な、なぜ僕たちが責められなければならないのです
反発する高橋青年
あなたはご自分の家の歴史もご存知ないみたいね
僕の高橋家の歴史が何だと言うのですか
桃子姉ちゃんの態度に、高橋青年はさらに反発する
高橋家が名家になれたのは明治期の功績があったからでしょそれ以前も、あなたの家は貴族だったけれど江戸時代には、京都の下級貴族でしかなかったのだから
それがどうしたというんです僕の先祖は、明治維新以降、新しい時代の中で事業を興し一族から何人も、政府の要職に就く人間も輩出して
そんなことはどうでもいいのよその明治に高橋家の礎を築いた高橋慶喜さん、あなたの直接のご先祖様のはずよその方の奥さんのこと知っているかしら
高橋青年は口籠もる
慶喜さんの奥様は芸者さんだったのよねいえそれは別に珍しいことじゃないのよ明治の元勲たちだって、若い頃は皆さん、下級貴族や下級武士で貧しい生活をなさっていた方が多かったし芸者さんを奥さんにした方は、何人もいたわ鹿鳴館の夜会に来てた人たちなんて、元芸者が何人も居たって話だし
そもそも、明治時代には遊郭の傾城太夫を、豪商が身請けして自分の妻にすることは普通のことだったし政治家や事業家には、みんなお妾さんがいるのが当たり前だった明治のジャーナリストで、そういう人たちのお妾さんのリストを新聞に載せた人がいたんじゃなかったかしら
宮本外骨だったと思います
そうよねそれで、そういうお妾さんたちだって元は、酌婦や芸者さんたちが多かったわけだし、そういう稼業の人に政財界の重鎮が子供を産ませるなんて話はよくあることだったのよねもちろん他に子供がいなくて、そういう生まれの子供が名家を継いだこともあるわ
酒場の女や売春婦上がりの女が産んだ子供が名家の当主になったこともあるのか
あなたにも芸者さんの血が入っているのよそういう高橋家の歴史を知っているくせに桜子のことが受け入れられない、桜子の本当のお母さんが銀座のお店で働いていた女だっていうだけで即座に、婚約破棄を通告するそういうのって、どうかと思うわよ
彼女の母親の場合はただのホステスではありませんっ狩野家を追われた後、その女性は
高橋青年は言う
そうだ桜子さんのお母さんは、九州で売春婦になって
売春婦のまま死んだ
だからそれは桜子には、関係の無いことだと言っているでしょ
でももし、この事実が世間に知られたら桜子さんは売春婦の娘と言われることになるわけで
そんな事実は広まらないと、さっき話したばかりですわ
桃子姉ちゃんが叫ぶ
結局高橋青年自身が嫌なんだ
母親が売春婦になった娘と結婚することが
名家の一員でいるためには、相応のプライドが必要だと思うけれどあなたのプライドは、間違っていると思うわ
桃子姉ちゃんは、不快そうに言う
何よりもあなたには名家の人間としての、高貴さが感じられませんノブレス・オブリージュ高貴なる者が持たなければならない義務が、あなたには欠落しているのよ
桜子の出生の秘密を知ってこの子と結婚するのが嫌になったんでしょうけれどね桜子は、まだ16歳よ女の子なのよ婚約破棄を申し出るにしても、この子の心を傷付けないように気遣いするべきだったと思わないメールで一方的に言いたいことだけ伝えてあげくに興信所の報告書を、そのままメール添付するとか、馬鹿なんじゃないの
高橋青年は
僕は僕の方が被害者なんですよ僕は狩野家にキズモノを押し付けられるところだったんだ苦情を言って何が悪いんですか
追い詰められて本音を吐露する
ダメだ、こいつ
結局、そういう風にしか考えられない心の狭い人間なのよね桜子、こんな人と結婚しなくて済んで、本当に良かったわね
とにかくあなたと桜子との婚約は、あなたが歌晏家と香月家に無礼を働いたので、取りやめになったということになりますこれはわたくしのお祖父様と香月様の決定ですからいいわね
そんなそれじゃあ、僕の立場がなくなるじゃありませんかそんなことは納得できません
高橋青年は喚く
仕方ないでしょ桜子の名誉を守るためには、そうするしかないんだから
桃子姉ちゃんは、冷たくそう言った
納得できません抗議しますそんなことをなさるんでしたら、僕だって他の名家の方々に、本当のことをお話しますよ桜子さんが本当はどんな女の娘なのか、みんなにブチまけてやりますからねっ
こいつは結局自分のことしか考えていない
桃子姉ちゃんが不意にオレに振り向く
公ちゃんには、悪いと思ったんだけれどこういうことになるだろうと思って、公ちゃんのところの子に来てもらったのよ
高橋さんこの様子だと、黙ってられないみたいですし藤宮さん
桃子姉ちゃんの指示でレイちゃんが、特別室のドアを開ける
失礼致しますわっ
そこに現れたのはヨミだった
えっとわたくし、どなたの口を封じれば良いんですか
ホントこの子が公ちゃんのところの子で良かったわ
散々喋っていた桃子姉ちゃんは、喉が渇いたのかアイスコーヒーを届けてもらった
ストローでチュチュっと吸いながらヨミが、高橋青年と警護役の記憶を消していく様子を眺めている
こんな能力の持ち主が、わたくしの臣下だったらわたくしはとっくの昔に、世界征服計画を開始しているわよホント、公ちゃんはそういう野心の無い子だから、この子たちのご主人様になれるのよね
桃子姉ちゃん、前はヨミたちが自分に近付くのを嫌がってたけれどさ
オレが言う
今はもう気にして無いわ公ちゃんの性格や人柄が、よく判ったしこの子たちが、公ちゃんの意に反するようなことは絶対にしないってことも判ったから
桃子姉ちゃんは、オレに微笑む
公ちゃんはわたくしの記憶を操作したりはしないでしょ
しないよそんなことは
そうよねそういう子なら、今日だって、能力者の子を連れて来るものね
桃子姉ちゃんは、隣の席の桜子さんを見る
そりゃ、ヨミたちみたいな力のある子を連れて来る方が桜子さんの対応だって、楽にできたろうけどさ
相手の心と記憶を読み記憶を書き換えることができるのだから
でも、それじゃあ問題の解決にはならないだろ
オレの答えを聞いて桃子姉ちゃんは、ニコッと笑う
公ちゃんのそういうところわたくしは大好きよ公ちゃんの方が、あの人よりもずっと高貴な魂を持っているわよね
そう言って記憶を削られてボーっとした表情をしている高橋青年を見下ろす
オレあいつ、嫌いだよ
あいつ話をしている時に、一度も桜子を見なかった