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……これ、乗っても大丈夫だよな?

一応、大の男が三人まで乗り込めるぞい。お前さん、かなり体格がよろしいようだが、それでも流石に二人分も重いということはあるまい?

引き攣った笑顔で不安げなケイを、杖をついた老人が笑い飛ばした。

ホレホレ、こういうのは思い切りが肝心よ。真ん中に足を掛けて、さっと乗ればよい

杖でピシピシと背中を突かれ、ケイは意を決して乗り込んだ。グラグラと揺れるボートに翻弄され、危うくバランスを崩して転倒しかけたが、姿勢を低くして何とか耐える。

あ、危なかった……

そんな大袈裟な

顔色の悪いケイを見て、アイリーンと老人がからからと笑う。

(いや、俺、泳ぎ方よくわからないんだよな……)

とは思ったものの。二人きりのボートがおじゃんになるのが嫌だったので、ケイはそのことは黙っておいた。

それではボートを漕ぐときは、荷船の進路を遮らないように気を付けるんじゃぞ。連中の船は重いから止まれんし、急に進路も変えられん。事故でも起こしたら、無条件で荷船側が有利になるから気を付けるようにな。それと、くれぐれも湖にゴミを捨ててはならんぞ。水の精霊様がお怒りになる

気を付けるよ

食料品を積みながら、老人からの注意を受ける。荷船に関しては気を付けなければならないが、元々、これほどまでに美しい湖だ。わざわざゴミを捨てて汚そうという気すら起きない。

食料よーし、乗員よーし

オールよーし

慣れない手つきでオールを握りながら、ケイは微笑みかけた。

よし、行こうぜ!

アイリーンもそれに、笑顔で応える。

気を付けて行ってくるんじゃぞ~

微笑ましげに目を細める老人に見送られながら。

ケイとアイリーンは、シュナペイア湖へと漕ぎ出していった。

26. 神殿

蒼く透き通った湖面に、映り込む羊雲。

初夏の日差しは高く、じりじりと肌を焼く。

それを慰撫するように、涼やかな風が吹き抜けた。

さざ波立つ水面に、陽光が煌めき散っていく。

そして。

そんな中、不格好に進むボートが一艘。

ケイー、ちょっと右に曲がってる

む……こうか?

違う、逆逆! オレから見て右!

ケイの対面、くいくい、とケイの左手側を指差すアイリーン。慣れないオールの扱いに四苦八苦しながら、ケイは左腕に意識的に力を込める。

ぐいと力強く押し動かされたオールが、水面を渦巻かせながら推力を生む。水と泡の弾ける音を立てながら、ボートは緩やかに向きを変えた。

……おっけー、真っ直ぐになった

うーむ、なかなかに難しいもんだなコレは

オールを漕ぐ手は休めることなく、ケイはしみじみと呟いた。オール漕ぎは、単純に仕事として見れば大した運動ではないのだが、普段は使わない筋肉を連続して動かすので、精神的な疲労が大きい。それに加えて、漕ぎながらだと進行方向が見えないのは、思ったよりもストレスだった。

やっぱキツい?

いやキツくはないんだが。いかんせん慣れない作業だからな

やや心配げなアイリーンの問いかけに首を振って即答する。情けないと思われたくないが故に、少し意地を張ったような答え方になったが、ケイとしては嘘はついてない。腕の筋肉が張っているような感覚はあるものの、この調子ならばあと何時間でも漕いでいられそうだった。

ちなみに、本来ならばこのような手漕ぎボートは、腕よりもむしろ上半身を動かして、体全体で漕ぐものなのだが、それを指摘してくれる熟練者はこの場にいなかった。

ま、急ぐことはない。のんびりと楽しもう

これはこれで悪くない、とケイの表情は朗らかだ。ボートの後部にちょこんと腰かけたアイリーンも、にこにこと頬を緩めている。

だな! ……でもオレはちょっと小腹が空いたぜ

そう言ってアイリーンは、ガサゴソと買い物袋を漁りだした。ケイが漕ぎ続けているのをよそに、まだほのかに温かいチーズ入りのそば粉のクレープ(ガレット)を取り出し、これ見よがしにパクついて見せる。

んん~、うまい!

頬に手を当てて幸せそうなアイリーン。本当に美味しそうな顔をする。ぽやぽやという効果音すら聴こえてきそうだ。

あっ、フライング……

だってお腹すいたもん

船着き場の近くから湖の真ん中あたりまでは、荷船がせわしなく行き交っていて危ないので、神殿の近くに着いてから食べ始めようという話だった。が、そのことはもう忘れることにしたのか、 一口つまむ というレベルではなく、アイリーンはガツガツと食べ始めている。

俺も食べようかな

かく言うケイも、起きてから何も口にしていない。腹の虫の鳴き声が大きくなるのは、時間の問題だ。

ふふふ、残念ながらそれはできない!

が、意地悪な笑みを浮かべたアイリーンが、買い物袋をずるずると自分の方へ引っ張る。

ケイは漕がないとダメー

ええー……

だってこんなトコでボヤボヤしてたら危ないぜ? ほら、言ってる間に前から荷船っ、こっちに曲がって

ガレットを持っていない方の手で、ケイの右手側を指し示すアイリーン。ちらりと振りかえって見れば成る程、前方から大型の荷船が向かってきている。

買い物袋とアイリーンとを見比べ、しょんぼりとお預けを食らった犬のような顔をしたケイは、仕方なくオールを漕ぎだした。

俺もお腹空いたな……

荷船とすれ違いながら、いじましく空腹を訴えるケイ。自分のガレットを口に詰め込んで、 やれやれ と肩をすくめたアイリーンは、

しょうがないなー。ケイも食べていいぜ

口をもごもごとさせながら、買い物袋を漁る。そして タ・タ・ター! と謎の効果音を口ずさみながら、もう一つのガレットを取り出してすっとケイの口元に差し出した。

はい、コレ

お、サンキュ

何の考えもなしに、目の前のガレット(エサ)にかぶりつく。

ん、美味い!

ふふふ、だろー?

思わず二口、三口と続けて食べてしまうケイに、まるで自分が作ったかのように、得意げに胸を張るアイリーン。

しかし、

ヒューッ! お熱いねぇー!

見せつけてくれるじゃねえか!

突然の冷やかすような声に、二人して動きを止めた。

見れば後方、先ほどすれ違ったばかりの荷船。

船尾に船乗りたちがゾロゾロと押しかけて、身を乗り出すようにこちらを見ていた。アイリーンが振り返った瞬間、その美貌に囃し立てる声が過熱する。

デートかーぁ? 若いねーッ!

お嬢ちゃーん! あとで俺とお茶しなーい!?

一瞬、きょとんと顔を見合わせた二人であったが、―すぐに 今の自分たちがどう見られているか を自覚して、ぱっと目を逸らした。