工藤父は、口元を手で隠してオレに囁いた
読唇術って知ってるかここだと、お前の話すことが敵に筒抜けになるかもしれねぇ
こんなに人目に付く場所で、ラジオ体操をしていたのは
すでに敵に監視されているんだ
というよりわざと敵の眼を自分に集中させている
まあ、乗れ
工藤父がバンの横のスライド・ドアをガラッと開けた
トニーさんが、グデーッとして眠っていた
おい、トニー起きろっ飯だぞ飯
トニーさんが、むくっと起き上がる
ふぁぁい、ボスぅぅ
順番に、睡眠を取りながら24時間監視をしているんだな
ノーマも、手を休めてこっちへ来い飯だぞ
ノーマさんは運転席の方で、ノートパソコンに向かっていた
んで伝言てなんだ先に聞こう
昨日と比べて工藤父は、少しぶっきらぼうな感じがした
まあ昨夜からずっと、戸外で警戒活動をしているんだから
これはこれで仕方がない
ではお伝えします
オレはマルゴさんに言われたことを、伝える
黒い森のメンバーは、午後2時15分に教職員用の駐車場の隠しガレージから、車3台で学校を脱出します全員乗っていきます校内には、誰も残りません目的地は国立劇場ですそこへ向かうルートは、全て工藤さんにお任せするそうです
工藤父が、ジロリとオレを見る
完全撤収か
オレが答える前にミッチィが言った
黒い森は、今日中に全てを解決する覚悟のようです
つまり今日中に、シザーリオ・ヴァイオラの首を獲る
まあ、悪く無い判断だなここに閉じ籠もって居ても、状況は悪くなるだけだしな
工藤父は、そう言った
隠れ家としては良い場所なんだろうけれどお前ら、予定よりも遙かに多くの人数で閉じ籠もって居るだろ
確かにちょっと多すぎるかもしれない
このまま、閉じ籠もっていれば、いずれ食料や日用品が不足するストレスも溜まるしなお前らとしては、短期決戦を狙うより、しょうがあんめえ
それがプロの判断なんだ
ならばシザーリオ・ヴァイオラも、そう考えている
いい感じに、香月のオッサンが決戦会場を作ってくれたからな今夜のホテルで決着を付けるしかねぇよなお前らもヴァイオラも
やっぱりそうなるんだ
ボス
運転席からノーマさんの声がする
どうした
パターン・ブルーです
声が、緊迫している
昨夜からの睨み合いで、こっちも大分焦れてきたがあっちも、同じみたいだな
工藤父が、オレを見る
悪い時に来ちまったたみたいだな
敵襲だ
学校パートの総括をして戦闘編です
この間に、女たちはドレスアップしている予定です
この総括をしておかないと、吉田くんを戦闘の場面に出せませんでした
もう吉田くんは、別にオレが死んでも問題はないとは思っていません
黒い森の人々のために、生き続けると覚悟した上で
闘いの場に赴きます
昨日は女の子にお金を貸して欲しいと言われた話を書いたので
今日も、そういう話を
私は昔演劇の裏方の使いっ走りの見習いみたいな仕事をしていた時期があります
黒い服を着て、大道具を作ったり、小道具をセットしたりする係です
その頃、知り合った女子大生の女優の卵の人からある日、電話がありました
それはとある劇団の研究所に入りたいのだけど、親に反対されていてお金が無いついては、10万円ほどお金を貸してくれないだろうか
という電話でした
問題なのは私は、その子とそんなに仲良くないということです
面識はあったし、現場で話をしたことはあったのですが
別に、仕事以外の場所で会ったことは無いし
それこそ、ご飯とかだって一緒に食べに行ったことはない
そんな私に何故か、借金を申し込むのです
しかし一応、その子が演劇に対して真面目な子だという印象があったので
一応、10万円持って、待ち合わせした喫茶店に行ってみたのです
すると現れた彼女は
延々と、これまた何故か、最近、彼氏が冷たいとか、そんな話ばかりをするのです
何で、わざわざ来たのに、愚痴まで聞かされるのかとちょっと、カチンときたので
あのさ君は、今日、私に金を借りに来たんじゃないのかそれなら、彼氏がどうしたとかじゃなくてさまずこれから芝居の勉強を一生懸命頑張るとかお金は、いついつまでに返すとかそういう話をするべきなんじゃないのかい
そしたら彼女は
ありがとう今のあたしにそんなことを言ってくれるのは、あなただけだわそんなあなたから、あたしお金を借りることなんてできないわ
と言ってそそくさと、帰ってしまいました
喫茶店の中で、私は冷めたコーヒーを飲みながら、持って来た10万円入りの封筒を眺めて
ああ野良犬に噛まれるというのは、こういう気持ちなんだなと思いました
その後、彼女とは新宿駅でばったり会ったことがあります
20代半ばで、50過ぎの男性と結婚したそうです