通せないが、見る限り広大な部屋のようだ。通路はなく、太い柱が何本も立って天井を支えている。

ここがダンジョンの中であることを忘れてしまうほどのどかな雰囲気だが、張り詰めたFaroの感覚はその奥に潜む者達の気配を敏感に察知していた。

気をつけて。何かいる。それも、飛び切り獰猛な奴だ

自然と声を潜め、表情を引き締めながらFaroはゆっくりと奥へと向かっていく。

近いこっちに近付いてくる。来たッ!!

柱の影から、それは現れた。獰猛な地獄の猟犬か、醜悪な巨人か、はたまた竜か。それぞれの最善の動きを何パターンも頭に浮かべ、敵を見極めようと目を見開いたFaroの視界に現れたのは。

どこにでもいそうな、地味で純朴な娘だった。

え?

思わず、二人はお互いに見つめあい表情を呆けさせる。いや、娘の方の視線は、Faroから微妙にずれ、その後ろへと向けられていた。その先にいる男は額に手をあて、人知れずため息をつく。なんでこんな所にいるんだ、と。

あんた人間だよね? 何でこんな所に?

我に返り、Faroは尋ねる。純朴な娘であるところのミオは、だらだらと冷や汗を流した。ごめんなさいごめんなさい、ただあの子達がおなか空いてると思ってつい、とOlを見ると、彼は今日はダンジョンに潜るから自室でおとなしくしていろと通達したはずだ、と言わんばかりの視線でそれに答えた。