Выбрать главу

例えば、ここにお菓子職人がいたとする。客は これこれこういったお菓子が欲しい と注文し、代金を支払う。金が多すぎれば職人はお釣りを返し、注文されたお菓子を客に渡す―これが、 DEMONDAL における魔術の、入力から出力までの一連の流れだ。

ここでお金だけでなく、小麦粉やバターなども一緒に持って行って、 これを上げるから少し安くしてくださいな と交渉するのが、魔術でいうところの”触媒”にあたる。職人は、それが欲しければ受け取って割引するし、いらなければ受け取らず無慈悲に代金を徴収する。代金がマイナスになれば、内臓を売り飛ばされてそのまま死んでしまうが、これが魔力切れによる”枯死”だ。

ちなみに、お菓子職人のところに、板きれを持って行って お金も払うから、これで家を建ててくれ と交渉することもできる。受けるか受けないかはその職人次第、仮に受けたところで代金をボッタくられるかもしれないし、そもそも完成しないかもしれない。完成したところで専門外なので、その品質は保証できない。ただし、似たような分野のことであれば―洋菓子職人に和菓子を頼んでみる、など―案外、なんとかなる、かもしれない。

これらのプロセスを全て精霊語(エスペラント)でこなさなければならないのが、 DEMONDAL の魔術の難しいところだ。精霊は基(・)本(・)的(・)に(・)エスペラント語しか解さず、他に指示の出しようがないため、プレイヤーの語彙と文法力が術の複雑性・柔軟性に直結する。

その上、精霊のAIは意図的にアホの子に設計されていたので、精霊への指示は分かりやすく、かつ簡潔でなければならなかった。これがなかなかの曲者で、出来の悪い翻訳ソフトに上手く訳文を作らせるような、そんなコツと慣れが要求されることも多々あった。

『だけど、今はそんなことはない。なんつーか、うまく意志疎通を図れるというか、明らかにケルスティンの物分かりが良くなった気がする』

そう言うアイリーンに、ケイは重々しく頷いた。

『ああ。だから、警戒アラームみたいな高度な術も、抽象的な指示でこなせるんじゃないかと思ってな……』

仮に、ゲーム内でケイたちが望むような術を構築するならば、敵味方の判別方法や細かい範囲、持続時間など各種パラメータを考える必要性があり、プログラミングのような高度かつ繊細な『呪文』が要求されるはずだ。

だが、精霊がアホの子AIではなく、柔軟な思考が可能になった今ならば―。

『なるほど……幸い、触媒は腐るほどある。試してみる価値はありそうだな』

にやりと笑って、アイリーンは胸元から、水晶の欠片の入った巾着袋を取り出した。

よーし、じゃ、やってみるか!

ああ。ただその前に、とりあえずホランドに相談しておくか……

おう、だな!

二人は意気揚々と、ホランドのところへ向かっていく。

…………

あとには、ポカンとした表情の、アレクセイ一人が残された。

結果として。

ホランドは魔術の使用を快諾し、それに応えたアイリーンは、わずか 顕現 一回分の水晶を代償に術の構築に成功した。

具体的には、隊商の馬車群を中心に半径五十メートルの範囲で、獣や部外者が侵入すればケルスティンが影の文字で教えてくれる、という術だ。明日の朝日が差すまで有効らしいが、奇襲を受けるリスクを大幅に減らせることを考えると、素晴らしいコストパフォーマンスといえた。

とぷんと影に呑まれる水晶や、影絵のようにダンスを披露するケルスティンの姿を見て、エッダは飛んだり跳ねたりの大喜びだった。そんな娘の喜びようもあってか、今後この術式を使う際、消費される触媒代はホランドがもつらしい。水晶のストックに余裕はあるとはいえ、願ってもない申し出だ。

また、この術で夜番の労力が大幅に削減されたので、功労者のアイリーンはローテーションから外され、昨日遅めに番をこなしたケイも今日の夜番は免除となった。

夕食後、興奮気味のアレクセイが凄い勢いでアイリーンに話しかけていたので、何とも鬱陶しかったが、それほど腹は立たなかった。

比較的、穏やかな気持ちのまま、ケイは眠りに落ちていくのだった―

†††

パチッ、パチッと音を立てて、焚き火の小枝が爆ぜる。

~♪

横倒しにした丸太にリラックスした様子で腰かけ、鼻歌を歌いながら、火の中に小枝を投げ込む金髪の青年。

~♪ ~~♪

ぽきぽきと小枝を手折りながら、自身が醸し出す陽気な雰囲気の割に、鼻歌のメロディはどこか物悲しく、哀愁に満ちている。

~~♪

手元に、小枝がなくなった。手持無沙汰になった青年は、傍らに置いた砂時計の残量を確認し、ふっと視線を上げる。

…………

焚き火を挟んで反対側に、腰かける老婆と、褐色の肌の少女。

……お嬢ちゃん

にやり、と野性的な笑みを浮かべた青年―アレクセイは、語りかけた。

そろそろ寝なくっていいのか?

……まだ、眠くないの

褐色肌の少女―エッダは、後ろから自分をかき抱くハイデマリーの手を握りながら、はっきりと返した。

強がっている風、ではない。そのきらきらとした目は、馬車の幌に映し出された影に固定されている。

まるで影絵のように、くるくると踊る、ドレスで着飾った人型の影。

これ、すげえよなぁ。暇つぶしにはぴったりだ

口の端を釣り上げて、子供のように純粋な笑顔で、アレクセイは頷いた。ちらり、と見やるは、一つのテント。寝静まった、物音ひとつ立てないテント―。

しかしまさか、アイツまで魔術師だったとはね……

…………

アレクセイの呟きには、誰も答えなかった。

……~♪

退屈した様子のアレクセイは、踊る影を見ながら、再び鼻歌を歌い始める。

アレクセイ。ひとついいかの

アレクセイの鼻歌が一周したあたりで、ハイデマリーがおもむろに口を開いた。

ん、なんだい、婆さん

その歌、よい旋律じゃ……なんという名の曲なのかね

これか。『GreenSleeves』って曲だよ

……ほう? 雪原の言葉の歌じゃないのかえ

ああ。平原の言葉の曲さ

薄く笑みを浮かべ、姿勢を正したアレクセイは、すっと軽く息を吸い込んだ。

Alas, my love, you do me wrong,

To cast me off discourteously.

For I have loved you for so long,

Delighting in your company.

Greensleeves was all my joy

Greensleeves was my delight,

Greensleeves was my heart of gold,

And who but my lady greensleeves…

哀愁と、情熱と、かすかなほろ苦さ。

深みのあるテナーの歌声が、静かに響き渡る。

宵闇にまどろむ者たちを、起こさぬよう、優しく、穏やかに。

……すごーい

ぺちぺちぺち、と控え目な拍手をするエッダ。ハイデマリーもそれに続き、何度も何度も頷いていた。