う~む。まあ、こっちの脳筋野郎はどうでもいいとして、問題はケイか。一昨日の村みたく、“大熊”なんて出現すりゃ話は別だが、……それ以外なら、ケイ抜きでも支障はないな。元々六人でやってたわけだし、いざとなりゃ姫さん(アイリーン)の魔術もある
そうか、……二人とも。人死には出さないんだろうな?
髭を撫でつけながら、どこか疑わしげな様子で、ケイとアレクセイを見やる。
…………
それに対し、二人の若者は不気味な沈黙で答えた。
おいおい……なら当然、許可は出せないぞ
気を付けよう
善処するぜ
即答する二人。やれやれと頭を振ったホランドは、 勝手にしたまえ と溜息をつく。
それでは、改めて……
上機嫌なアレクセイは、ゆっくりとケイに向き直った。
貴殿に、決闘を申し込む
いいだろう、受けて立つ
堂々たる宣言に おお…… と聴衆たちがどよめき、アレクセイは満足げに頷く。
よし。条件は、さっきの通りでいいな。場所に関しては―
ん~なんだよもう煩いなー
―と、背後のテントがガサゴソと。
振り返れば、アイリーンが目を擦りながら外に出てきていた。
……って、あれ?
対峙するケイとアレクセイに、テントを取り囲む野次馬たち。場のただならぬ雰囲気に気付いたアイリーンは、ぱちぱちと目を瞬かせる。
……どういう状況?
説明を求めるようにこちらを見やる彼女に、ケイは ふむ と考えて、
すまんが、お前を巡ってちょっと決闘することになった
†††
当然のように、アイリーンは反対した。
意味分かんねえよ! オ、オレを、めめめ巡って決闘だなんて、そんな……!
村人に借りた納屋の中、ゴスゴスッ、とケイは脇腹にツッコミの嵐を食らう。怒るやら恥ずかしがるやらで、アイリーンは大変な有様だ。
まったく! 勝手に大事な話を進めやがって! こっちの気持ちも考えろってんだ! そ、それにオレは、……今さら、そんなことしなくたって……
頬を染めて、指先をいじりながら、何やら一人照れ始めたアイリーンをよそに、ケイは深刻な顔でじゃらじゃらと鎖帷子を着込む。
すまん。あそこまで挑発されると、我慢ならなかった
腰のベルトに剣を差しながら、その声に幾らかの後悔を滲ませて、ケイはアイリーンに謝った。決闘のせいで隊商の出発が少し遅れており、アイリーンを含む多方面に迷惑をかけている。時間が経って頭が冷えるにつれ、あの場面ではスルーした方が大人な対応であった、と思い直し始めたのだ。
しかし、それと同時に『正規の手続きを踏まないトラブルの方がよっぽど面倒』という、ダグマルの言葉も思い出してしまう。
万が一、アレクセイが暴挙に出たらどうなることか―。有り得ない、とは言い切れないのが、あの男の厄介なところだ。アイリーンは高レベルの自衛能力を備えているので、ちょっとやそっとの事では攫われないだろうが、その過程で何が起きるのか―
(―クソッ、つまりは全部アイツが悪い!)
苛立たしげに革鎧を装着し、グローブをはめるケイ。一方で、その腰の剣の鞘や矢筒に目を落としたアイリーンは、心配げな顔で、
……真剣勝負、なんだろ?
そう、だな
やっぱり、止めない?
それも考えたんだが
アイツは多分、口で言っても聞かないだろ、と。ケイの言葉に、アイリーンはさもありなんという顔で、 クソッ、全部アイツが悪い! とケイと同じような結論に達した。
ケイは……怪我、とか……、しないでくれよ
安心しろ。俺はむしろ、どうすればアイツを怪我させないで済むか、逆に心配してるところだ
革兜をかぶりながら、ケイはシニカルな笑みを浮かべる。
―弓で手加減をするのは、本当に難しい。
ケイとしても、決闘には勝ちたいが、アレクセイを殺してしまいたいわけではない。
しかし、生半可な攻撃では、奴は止まらないと予想している。
だからといって、充分な威力を秘めた一撃では、今度は致命傷になってしまう。
そして―これが最重要だが、アレクセイ如きのために、残り少ない魔法薬(ポーション)は使いたくない。
困ったもんだ、全く
最後に首元で顔布の紐を結びながら、ケイはおどけて小さく肩をすくめてみせる。
…………
それでも、アイリーンの不安げな表情は消えない。くしゃくしゃと、艶やかな金髪を撫でつけたケイは、 大丈夫 と安心させるように、軽く言ってのける。
弓さえ使えれば、剣士に負けることはない。さ、あまり皆を待たせても何だからな。ちゃっちゃと行って、ちゃっちゃと終わらせよう
装備を点検し、問題がないことを確認したケイは、アイリーンと連れ立って納屋を後にした。
目指すは、村はずれの川沿い。五十歩の距離を真っ直ぐに取れ、かつ足場が悪くないという条件の下、河原が果たし合いの場として選ばれたのだ。
辿り着いてみれば、隊商の面々がほぼ全員と、この小さな村のどこにこれだけ住民がいたのか、と思ってしまうほど多くの村人が集まっていた。鎖帷子に革鎧、そして異様な朱色の複合弓を手にした完全武装のケイの姿に、すでに酒などを酌み交わして出来あがっていた村人たちがさらに沸き立つ。
よ~ぉ、遅かったじゃねえか色男ー!
聞き慣れたダミ声。見やれば、顔を赤くしたダグマルが手を振っていた。地面に外套を敷いて座り込み、近くの村人たちと葡萄酒を酌み交わしているようだ。
待たせたかな
また呑んでるのか、と苦笑しながらも、ケイは視線を左右に彷徨わせる。集まった観衆の中に、金髪の青年の姿を探した。
……奴は?
まだ来てねえよ、お前のが先だ安心しろー!
そうか
肩から少し力を抜いて、ケイは微笑んだ。と同時に、自分がある程度、緊張していたことを自覚する。
さあさあ! 間もなく始まる世紀の決闘!
野次馬の中心では、両腕に二つの鉢を抱えたホランドが声を張り上げていた。
片や、勇猛果敢で知られる雪原の戦士、歴戦の若き傭兵、アレクセイ! 片や、巨大にして暴虐なる怪物”大熊”を、たった一矢の下に仕留めた異邦の狩人、ケイ! 希代の美少女を巡って、男の意地と意地とがぶつかり合う! 果たして、勝利の女神はどちらに微笑むのか! さあどちらに賭ける!? どちらに賭けるねー!?
どうやら、賭けの元締めをやろうという魂胆のようだ。ホランドに煽られた聴衆たちが、鉢に硬貨を投げ入れ、代わりにその足元から木の札を持ち去っていく。最初はあまり乗り気でなかった癖に、いざ決闘が始まるとなると、この開き直りようだ。 流石は旦那だな と笑うアイリーンの横、ケイもつられて苦笑した。
しかし、あれが噂の娘か……別嬪さんだ