別にケイ自身は、アイリーンにどう思われようともそこまで気にしないのだが―常人ならば、気まずく感じてしまうのは道理だろう。
(しかし、タイミング的にはちょうどいいかも知れないな)
いずれにせよ、現状を考えるには、避けては通れない話題だ。
アイリーン
ん?! な、なんだ?
そろそろ、本題に入ろうと思うんだが
お、おう
真剣な雰囲気のケイに、アイリーンが表情を堅くして居住まいを正す。
…………
いや、別にそこまで畏まらなくても
自分から真剣に切り出しておきながら、借りてきた猫のような豹変っぷりに、思わずケイは吹き出してしまった。
それにつられて、アイリーンも小さく笑う。
特に意味もなく、二人でくすくすと笑いあってから、 いや、すまん とケイは言葉を続けた。
それで、本題ってのは、今の俺たちの状況についてだ
……ここが何処なのか。そして何故、オレたちはここに居るのか、って話か?
Exactly(その通り)
話が早い。
なかなかその話題に踏み込めずにいたのは、どうやらケイだけではないようだった。
5. 骨董品
オレたちの現状、か
桜色の唇を指先でなぞりながら、アイリーンが呟いた。
状況が特殊だから何とも言えないが、考えられる可能性は、せいぜい二つぐらいのものだろう、と俺は思っている
OK, 言ってみな。オレ様が聞いてやるぜ
抜かせ
どうやらアイリーンも、『アンドレイ』の調子が戻ってきたらしい。結構なことだ、と笑いながら、ケイは指を一本立てた。
まあ、そこまで大したものじゃない。まずは一つ、『俺たちは依然として DEMONDAL をプレイ中である』
次に二本目、
そして二つ、『俺たちは何故かゲームの中から飛び出していて、ここはどこか別の場所である』
まあ、妥当なとこだな
平凡だろ? だが俺の想像力では、これが限界だ
そうなのか? ふふん、ケイ、オレには『三つ目』があるぜ
ほう、お聞かせ願おうか
アイリーンはドヤ顔で指を三本立て、
三つ目。『オレは DEMONDAL をプレイ中に寝落ちしていて、実はこれは夢である』
……、なるほど。あり得るな、存外まともなアイディアだ
存外ってなんだオイ
ケイはふむふむと頷いた。アイリーンが心外そうにしているがそこは気にしない。
夢オチ、という可能性。
焚き火の光と、その炎の暖かさを直に感じていると、 これほどリアルな夢があるのか? とは思わないでもない。
しかし―自分が挙げた最初の二つに比べれば、よほど現実味のある話だ。
夢なのかどうか。
それを確かめるために、ケイはひとつ、古典的な方法に頼ることにした。
ぬんッ
……。なにやってんだよ
み(見)へ(て)わ(わ)か(か)は(ら)は(な)い(い)か(か)? ほ(ほ)っ(っ)へ(ぺ)は(た)を(を)つ(つ)へ(ね)っ(っ)へ(て)い(い)ふ(る)ん(ん)は(だ)
全力で。高STR(筋力)の本領発揮だ。
……うむ。めっちゃ痛い。だが目は覚めない。従ってこれは夢ではない。Q.E.D.(証明終了)
しばらく抓って真っ赤になった右頬から手を離し、真面目くさった表情のまま言う。
……。少なくともケ(・)イ(・)の(・)夢ではない、ということが証明されちまったか
呆れ顔でそれを見届けたアイリーンは、 夢オチなら気が楽だったんだがなぁ と残念そうにしながら、腰の帯から投げナイフを一本抜き取った。
おい、ナイフ使うのか?
それを見て、驚きの声を上げたのはケイだ。まるで注射でもするかのような気軽さで、アイリーンは左腕の袖をまくり始めていた。
まあな。オレ、……夢の中で何回か、痛い思いはしたことあるけど、結局最後まで目は覚めなかった。どうせやるなら、これくらいは思い切らないとダメだろ
いやいやいや、だからと言ってナイフはやりすぎだろう、傷が残ったらどうするんだ。力が不安なら俺が抓ってやるぞ? 痛いぞ?
……いや、別にいいよ。遠慮しておく
鬱血して紫色に腫れ始めているケイの右頬を見て、アイリーンは静かに遠慮した。
まあそれに、今更傷なんてな……
小さく呟きながら、左腕の内側に軽くナイフを押し当てようとする。が、
…………
どうした?
そのまま、腕を凝視して、動かなくなってしまった。
いや、……なんでもない
怖気づいた、というわけではないらしい。袖をそっと元に戻したアイリーンは、左手のグローブを外して、躊躇うことなく手の平にナイフの刃を這わせる。
……ッ
……どうだ?
メッチャ痛い。血も出てきた
ぽたり、ぽたりと。
アイリーンの手から、赤い滴が零れ落ちる。
さてさて、困ったぞケイ。これで夢オチの可能性が完全に消えた
まあ、流石に夢じゃあないだろとは、最初から思っていたがな……。というかそれ大丈夫か。お前かなりざっくり切(や)ったんだな
う、うん……正直思ったより切れた。腕やめといて良かったかもしれない
アイリーンの手の平の皮膚は、数センチにわたってぱっくりと切れていた。肉にきれいな切れ目が入り、じわじわと血が滲み出る様子は見るからに痛そうだ。
ちょっと待て、たしか包帯がポーチに……
いや、いい。POT(ポーション)を試してみたい
腰のポシェットに手を伸ばすケイを止めて、アイリーンは岩陰に向かって チッチッチッ と舌を鳴らした。
廃墟の、苔生した石造りの壁。柔らかな地面の上に、二頭の馬が寝転がっていた。
ケイの愛馬『ミカヅキ』と、アイリーンの乗騎『サスケ』だ。
アイリーンの舌打ちの音を聞いて、サスケの方が 呼んだ? と言わんばかりにつぶらな瞳を向けてくる。
アイリーンによると、彼女が草原で目を覚ましたときには、サスケが隣に寝転んでのんびりと草を食んでいたらしい。
気が付けば草原のど真ん中、自分一人と馬一頭。
そんな状態で、ケイの姿も見当たらず、最初はかなり動転したそうだが、そこへミカヅキが颯爽と駆けてきて、ケイが倒れている岩山のそばまで誘導してくれたそうだ。
そういう意味で、ケイもアイリーンもミカヅキに多大な恩があるわけだが、当の本人(?)はクールに決めておりまるで気にする風もない。今もアイリーンには見向きもせずに、もっしゃもっしゃと草を咀嚼していた。
サスケに歩み寄ったアイリーンは、鞍に括り付けたままの革袋から、ハイ・ポーションを一瓶取り出した。
さーて、どうなるかな、っと。ゲームなら、シュワワッと一瞬で治るんだけど……
焚き火に戻ってきて平石の上に座り直し、アイリーンが片手で器用にコルクを抜く。
そぉっと、手の平に向けて瓶を傾ける様を、ケイも興味津々に覗きこんだ。