Выбрать главу

いや、……そういうわけではない……ちょっと考え事を、な

そうですか。エール、お代わり注ぎましょうか?

ああ……頼む

空になったジョッキに、女将の手で壺からエールが注ぎ足される。それをちびちびとやりながら、ケイは食事を再開した。

こうやって平和な環境下で、温かく美味しい料理が食べられる―それも、仮想の味覚でなく、自分の舌で味わえる。まずは、この状況に感謝せねばならない、と思い至ったからだ。

しかし―。

(独りで食べると、なぜこうも味気ないのか)

これでは、食事というより、ただの栄養補給ではないか。独りで黙々と食べていると、食物を口に詰め込み、噛み砕き、嚥下するというプロセスが浮き彫りになってしまう。

……はぁ

最後に溜息を一つ、パンの切れ端にジャムを塗りたくって、無理やり口に突っ込み、ケイの夕餉は終了した。だが、先ほどからあることが気にかかっていたケイは、

女将

なんでしょう

何か、サンドイッチのような、時間をおいても食べられるような物はないか

ありますよ。夜食でしょうか

まあ、そんなところだ

追加で料金を支払って、ベーコンと葉物野菜を挟んだサンドイッチを作ってもらう。ついでに紙の切れ端と羽根ペンを借りて、書きつけること数語。皿とメモを手に二階へ上ったケイは、緊張の面持ちでアイリーンの部屋の前に立つ。

……アイリーン

コンコン、と軽くノックする。

…………

返事は、ない。

……その、昼間は、悪かった。ドアの前に、サンドイッチ置いとくから。腹が減ったら食べてくれ

…………

やはり、返事はなかった。ホントに寝てんのかな、と溜息をついたケイは、部屋の前にサンドイッチを置いた旨を伝えるメモを、ドアの隙間から差し込んだ。

そのまま、ふらふらと自室に戻る。

乱雑に荷物が置かれた、狭い部屋―。

この宿は、個室には備え付けのランプなどは置いてないらしい。窓から差し込むかがり火の明かり以外に光源はなかったが、強化されたケイの視力ならそれで充分だった。

どさり、と寝台に腰を下ろして、ベルトと剣の鞘、弓のケースを外し、上着を脱いで一息つく。身体の中から、緊張の糸が抜けていくような感覚。やはり、こういった安全の保証された密閉空間でないと、心からリラックスはできない。

ぼんやりと、木の板を打ち付けただけの壁を眺める。

……広い、な

ぽつり、と呟いた。

数時間前、あれだけ望んだ個室であったにも関わらず―何もする気が起きない。これでは個室を取った意味がないではないか。

(いや……部屋が共同だったら、もっと気まずいだけか)

それでも顔を合わせはする分、何らかの糸口は得られたかも知れないが。

(……考えても無駄か)

いずれにせよ、今の状況が全てだった。

考えても無駄、だから考えない。至極真っ当なロジック。

はぁ~あ

身を投げ出すように寝台に転がったケイは、何度目になるか分からない溜息をついて、そのままずるずると眠りに落ちていった。

†††

翌日。

アルコールのせいだろうか、ケイは昼前まで眠りこけていた。

う~……イテテ

ベッドで上体を起こし、額を押さえて唸り声を上げる。頭の芯がじくじくと痛み、視界がぐらぐらと揺れているようだ。昨夜は少々飲み過ぎたらしい。

取り敢えず水でも飲もうか、と身支度を整えて部屋を出る。

隣の扉を見やると、昨日置いたサンドイッチは皿ごと無くなっていた。しかし、果たしてアイリーンが食べたのか、他の客あるいは宿の従業員が持っていってしまったのかは、判断がつかない。

(……他の奴が持っていく、という可能性を考えてなかった)

やはり、昨夜の自分はアルコールのせいで思考力が低下していたらしい。万が一、アイリーンがメモを見て、ドアを開けてみたら何もなかった―などという事態が発生していたら、目も当てられない。廊下でひとり渋い顔をするケイ。

しばし、ドアの前で、アイリーンに声をかけるか迷う。

(……もう先に起きて、何処かに行ってるかも知れないしな)

自分も寝起きだし、とりあえず先に顔でも洗うか、と思い直したケイは、肩をすくめて階段を降りていった。

中庭の水桶の水で顔を洗う。そして昨日と同様、またタオルを忘れてしまったので、仕方なく便所のちり紙(ティッシュ)で水気を拭き取った。

ティッシュ―といっても、勿論これは製紙されたものではなく、『ポピュリュス』という名前の木の葉を乾燥させたものだ。本物のトイレットペーパーやティッシュには劣るものの、悪くない肌触りで様々な用途に役立つ。かくいうケイも、この世界に来てから幾度となく世話になっていた。これがなければ、この世界のトイレ事情はもっと不潔になっていただろう。トイレットペーパーに相当するものがないのは、現代人には少々辛い。

(これは本当に、 DEMONDAL 準拠で助かったな……)

手の平サイズの六角形の葉っぱを見ながら、しみじみとそう思う。

ゲーム内においても、ポピュリュスの葉はプレイヤーに馴染み深い存在だった。至る所に群生しており、入手は容易であるが、その割に需要が高くNPCに売り易いのだ。

もちろん物が物だけに、売っても大した金にはならないが、より高度な仕事を紹介してもらうための、NPCとの信頼関係の構築に一役も二役も買うのがポピュリュスの葉だった。

おそらく、 DEMONDAL の初心者が最初に手を出すお使い(クエスト)が、この『ちり紙集め』になるだろう。蛇蝎の如く嫌われる凶悪なプレイヤーキラーも、強大な傭兵団(クラン)を率いるトッププレイヤーも、かつては裸に近い格好でポピュリュスの葉を集めて回ったのだ。

(懐かしい……)

手の中の葉を眺めながら、初心者の頃を思い出して目を細める。

森で葉っぱ集めに勤しんでいたら、運悪く狼の群れに遭遇し、採取用ナイフで応戦するも手も足も出ず食い殺された思い出―

(しかしアレ、現実だったらシャレにならんな)

そう思い至って、ふと真顔に戻る。

ゲームでは、子供のNPCも小遣い稼ぎにやっている設定だったが、果たして大丈夫なのだろうか……。

そんなことをつらつらと考えながら、中庭から宿屋に戻る。が、勝手口を潜り抜けたあたりで、 おーいアレクセイ! という呼び声を耳にして足を止めた。

おー、お前らどうした? わざわざこんなトコまで

例のハスキーボイス。酒場の方から聴こえてくる。なんとなく、酒場からは死角となる階段の影に身を隠したケイは、そっとそちらに耳を傾けた。

いやさ、皆でこれから、湖の神殿に行ってみようって話でよ。お前もどうかなーと思って誘いに来たんだ