わたしは本家の嫡男ですよわたしを除外したら、家を存続させることはできないですからね
狩野典明氏は、喚く
そうだろうかすでに、狩野家の分家たちは君を引き摺り下ろすための行動を開始しているぞ
分家
わたしと香月はすでに、狩野家の分家の主だった者たちに話を付けた皆、納得してくれたよ
桜子さんを、ここのホテルに閉じ込めている間に
歌晏さんたちは、狩野家の分家の人たちを説得していたんだ
押し込めという言葉を知っているかね鎌倉時代からあった武家の慣行だできの悪い主人だと家が滅ぶだから、家臣たちが合議してダメな主人を強制的に監禁するんだそして主人は病気になったということにして、新しい主人を立てる家を守るために家臣たちが行う最終手段だよ
家は主人とその家族だけのものじゃない
このまま狩野典明氏が当主のままだと他の名家に見捨てられるというのなら
下の人たちが、強制的に当主を替える
押し込められるか、自分から当主の座を降りるか今すぐに決めたまえ
歌晏さんの言葉は、どこまでも冷たかった
ここのところ2日ぐらい睡眠不足でした
はぁぁ、寝ないとすぐに体調が悪くなるのはもう若くないということなんでしょうね
1250.桜子・売春したいお嬢様 / それぞれの行く道
・山田太一/歌晏老人の警護役桃子からはハンス・クリストファー・アンダーソンと呼ばれている
・不知火一徹/狩野典明の警護役シエの父
名家・狩野家の当主である自分が分家の人たちによって地位を剥奪されるという現実に、狩野典明氏は震える
下の人間ほど常識的なものだよ皆、ずっと典明くんが桜子くんの本当の母親にしたことを非道だと思っていた今までは、こんな酷いことが世間に特にわたしや香月に知られてはマズいと狩野家はわたしたちの援助で何とか成り立っているのだから君の名家の当主としては相応しくない行為が明るみになれば、家の存続の危機になると思い、口をつぐんでいた
狩野典明氏が、女子大生と不倫し、妊娠させ生まれた子供だけを奪って捨てたということは狩野家の縁者はみんな知っていた
母親が狩野家の出身であるまり子まで知っていたんだから
しかし、狩野家の外に秘密が漏れなかったのはこんなことが世間に知れたら、家が取り潰しになるかもしれないという恐怖感を全員が感じていたからだろう
狩野家は特別な名家だからどんなことがあろうとも、わたしや香月や他の名家が救ってくれるなどという幻想を信じていたのは当主である典明くん、君独りだけだったということだ
長い歴史を持つ名家の当主だから、何をしてもいいということにはならない
今でも強大な資力と権力を持っている歌晏家や香月家ならまだしも
狩野家は家柄だけで他には何も持っていない
他の名家に助けてもらっているだけの情けない家なのだから
分家の人たちは、普段の生活でそのことをよく理解している
他の名家の人たちからの援助をありがたいと感謝しているし助けてくれる人たちを裏切るようなことをすれば家の未来は無いと感じている
援助してもらうのは当然のことだなんて甘い考えでいたのは当主の狩野典明氏だけだったということだろう
しかし、君が過去に犯した罪は桜子くんが婚約していた高橋家に漏れてしまったそうなれば、高橋家からわたしや香月に話が伝わることになる君の家の分家やわずかに残った家臣たちは動揺したこのまま君を放置しておけば大変なことになると考えた
典明くんは変だと思わなかったのか君の警護役の不知火くんが、どうしてあんな得体の知れない三流の警護人を臨時雇いしなくてはならなくなったのかを
不知火父の部下の黒服たちは明らかに能力が低そうな連中だった
わたしと香月に呼び出され香月家の施設に行かなくてはならないんだいつもなら、他の名家西部家か神崎家あたりからまともな警護役を貸してもらっていただろうそういう交渉を担当していたのは狩野家の分家の加納栄光くんか加納英徳くんだ
名家に属している人間が誰と誰が繋がっているとか、誰と誰が仲が悪いかなどは、分家や家臣も含めて全て把握しておるよわたしや歌晏は、君たちとは違って全ての名家の人間と付き合わなくてはならないのだからな
あ、そうか名家を束ねる立場の人だと、そういうことまで気にしていないといけないのか
知らないで仲の悪い家の人たちを、歌晏家の屋敷に呼んでしまったりしたら大変なことになる
例えばわたしも香月も、典明くんと西部家と神崎家を同時に呼び出したりはしないそんなことをしたら、君に警護役を貸してくれる家がなくなるからな
歌晏老人との面会にはどの家も万全の警護体勢で臨むことになるから
狩野家に警護役を貸し出す余裕がなくなる
しかし、今回は狩野家の分家の二人は、西部家や神崎家に警護役を借りる交渉をしなかった借りるというからには後でそれ相応のお返しをしなくてはならない狩野家の当主の地位を剥奪されるかもしれない典明くんのために働くのは、二人とも嫌だったのだろうだから、狩野栄光くんも英徳くんも動かなかったそれで不知火くんは自分であんな連中を探してくるしかなかったんだ
すでに狩野家の分家の人たちの反乱は始まっている
典明くんは、下の人間たちの苦労を理解していないし警護役なんて誰でも構わないと思っているから気にならなかったんだろうがね
歌晏老人は、冷ややかに言う
ボロは着てても心は錦という言葉はあるが公の場で平然とボロボロの服を着ていて平然としているような人間は、名家の当主ではない名誉ある家の長であるのならそれに相応しい服を着ていなければ、下の人間たちが恥をかく警護役も同じだあんな低レベルの警護役を連れて、わたしに会いに来るというのはボロ服を着てきたというのと同じなのだよ
ここでもまた狩野典明氏には当主としての資質が無いことが立証された
狩野家の分家と家臣に君を擁護する人間は1人もいないだろう不知火くんだって、君の警護役という立場でなかったら逃げ出してしまいたいと感じているはずだ
不知火父は自分の主人である狩野典明氏よりも
歌晏老人のことばかり気にしていた
あのわ、わたしはどうなるのでしょうか
愕然とした表情で狩野典明氏は尋ねる
知らんよ君の家の人間たちが、何か考えているだろう江戸時代なら、家臣によって押し込めになった殿様は死ぬまで座敷牢の中だ確か、明治になるまで座敷牢から出してもらえなかった藩主がいたはずだ
歌晏老人は、そう言いながら桜子さんの母親を見る
それより聡子くんが、典明くんに話があるはずだ
桜子さんのお母さんは実の母ではないけれどさっきから、ほとんど言葉を発していない