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…………

傍らでムスッとした表情をする、アイリーンという少女の存在を、うっかり失念してしまったことだろう。

……ん? あれ? アイリーン?

ふと、ケイが我に返った頃には。

その隣から、アイリーンの姿は、消えていた。

†††

何だよ、何だよっ

ぷっすりとした脹れっ面で、肩を怒らせて歩くアイリーン。

不機嫌な表情のまま、“GoldenGoose”亭に戻り、愛想笑いを浮かべた女将から荒々しく鍵を受け取って、部屋に入った。

雑然と荷物の置かれた、狭い個室。

ドサッと身を投げ出すように小さなベッドに突撃し、そのまま寝転がってボスボスと枕を殴る。

……何だよ

しばらく枕を痛めつけたあと、力尽きたようにうつ伏せになって、シーツにぐりぐりと顔を埋めた。

―最近、なんだか、ケイが冷たい。

アイリーンはそう、感じていた。

一緒に話していてもノリが悪いし、ゲーム時代のような、あけすけな態度を取らなくなった。何かを自分に隠しているような雰囲気もあるし、近頃では、会話をするときに目を合わせるのすら避けているように思われる。

(なんか、暗そうな顔してるから、せっかく町に連れ出したってのに……!)

全然楽しそうにしないばかりか、笑顔を見せたと思ったらアレだ。もう、なんというか、最悪だった。

それに―腹が立つのは、アレクセイの件。

(なんで止めないんだよ。なんで何も言わないんだよ)

アイリーンはバイリンガルの英語話者だが、やはりロシア語の方が話す分には楽だ。そのため、情報収集を兼ねて、最初はアレクセイと積極的に交流を図ったが―近頃はいい加減、鬱陶しくなってきた。なので、出来ればケイと話したかったのだが、ケイはどうやら自分を避けている。そればかりか、アレクセイが自分に話しかけてくると、澄まし顔でそれを放置して何処かに行ってしまう始末。

(何だよっ、何だよ……そんなにオレと話すのがつまんないのかよ……)

しょんぼりとした顔で、枕をぽすぽすと叩く。

二人の仲がぎこちなくなったのは、いつからだろう。

アイリーンは、考える。始まりはおそらく、サティナのゴタゴタのあと―はっきりとしたのは、やはり、この隊商に加わってからだ。

サティナのゴタゴタ―そのことに思いを馳せると、アイリーンは自分の中の怒りが、しおしおと萎びていくのを感じた。

あの時―リリーの救出の是非を巡って、ケイと対立した時。

アイリーンは、自分が ひとでなし という言葉を出したことを、今では深く悔やんでいた。この言葉がケイを傷つけてしまったのは、あの時の反応からしてまず間違いない。そして傷つくということは、『人を見捨てる』という選択肢を、アイリーンが知らぬ間に取っていたということだ。

なぜ。いつ。どこで。聞いていない以上、それは知りようがない。

しかし、推測はできる。

アイリーンが把握できていないということは、『こちら』に来た直後、矢を受けて気絶していた間か、あるいは直接戦闘に関与していない、草原の民との遭遇戦での出来事だろう。タアフの村に関することか、あるいは襲い掛かってきた草原の民にまつわることか―そこまでは分からないが、何にせよ、今さらそれを咎めようとは思わない。

彼が、好き好んで人を見捨てるタイプではないことは、アイリーン自身よく理解しているつもりだ。

ケイが何を選択したにせよ、それはきっと、断腸の思いで決めたことだろう。その間自分は、逃げるか、気絶するかしていただけだ。

そんな人間に、その行為を ひとでなし と言われて、ケイが何をどう思ったか―。

(……ひょっとするとオレ、嫌われちゃったのかな)

ぶるりと、背筋を震わせる。

実は、そう考えると、辻褄は合うのだ。

このところケイが、冷たいわけも。どこか、会話にぎこちなさが漂う理由も―。

……なんでだよ

ぽつりと、アイリーンの呟きが、虚ろに響く。

狭く、小さく―

それでも、広すぎる部屋に。

はい。というわけで今回は、けっこう書くのが難しかったです。

参考資料 の方に、イメージの写真を何枚か追加しましたので、よろしければご覧ください。

活動報告でも書きましたが、諸々の事情により親バレしちゃいまして、何故かアイリーンやケイのイラスト提供を受けることになりました。うーむ。

それと今回の作中で、大道芸人たちが演奏していた音楽のイメージは、

↑こんな感じです。演奏者は、フランスのles Dragons du Cormyrというグループの方々となります。昔の文化の再現も兼ねて、雑技団的な活動をしていらっしゃるようです。

HPはこちら

いい感じの音楽だったので、思わず紹介してしまいました。

25. 湖畔

夕方、“GoldenGoose”亭の酒場。

宿泊客たちが賑やかにテーブルを囲み、酒を酌み交わしながら談笑する中。

どんよりとした雰囲気を漂わせ、ひとりカウンター席に座る青年の姿があった。

ケイだ。

目の前には、獲れたての湖の魚のムニエルや、夏野菜のスープ、柔らかめのパンにコケモモのジャム、果物の盛り合わせなど、元の世界の基準に照らし合わせても豪勢な夕食が並んでいるが、どうにも食欲が振るわなかった。ケイは先ほどから、手に持ったスプーンでスープをかき混ぜてばかりいる。

原因は言うまでもない、アイリーンの一件だ。

町中でアイリーンを見失い、慌てて探し回るも全く見つからず、まさかと思って宿屋に戻ってみれば、案の定、彼女は先に帰ってきていた。

愛想笑いを浮かべる女将に、 お連れの方はもう戻られてますよ と言われたときの、あの絶望感―。

恐る恐る、部屋の扉をノックしてみるも、返事はなく。それでも頑張って声をかけ続けてみたが、その結果、一瞬だけ顔を出したアイリーンは、

眠い!

とだけ言って、バタンと扉を閉ざしてしまった。それからは、ノックしようが声を掛けようが、取りつく島もない。

(……完全に嫌われてしまった……)

うわあああ、と頭を抱える。扉を開けた時に垣間見えた、不機嫌極まりないアイリーンの表情。現実から目をそむけるように、木のジョッキに注がれたエールをぐびぐびと喉に流し込む。美味い不味いというよりも、ただ苦いだけの液体だったが、今の自分にはお似合いな気がした。

(……どうすればいい……)

澱んだ目でスープをかき混ぜつつ、考えを巡らせるも、妙案は思いつかない。俺ってこんなに打たれ弱かったっけ、などと思いながら流し込むエール、アルコールで停滞していく思考、完全な酔っ払いの悪循環。

……お口に合いませんで?

と、カウンターの向こうにいた女将が、心配げな顔で声をかけてくる。ケイの食が全く進んでいないのを、気にかけているようだ。