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まるで、見たことがあるような言い方だな?

……まあな

半信半疑なダグマルの言葉に対し、ケイは小さく肩をすくめるにとどめた。

兎も角、いずれにせよ相手は一撃で壁をぶっ飛ばすような化け物だ。逃げるにしても戦うにしても、早目に決断することをお勧めする。連中は夕暮れや朝方の、薄暗い時間帯に一番活発に動くからな

ケイが茜色に染まる空を見上げながらそう言うと、皆はいよいよ困った様子で顔を見合わせる。

私は……隊商の責任者として、リスクは極力避けたいのだが、さりとて村の人々を見捨てたくもない

先ほどから、隊商の皆と村人たちとの間で板挟みになっていたホランドが、ぽつりと率直な考えを漏らした。

ケイ、意見を聞かせてくれないか。君はどうしたらいいと思う

そうだな……

しばし、皆の注目を浴びながら、考えを巡らせる。とはいえ、方針は既に決まっていた。アイリーンに目で問いかけると、真剣な顔で頷き返す。

……俺は、戦うことを提案する

当然のように、周囲はざわついた。 危険だ! と騒ぐ商人たちを、ホランドがすかさず手で制して黙らせる。

理由は?

逃げるのが難しい、というよりもむしろ危険だ。熊は鼻が効くし、荷馬車は暗い中だと殆ど身動きが取れないだろう? 夜、それも移動中に”大熊”に襲われるってのも、ぞっとしない話だ。それならばまだ、『来る』と分かっているこの村で迎撃した方がやり易い

う~む……。それは尤もだが

馬を二、三頭、囮として村に置き去りにして、その間に逃げるという手も考えたがな。馬やら馬車やらが犠牲になる上に、これは時間稼ぎにしかならない。人を食らったということは、人の肉の味を憶えたということだ。遅かれ早かれ、腹を空かせれば隊商の匂いを辿って追ってくるだろう。となれば次に被害を受けるのは、北の村か、あるいはユーリアの町か……いずれにせよ、戦いは避けて通れない。他の奴らになすりつけることは出来るかも知れないが

至極あっさりとした口調でえげつないことを言うケイに、アイリーンは苦笑し、ホランドは渋い顔だ。彼としても、村人は見捨てたくないが、隊商の荷馬車を犠牲にするわけにもいかないだろう。さりとて、他の人々になすりつけるのも頂けない。

しかし、戦って勝てる相手か?

今までずっと、集団の隅で黙って話を聞いていたアレクセイが、おもむろに厳しい表情で疑問を呈する。

おれは、東の辺境で何度か『大物』狩りにも参加してきたが、それは大がかりな罠と数十人規模の人手、そしてよく練られた作戦があって初めて成功するものだったぞ。入念な準備を経ても、何人もの犠牲者が出ていたのに、ましてや今回の相手はあの”大熊”だ。現状のおれたちの戦力でロクな準備もなしに、どうにか出来るのか?

出来るぜ

ケイに代わり、アイリーンが答えた。

特に”大熊”は、オレの魔術と相性がいい。そして、ケイの弓は”大熊”の皮を貫通する。時間はかかるかもしれないが、オレたち二人だけでも倒せる相手だ

断定的に、そしてどこか誇らしげに、アイリーン。

その言葉通り、魔術が使える時間帯ならば、“大熊”はアイリーンにとって御しやすい相手といえる。影を操り纏わりつかせることで、一方的に視覚を奪い去れるからだ。あとは盲滅法に暴れる”大熊”を、ケイが遠距離から削り殺せばいい。

例え生命力の強い”大熊”でも、心臓や脳を破壊されれば一撃死もあり得る。暴れている間に村の施設に多少被害が出るかもしれないが、残りの者は遠巻きに見守ってさえいれば、巻きこまれることもないだろう。相手が群れていると魔術の対象が増え、魔力と触媒の都合上そうそう使えないが、この卑怯極まりない戦術は、単体相手ならば殆ど全てのモンスターに有効だ。

しかし、『目潰し』が通用しない敵も、やはり存在する。それが”森大蜥蜴”を含む爬虫類系のモンスターだ。熱感知器官を有する彼らは、元々目が悪いことも相まって、視覚を封じても正確な攻撃を繰り出してくる。

そういった側面から、今回の相手が”森大蜥蜴”ではなく”大熊”だったのは、ある意味で僥倖と言えた。

なるほど、魔術があったか……

どうにかなるかも知れんな……

アイリーンの魔術に絶大な―過剰とすら言える信頼を置いている隊商の面々は、幾らかの希望を見出したようで表情を明るくする。対して、事情を知らぬ村人たちは、大言壮語する金髪の少女とそれに納得する商人たちを見て、むしろ不安の色を濃くしていた。

この娘は何を言ってるんだ? あの化け物をたった二人でだと?

えっへん、と胸を張るアイリーンに、胡散臭げな目を向ける村人たち。

いや、このお嬢さんは、実はこう見えて実は魔術師でな

それも、大規模な麻薬組織を一人で壊滅させた腕利きだぞ

すかさず商人たちが知った顔でフォローを入れるが、それでも怪しむような雰囲気は消えない。

ま、百聞は一見にしかずと言う。お嬢ちゃん、一丁かましてやりな!

先ほどまでの怯えは何処へやら、調子に乗った商人の一人がアイリーンを煽る。一体何をかましてやれというのか。しかしアイリーンもそれに乗っかり、

そうだな。とりあえず、熊野郎の位置でも探ろうか。今どこに居るのかが分かれば、作戦も立てやすいだろ?

そう言って、ケイの手から”大熊”の毛を拝借し、逆の手で胸元から触媒を取り出す。

Mi dedicas al vi tiun katalizilo.

とぷん、と足元の影に、水晶の欠片が呑み込まれる。

Maiden krepusko, Kerstin. Vi sercas la mastro, ekzercu!

ぶるりとアイリーンの影が震え、真っ直ぐな漆黒の線となって森の方へ伸びた。 追跡 の魔術。村人たちは目を丸くして、商人たちはワクワクした様子で、ケイは無表情で、それぞれ見守る―

―って、あれ?

しかし、すぐに人型に戻った影を見て、アイリーンが間抜けな声を上げた。アイリーンの足元で、お手上げのポーズを取って見せた影絵の淑女は、近くの地面に指で字を描く。

『 Antau okuloj 』

浮かび上がった文字に、ケイとアイリーンは同時に顔を引き攣らせた。

なんだ? どうした?

何て書いてあるんだ?

皆の質問に答えるよりも早く。

ズン、と。

森の奥から、重い音。

どうやら、お喋りが過ぎたようだな……

冷静なケイの呟きをよそに、壁の修復をしていた村人たちが、この世の終わりが訪れたかのような顔で村の中に戻ってくる。

ズン、ズンと近づいてくる地響き。そこに、木々の倒れるメキメキという音が混ざる。

……ご本人のお出ましだぜ

はっ、と笑みを浮かべるアイリーン。