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がフッ

強烈な一撃を叩き込まれたアレクセイ、肺から押し出された呼気は否応なしに声となり、力の抜けた体躯がそのままぐらりとよろめいた。

しかし―

ケイが、次の矢をつがえるよりも速く。

―ははッ!!

アレクセイは―笑った。

血反吐を吐きながら―たしかに、笑った。

その腕に、背筋に、力が戻る。

口元が吊り上がり―それは、凄絶な笑みとして知覚された。

獣か。―否。

狂人か。―否。

―鬼だ。それは鬼だ。修羅の境地に至る人斬りの顔だ。

アレクセイが剣を構え直す。

ぐんっ、と両脚に力が籠る。

まるで陽炎のように、その体躯が、膨れ上がるような錯覚が、

―おおおおああああぁぁッッ!!!

吠えた。

場を塗り潰すような殺意の嵐。

ケイの全身から冷や汗が噴き出す。

アレクセイはさらに身を低くして―次の瞬間、空気がたわんだ。

その足元の地面が、爆発したかのように弾け飛ぶ。

残りの距離が、一瞬で、ゼロになった。

あああああああぁぁぁッッ!!!

ぎらりと輝いた大剣が―振り下ろされる。

ぶぅん、と不吉な音が押し寄せた。

全てを賭けた一撃。重過ぎる一撃。

込められた殺意に魂が震え、世界が裏返るかのような錯覚すら抱いた。

驚きも、恐怖も、感じる暇さえない。

ほぼ反射的に、ケイは腰の剣を抜き放った。

鞘走った鋼鉄の刃を頭上に掲げるようにして。

受け流す。いや、受け流せるよう試みる。

しかし―奇妙に引き延ばされた時の中。

ケイは、見る。

アレクセイの大剣。

右手の長剣に、ぶち当たる。

くわんくわんと震える刃。

その中に大剣が―め(・)り(・)込(・)ん(・)で(・)い(・)く(・)。

愕然とするケイの眼前―長剣が、音を立てて砕け散った。

打ち合いどころか、受け流すことさえ―

わずかに、その軌道をずらしたものの、大剣は唸りを上げてケイに襲い掛かる。

白い刃は、ケイの兜の即頭部を削り。

革鎧の肩当てを叩き切り。

そのまま、左肩の鎖帷子に食らいつく。

この一撃で、ケイは左腕を失う―

加速された思考の中、アレクセイは、己の勝利を確信していた。

ガツンッと。

衝撃とともに、刃の進撃が止まるまでは。

なっ―

異様な手応え。剣を受け止めた、その原因を目の当たりにしたアレクセイは、驚愕のあまり目を見開いた。

―異様な存在感を放つ、朱色の複合弓。

ケイの左手に構えられた”竜鱗通し”、その持ち手の部分に、大剣の刃は受け止められていた。折れるでもなく切れるでもなく、僅かに、その表面を凹ませただけで―

馬鹿な、とアレクセイは、雷に打たれたかのように動きを止める。

(鋼の長剣すら叩き折った一撃を―!!)

ただの弓が受け止めるなど―。

しかしあいにく、“竜鱗通し”はただの弓ではない。

“飛竜(ワイバーン)“の翼の腱に皮膜、そして”古の樹巨人(エルダートレント)“の腕木。

ただでさえ貴重な素材を元に、特殊な加工を経て生み出された、傑作中の傑作。

特に、持ち手には幾重にも皮膜が巻かれており、この弓のパーツの中で最も頑丈な造りとなっている。その耐久性たるや、現在のケイの所持品の中でも最上位といっても過言ではない。

得物にも格の違いがある、と言ったな―

唸るようにして。ぎりぎりと、剣の柄ごと右拳を握りしめながら、ケイは言う。

アレクセイの瞳を、睨みつけた。

―その通りだ!

唸りを上げた右のアッパーが、無防備な下顎に叩き込まれた。

ぐぁッ!?

ゴッ、と腹に響く打撃音、アレクセイの身体が跳ね上がる。

さらに、肘打ちで迫撃をしようとするケイ、しかしアレクセイはよろめきながらも左腕を振り回した。

上腕部のバックラーがケイの右肩に叩きつけられ、刺さりっ放しだった矢がケイの顔面を引っ掻いた。文字通り、刺すような痛みに一瞬たじろぐケイ、その隙に体勢を立てなおしたアレクセイは、

―おおおおおおぉぉッッ!

再び、闘志に火を付け、真っ直ぐに大剣を突き込んできた。

切れた口から血を垂れ流しながら、それでもその刺突は鋭く、十分な威力が乗っている。

しかし―刺突というチョイスが、不味かった。力任せの薙ぎ払いの方が、ケイに対しては効果的であったかもしれない。

身に染みついた剣術が導くままに、ケイは折れた刃を横から叩きつけた。火花を散らして大剣の上に刃を滑走させながら、アレクセイの懐に飛び込む。

(……来るか!?)

どこかで見た動きだ。アレクセイは思い出す、ケイがひとり、河原で剣の修練をしていた日のことを。

(折れた剣―短剣の代わりにはなる―首狙いか!)

あの日の動きを参考に、アレクセイはケイの次の一手を読んだ。このまま大剣の間合いを封じたまま、短剣術に近い動きで白兵戦を仕掛けてくるに違いないと。

しかし、アレクセイは、知らない。

ケイの汎用剣術には、剣が使いものにならなくなったときのための―

“徒手格闘”の教義も含まれているということを。

アレクセイは、知らない。

あの日、型の途中で邪魔を入れてしまったため、それを見る機会を自ら失ってしまったことを―

剣の柄を握る右手が、くんっ、と軽く曲がった。

手首のスナップで、ケイは折れた剣をアレクセイの顔面に向けて投擲する。

なにッ!

回転しながら迫る刃に、一瞬焦ったアレクセイはしかし、頭突きのような動きで兜を当てることで刃を弾き飛ばすことに成功した。

だが一瞬、注意が逸れる。

その隙に、右手がフリーになったケイが、代わりにアレクセイの右腕を掴む。

そして―全力で引っ張った。

ただでさえ、刺突によって前かがみになっていたのだ、引っ張られたことによりさらにバランスを崩す。咄嗟に足を踏ん張ろうとするアレクセイだったが、身をかがめたケイがその脚を払った。

うわッ!?

致命的―そう、致命的なまでに、アレクセイの身体が傾いた。ぐっ、と腹に力を込めたケイは、

―吹っ飛べ!!!

そのまま全力で、アレクセイを投げ飛ばした。

一本背負い―と呼ぶには、それは豪快すぎる。

アレクセイは、世界が回るのを感じた。

何が、一体、何がどうなっているのか。びゅうびゅうと唸る風の音を聞きながら、混乱する脳が現状把握に努める。しかしそれをよそに、アレクセイは、在りし日の出来事を思い出していた。家畜の豚の突進をモロに食らい、見事に吹き飛ばされた思い出。あのときも、こんなふうに世界が回って見えたっけ、と、他愛のない思考が―