雪乃も食べろよっ、腹減ってるだろ
雪乃は差し出されたパンを無視して、オレから距離を取った
ガニマタで、よろよろと歩く
昨日からセックスで酷使された肉体
克子さんがいなくなった瞬間に、緊張がとれたのだろう
一気に腰にきたのか、校門の脇のコンクリの塊に彼女は座り込む
おい、大丈夫かよっ
オレが近づこうとすると
来ないで近づかないで
小さな声で、そう呟いた
あたし、早く家に帰りたい家で温かいお風呂に入り直したい
地面を見つめてそっと囁く
何か、食った方がいいよ少しは元気になるパンが無理なら、飲み物でも買ってこようか
オレは、二十メートルほど先に自動販売機を見つけて、そう言った
いらない何も、いらない
雪乃は、オレの方を見ようとはしない
そんなこと言わずにさ雪乃って、普段はどうなのっ学校帰りに買い食いとかしないの
場の空気を和ませようとオレは、少し気安い感じでそう言った
よろよろの雪乃がキッとした眼でオレを見る
やめてよっ
さっきまでとは違うはっきりとした、鋭い口調だった
あなたとは、そういう関係じゃないでしょ
そういう関係って、どういう関係だよっ
雪乃は立ち上がって大きな声で喚くッ
忘れないであたしは、あなたが大ッ嫌い殺してやりたいって思ってるあなたなんて友達じゃないわ友達じゃないんだからそういう話はしないでっ
何度も体を合わせたオレに雪乃は、激しい言葉を投げつけるッ
そっかならいいよパンは、オレ一人で喰うから
オレは雪乃の憎しみの視線から、顔を背けた
すると雪乃は
そうよっあんたみたいな男は、一人がお似合いよッッ
なんだと
自分一人じゃ、何もできないくせにッッ
雪乃の憎悪の眼がオレを見ている
暗い瞳でオレを見ている
自分の過ちと誤りを理解した
雪乃を脅迫して、言葉で縛っているのは弓槻先生だ
オレじゃない
雪乃の信頼を掴んで、心に入り込んだのは岩倉会長だ
雪乃を精神的に追い込み、服従させているのは克子さんだ
確かにオレは何度も雪乃を抱いた
一緒に絶頂にも達した
だけどそれでも、なお
オレは雪乃の何でもない
支配者ではない
恋人ではない
友達ですらない
オレは彼女にとって憎むべき、弓槻先生の道具
彼女の中に精液を吐き出す、セックスの道具でしかない
雪乃はオレを一人の人間として承認していないっ
そう感じた瞬間オレの瞳に涙が溜まった
くわぁぁと、一気に涙が溢れる
ふぅんあなたでも泣くの泣けばいいのよっ
雪乃が、オレを嘲る
変態ッ気違いッバカッ人間のクズッあんたなんて死んじゃえッツ一人で死んじゃえっっっ
雪乃が、オレを罵る
ずっと溜め込まれていた、雪乃の負の感情が
オレに向かって、一気に放出されたッッ
雪乃が、憎悪の眼でオレを見ている
心の底から、オレのことを嫌悪している
オレを罵倒している
悲しい
涙が涙が、止まらない
オレはオレの初恋を、この手で締め殺してしまったんだ
道の向こうからヘッドライトの光が差す
克子さんの車だ
今日の車はミッドナイト・ブルーの大きなベンツだった
お待たせしましたっ
克子さんが運転席の窓を開けて、そう言った瞬間後部座席のドアがガチャッと開いて、岩倉会長が飛び出して来るッ
白坂さんあなた、大丈夫ッッ
雪乃に駆け寄る生徒会長
い、岩倉さぁん
信頼する先輩の姿を見て、雪乃は彼女の胸に飛び込む
岩倉先輩も、ギュッと雪乃を抱き締めた
ごめんなさい、白坂さんっ助けてあげれなくてでも、もう平気よっあたしがいるからここにいるんからねっ
せんぱいあたしぃぃぃ
わぁぁーっっと大きな声を出して雪乃は一気に泣き出した
堪えていたものが、一斉に噴出する
岩倉会長の胸の中で雪乃は泣きじゃくる
大丈夫よお家までは、あたしが付いていってあげるわっ御家族にも、あたしが上手く話すから絶対に心配させないからっねっ、白坂さんもういいのよ、もういいんだからねっ
そう言って、岩倉先輩は車の中に雪乃を押し込んだ
車に乗り込む時、オレのことをギッと睨んだ
侮蔑の眼だった
では雪乃様はあたしたちで、お送りしますっ
運転席の克子さんが笑ってオレにそう言った
あっ克子さん、待って下さいっ
オレは、車を発進しようとする克子さんに声を掛けた
はい、何でしょう
驚いて、きょとんとした顔の克子さん
今日は色々と、ありがとうございましたっ
オレは、克子さんに深々と頭を下げる
なっ何です、いきなりっ
感謝の言葉ですっ
そうこれも今日、克子さんに習ったこと
それからっ、パン、美味しかったですっきっと克子さんなら、良いパン屋さんになれると思いますっ
オレがそう言うと
運転席の克子さんは、少し照れた顔をして
そう思って下さるのなら、次の機会にはちゃんと克子のことも犯して下さいっ
克子は早く、出産したいんですっ
そんな恐ろしい言葉を残して
克子さんの運転する車は、走り去って行った
人気の無い東門の前にオレは一人きり
空には、月が昇っていた
えっと、何故か今週は土曜出勤を命じられました
クリスマスって何なんですか
28. 黒い森
携帯を見ると午後九時四十八分
さて、オレも帰るか
オレの家から学校までは、最短時間で四十五分だけどこの時間じゃあ、バスの本数が少ないだろうし
なんて考えながらオレは学校指定の青い通学バッグを担ぎ上げた
東門の前から大通りへ出る方向へ歩き出す
後ろから、やって来る車
ヘッドライトの目映い光
オレは、その車を知っている
車は緑色の大きなミニバン
後部座席は、ミラーシートで隠されている
それは弓槻先生の車
車は、オレの横で停車した
スーッと電動で運転席の窓が開く
あら、吉田くん、今帰り
白々しい
どうせ、どっかから監視していたんでしょ、弓槻先生
先生は、あははと笑った
ここは盗聴マイクだけよ面白かったわ白坂さんが、あなたにキレてたわね
ねえ、吉田くんどうして、あんな子がいいのっ
先生は、嘲るような眼でオレに尋ねた
言葉通りの意味よだって白坂さんて、つまんない女の子じゃない
つまらない
ちょっと可愛いだけの、どこにでもいる普通の子よそうね、顔は綺麗だからアイドルくらいはやれるだろうけれど、決して大成しないタイプ少数のマニアックなファンは付いても、ブレイクはいないまんま年齢を重ねてフェード・アウトで引退ってところかしら