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ぴくん、ぴくんと痙攣しながら泡を吹き続けているので、よくよく考えれば生きているのは当たり前だった。しかし自分で『アイリーンの心臓が動いている』という事実を確かめて、ケイはようやく一息つく。

次に傷口を確認すると、手のひらの切り傷と同様、白い傷跡は残っているが、穴そのものは完全に塞がれているようだった。

胸に耳を当てて呼吸音も確認する。少し早目だが、規則正しい鼓動の音が聴こえるのみで、呼吸器関連の異常な音は聴こえない。

ひとまず安心、か……

とりあえず、いつまでたっても白目のままなのは、あまりにも気の毒だったので、そっと瞼を閉じてやる。

……こっちでは大怪我だけはしないように、気をつけよう

―さもなくば、これと同じ目に。ケイはぼそりと呟いた。

ぶるるっ

同感だ、と言わんばかりに、ミカヅキが小さく鼻を鳴らした。

……ん?

そこで、ふと顔を上げる。

視界の彼方。

先ほどまで真っ暗闇だった雑木林の果てに、光が見える。

ゆらゆらと揺れる、オレンジ色の光。

見ているうちに、ひとつ、ふたつと、数が増えていく。

“鬼火(ウィル・オ・ウィスプ)“か……?

下位精霊の一種を疑ったが、すぐにそうではないことに気付く。

あれは、人工の火。松明の明かりだ。

細かく移動していることから、何者かが松明を掲げて歩き回っていることは間違いないのだが、流石に遠すぎるのと暗すぎるのとで、持ち手までよく見えない。

……さっきの連中、じゃあないよな

方向が逆だ。それに、徒歩で先回りしたにしては、速過ぎる。

…………

どうするべきか。

しばし迷って、結論を出す。

行ってみよう。ミカヅキ、頼む

アイリーンを抱えた状態で、再びミカヅキに騎乗した。兜をかぶり直し、口布をつけて顔を隠しつつ、一応の武器の確認をする。短剣が無くなり、礫を二つ消費したが、それ以外は全部揃っている。問題ない。

よし、と小さく頷いてサスケの手綱を手に取り、ケイはミカヅキの横腹を軽く蹴った。常歩でゆっくりと歩いていく。ほとんど速度は出ていない上、地面も柔らかい腐植土なので、蹄の音は立たない。

歩き出してみれば、彼我の距離はそれほど離れてはいなかった。距離が縮まるごとに、その明かりの詳細が見えてくる。

……村か

それは、雑木林の中、空き地を切り開いて作られた小規模な村だった。

一軒の大きめのログハウスの前で、松明を持った数人の村人が、慌ただしく行き交っているのが見える。みな清潔な服を身にまとい、血色や肉付きも悪くない。小さな村ではあるが、それなりに良い暮らしをしているのだろうか。

向こうはまだ、こちらの存在に気付いていない。接触するにせよ隠れるにせよ、その判断はケイに委ねられていた。それぞれのメリットとデメリットをしばし考えながら、ケイは腕の中のアイリーンを見やる。

(……やはり野宿は避けたいな)

苦しげな表情。アイリーンは体力を消耗している。可能であれば、せめて彼女にだけでも、暖かい寝床を用意したいという想いがあった。

……よし、行こう

万が一に備え、サーベルだけはすぐに抜けるよう、抱えたアイリーンの位置を調整しておく。改めて気合を入れなおし、ケイはミカヅキを駆けさせた。

先ほどとは違い、柔らかい土を踏みしめる鈍い足音が響く。最初に気付いたのは、村の広場にいた犬だ。ケイたちの方を向き、激しく吠え掛かる。

……おいっ、何か来てるぞッ!

みんなッ集まれ!

篝火だ! 篝火もってこい!

遅れて足音を聴きつけたのだろう、にわかに村人たちが慌て始める。

(……英語か。少なくとも言葉は通じるな)

そう思っている間に篝火がいくつも設置され、勢いよく燃え盛る炎が村の周囲をにわかに明るく照らし出した。あり合わせの武器や農具を手に、十人ほど村人が、ケイの方を向いてそれぞれに得物を構える。

ミカヅキの手綱を軽く引き、駆け足から常歩ほどの速度に落としつつ、ゆっくりと村に接近していく。

武器を構えていた村人のうち、短槍を構えた精悍な顔つきの男が進み出て、

止まれ! 何者だ!

と、誰何を投げかけてきた。

ケイたちが DEMONDAL の世界に転移してきてから、数時間。

―第一村人、遭遇である。

ちなみに、作中でケイやアイリーンが話しているのは、基本的に英語です。

7. Tahfu

篝火にくべられた薪が、ぱちりと音を立てる。

―何者だ!

前方、十歩ほどの距離を隔てて、短槍を手にした男はケイを見据える。その顔に浮かぶは緊張の色。

ケイを射抜く猜疑の眼差し。周囲の男たちも似たような様相で、棍棒や鋤、伐採用の手斧などあり合わせの武器を手に、いつでも動けるよう中腰で構えている。

完全な臨戦態勢。全員、ケイに対する警戒心を隠そうともしていない。

(……随分と物々しいな)

たかが自分ひとりに大仰な―とは思ったが、自分が姿を現す前から起き出して騒いでいたことを鑑みるに、他に何か警戒すべきことがあったのかもしれない。その辺も把握しておきたい、などと考えつつ、ケイは口を開いた。

夜分に失礼する。俺は旅人だ。決して怪しい者ではない

とりあえず、敵対者ではないことを第一に、宣言する。

『怪しい者ではない』……?

大真面目なケイの発言に、男たちがざわめいた。

新月の暗い夜。滅多に人の出歩かない時間帯。

闇から松明も持たずに、馬に乗って現れた男。

全身を覆う革鎧。腰に剣、手には弓の重装備。

布で口元を隠しているため顔立ちは分からず。

挙句、その左腕には年頃の少女を抱いている。

額に汗を滲ませ、病人のように顔色の悪い娘。

着ているのは、見たこともない異国の黒装束。

しかもまるで、誰(・)か(・)に乱暴されたかのように。

襟元が切り裂かれ、白い胸元が露出していた。

…………

―はっきり言って、怪しすぎる風体であった。

……だから、何者だ

ややトーンの下がった声で、男たちの中心、短槍を握り直した若者が問う。

……端的に言うと、つい先ほど賊に襲われて、逃げてきた

困ったように肩をすくめつつ、ケイはかいつまんで現状を説明する。

霧に呑まれ、気付いたら見知らぬ場所におり、日が沈んでしまったので野営していたところを盗賊と思しき一団に襲撃され、雑木林に逃げ込んだ。そして暗闇の中で松明の光を見つけたので近づいてきた―といった具合に。

嘘は一切ついていない。ただ、ケイたちが DEMONDAL という『ゲーム』のプレイヤーであった、という事実をぼかし、あくまで普通の旅人であったかのような言い方をする。

……つまり、あんたの目的は、何だ?