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こいつは参ったぜ、と言わんばかりに、ぺちんと額を叩いて見せ、

アンドレイ! “NINJA”のアンドレイだ! ……忘れたとか、言わないよな?

雨の日に捨てられた子犬のような、不安げな顔でケイの表情を伺う。

アンドレイ。

予想できていた答えだ。

(いや、それは分かるんだが)

違う、俺が聞きたいのはそこじゃない、とケイは眉間を押さえる。

ケイのことを『ケイ』と親しげに呼び、かつ、全身黒ずくめで背中にサーベルを背負っている人物など、ケイの交友関係の中には一人しか存在しない。というより、 DEMONDAL の全プレイヤーの中でも、一人しかいないだろう。

しかし、それでも。

目の前の”NINJA”と、ケイの知る『アンドレイ』とでは、決(・)定(・)的(・)に(・)、異(・)な(・)る(・)点(・)が(・)あ(・)る(・)。

……OK, 『アンドレイ』

顔を上げたケイの視線が、真っ直ぐに『アンドレイ』を捉える。

真剣な眼差し。

な、何だよ

その、気を悪くしないで欲しいんだが

おう

ひとつ、お前に聞きたいことがある

……何だ?

あくまで、確認なんだがな? その……

まどろっこしい奴だな、何だよ!?

普段のケイらしからぬ、奥歯に物が挟まったかのような勿体ぶり方に、『アンドレイ』が声を荒げる。

ケイは、困惑の表情のまま、おずおずと問いかけた。

……なんでお前、『女の子』になってんの?

……へっ?

本日二度目の間抜け顔。『アンドレイ』の動きが止まる。

……何言ってんだよ?

いや、だって、それ……

ケイが指差す先をたどり、『アンドレイ』も視線を落とす。

自分の胸元に。

より正確に言うならば―胸(・)の(・)ふ(・)く(・)ら(・)み(・)に(・)。

……ぇあっ?

奇声。『アンドレイ』の目が点になる。

えっ? なんで? えっ?

恐る恐る、といった風に、『アンドレイ』が自らの控え目な胸に手をかける。

むにゅ、むにゅ、と。

……あ、ある

どこか呆然と、呟く。

そして、はっ、と何かに気付いた様子で、そのまま股間に手を伸ばした。

もぞ、もぞ、と。

……な、ない

何が。ナニがである。

……なんで?

知らんがな

忍者のコスプレをしたひとりの少女(・・)が、そこにいた。

†††

火打石で火を起こすのは、実はさほど難しくはない。

よく揉みほぐした麻綿と、乾燥した火口、それに火打金があれば完璧だ。きちんと手順さえ守れば、子供でも容易く、そして意外なほど素早く火を起こすことができる。

まず、片手に火打石と火口を併せて持ち、逆の手で擦りつけるようにして火打金を振り下ろす。

飛び散った火花が火口につけば、それを麻綿でくるみ、息を吹きかけるなり軽く振るなりして空気を送り込む。

すると白い煙が立ち上り、数十秒も待てば燃え始めるだろう。

これで、火種の出来上がりだ。あとはそれが消えないうちに、あらかじめ用意しておいた枯れ枝や枯れ葉で火を育てていけばよい。

よし、できた

焚き木の火勢が安定したことを確認し、ケイは満足げに頷いた。

火打石セットを腰のポシェットに仕舞い、手を擦り合わせながら頭上を仰ぎ見る。

……冷えてきたな

仄暗く染まりつつある空。太陽は既に地平の彼方へと沈み、代わりに星々が瞬き始めていた。今宵は新月か。頭上に生い茂る枝葉の隙間、僅かに覗く空は、どこまでも暗い。

草原に面した、木立の中。崩れかけた石造りの廃屋の影で、ケイは粛々と、野営の準備を進めていた。

遭難したときに最も大切なのは、大まかでも周囲の地形を把握することだ―と、何かの本で読んだことがある。その定石に基づいて、ケイは混乱から立ち直ったあとは、すぐに周辺の探索を実行した。

そして見つけたのが、岩山の南に広がる深い森と、その入り口に佇む廃墟だ。そこには崩れかけた二面の石壁と朽ちた屋根が残るのみであったが、タイルの床のおかげで体を横たえられるだけの充分なスペースがあった。それでいて周囲には程よく草木が茂り、旅人たちの姿を覆い隠してくれる。

あくまでゲーム内での経験則ではあるが―草原のように開けた場所で、暗い中、火を焚くのは危険を伴う。見晴らしがよければ炎は目立ち、何かよからぬものを引き寄せかねないからだ。

人か、獣か、―あるいはそれ以外の何かか。分からない。何も分からない。しかし、警戒には値する。

マントの前を打ち合わせ、ケイはほぅっと溜息をついた。揺らめく焚き火の明かりが、廃墟に長い影法師を作る。時折吹きすさぶ風は、凍える夜の訪れを予感させた。本来ならば、こんな見知らぬ土地で火を焚きたくはなかったのだが、暖も取らずに過ごすには、今宵は少々肌寒い。

また、暗いのもいけなかった。『視力強化』の呪印を持つケイは、星明かり程度でも充分に闇を見通せるが。ケイの『相方』は、そうもいかないだろう。

……さて、

視線を戻す。焚き火を挟んだ対面。

平石の上にちょこんと腰かけて、火に当たり暖を取る人物。

彼女(・・)に向けて、ケイはぎこちなく笑みを浮かべた。

寒くはないか? お(・)姫(・)様(・)

……お姫様(プリンセス)はよせ

Rにきついロシア訛りの入った英語。ケイのからかいの言葉に、憮然として答えたのは、『アンドレイ』―もとい、金髪のコスプレ忍者少女だった。

……それと、別に寒くはない

ぼそり、と付け加えて、むすっとした顔のまま目を逸らす。

薄手の黒装束と革のマントだけだったが、それほど寒がっているようにも、強がっているようにも見えなかった。

(そういえばこいつ、ロシア人だったな)

この程度の気温では『寒い』の範疇に入らないのだろう。ひとり納得して、 ならいいが と返す。

…………

しばし、沈黙。

焚き木が爆ぜる音だけが小さく響く。

お互いに何かを話したいが、何を話せばいいのか、と。

そんな、遠慮にも似た、迷いのある空気。

しかし黙り込んでいるうちに、早くも焚き木が燃え尽き始めていた。追加で焚き木を放り込み、ケイはおもむろに口を開く。

……なあ、そろそろ、話さないか

ん。そう、だな……

ぼんやりとした雰囲気で、少女は答えた。

……本当に、『アンドレイ』なんだよな?

疑うような言い方になってしまうのは、仕方のないことだろう。平石の上、体操座りで爪先を眺める彼女に、ケイは今一度問う。

ああ、そうなる。オレは、『アンドレイ』だ

ゆっくりとした口調で、少女は肯定した。

それは、お前は本当は女だったが、ずっと男キャラを使ってた、ということか?

その解釈であってるぜ

うぅむ……