Выбрать главу

ケイの話を聞いて、その精悍な顔に警戒と困惑の入り混ざった表情を浮かべた村人は、僅かに短槍の穂先を下げて問いかける。

ああ……見ての通り、連れの体調が悪い。彼女のために身体を休める場所があれば、と考えていた折、ちょうど松明の明かりが見えたものだからな。そちらこそ、こんな時間になんで急に起き出して騒いでたんだ?

今度は逆に、ケイが疑問を投げかける。

……それには、おれが答えよう

のんびりとした、低い男の声。

ケイの右手側。弓を手にした一人の男が、ちょうど死角になっていた小さな家の陰から、のっそりと姿を現した。

随分と濃い顔立ちをした男だ。顔の下半分を覆う、とび色のあごひげが渋い。実直で真面目そうな顔つきに、がっしりとした体格。茶色のぴったりとした服で身を包み、羽根飾りのついた革の帽子をかぶっていた。

マンデルという。……この村の狩人だ

濃い顔立ちの男―マンデルは、そう言って軽く帽子を持ち上げる。

ケイだ。よろしく

そういえば名乗るのを忘れていた、と思いながら目礼したケイは、弓使いの性か、自然とマンデルの持つ弓に視線が吸い寄せられた。

シンプルな作りのショートボウ。艶やかな仕上げの木製で、持ち手の部分には黒ずんだ布が幾重にも巻かれている。村人たちも何人かは弓を持っているが、他と比べてマンデルのそれは、もっと使い込まれている印象を受ける。おそらく、その弓を日常的に狩りの道具として用いているのだろう。

そして次に目を止めたのは、マンデルの帽子。正確に言えば、その帽子についている羽根飾りだった。マンデルはマンデルで、ケイが装備する革兜、それについた羽根飾りにじっと視線を注いでいる。

…………

一瞬、二人の目線が交差した。

ふっと、どちらともなく笑みを浮かべる。無言のシンパシー。困惑の表情を浮かべる周囲の男たち。

……それで、おれたちが騒いでいた理由だが

何事もなかったかのように真顔に戻り、マンデルは話を続ける。

つい先ほど、突然、凄まじい獣の咆哮が聞こえてな。みな、それに叩き起こされたのさ。……凶暴なモンスターかもしれない

モンスター?

ああ。この季節になると、たまに森や山の方から、人里に下りてくることがある。寝込みを襲われては、たまらんからな。……今夜は、交代で番をすることになるだろう

それで男衆が出張っているわけだ、とマンデルは周囲の村人たちを示して見せた。

ケイ、あんたは、向こうから来たんだろう? ……何か、いなかったか?

うーむ……特に、そういった野獣の類は見かけなかったが

思い返すも、心当たりはなかった。強いていうならば、襲撃者たちがけしかけてきた狩猟狼(ハウンドウルフ)くらいのものだが、雑木林にまでは辿り着いていない。

こんな暗闇じゃ、例えモンスターがいても見えないだろう

間延びした空気で会話するケイとマンデルに、苛立ちの混じった声で、短槍使いの男が口を挟む。

ミカヅキ―馬たちも警戒していなかったから、少なくとも周辺には何もいないはずだ。一応、俺もこいつも、夜目は利く方でな

ぽんぽんと、ミカヅキの首筋を叩いた。

篝火の向こうの暗闇と、自信満々のケイとを見比べて、村人たちが胡散臭そうな顔をする。マンデルはただ、生真面目な顔で そうか と頷いていた。

―お話中のところ、失礼する

ざっざっと砂利を蹴る足音。村の中央から、人の気配がこちらへ向かってくる。

暗がりから姿を現したのは、腰の曲がった白髪の老人と、小太りの中年の男だった。

ようこそ、旅の御方。“タアフ”の村のまとめ役をやっておる、ベネットだ

その息子、ダニーという

白髪の老人・ベネットは顔に小さく笑みを浮かべ、その息子らしい小太りの男・ダニーは尊大な態度で、それぞれ名乗った。

(なるほど。村長と次期村長のお出ましか)

あまり不躾にならないように気をつけながら、二人を観察する。

村長のベネットは、好々爺然とした老人だ。一見すると人が良さそうに見えるが、ハの字に垂れた眉の下、両の瞳がさり気なくケイの全身を観察している。直感的に、『タヌキ親父』という言葉が思い浮かんだ。

対して、その息子のダニーには、特に思うところがない。小太りな、だらしない体形も相まって、良くも悪くも『ただの偉そうな男』というイメージだ。ある意味お互い様とはいえ、ベネットとは対照的に、臆面もなくじろじろと不躾な視線を向けてきている。特にその視線は、腕の中のアイリーンに集中しているように思われた。

(それにしても”タアフ”の村、か……)

ゲーム内では聞いたことのない名前だ。やはりゲームそのものではないか、と思いを巡らせつつも、ケイは口を開く。

馬上より失礼。俺はケイイチ=ノガワ。ケイイチが名(ネーム)、ノガワが姓(サーーネーム)だ。騒がせてしまったようで申し訳ない

顔布を外したケイは、毅然とした態度で名を名乗った。ケイの言葉に、村人たちが小さくざわつく。ベネットは張り付けたような笑顔のまま表情を変えなかったが、ダニーはぴくんと眉を跳ね上げて心なしか顔を強張らせた。

……ノガワ殿。我らが村に、如何様な目的でいらしたので?

丁寧な語調で問いかけるベネットは、愛想笑いを崩さない。

『ケイ』で結構だ。先ほども話したが、連れの体調が優れない

腕の中の少女に視線を落とす。額に汗を滲ませて、 うぅん…… とうなされているアイリーン。

こんな状態では、野宿を強いるのも忍びなくてな。できれば彼女だけでも、ゆっくりと休ませてやりたいのだが……

どうだろう? と目で問いかける。

勿論、相応の礼はしよう

なるほど、なるほど

ベネットがゆっくりと相槌を打った。

たしかに、お連れの方はご気分の優れぬ様子。しかしなにぶん、ここは小さな村でしてのう……。お役に立てるものがあるかどうか。村の者たちに聞いて参りますがゆえ、少々お時間をいただければ

構わない、助かる

いえいえ、なんのなんの。それでは……ダニー、クローネン、手伝え

すぐに戻って参りますので、と会釈しながら、ベネットが背を向けて歩き出す。その後ろにダニーと、短槍を構えていた精悍な顔つきの男―クローネンというらしい―が続いた。

彼らを馬上から見送りながら、ケイはふと、どことなく似通った雰囲気のクローネンとベネットの後ろ姿に目を止め、

……マンデル

ん? ……なんだ

あのクローネンと呼ばれていた、短槍使いの男も、村長の血縁なのか

ああ、あいつも息子さ。……長男のダニー、次男のクローネンだ

そうか。ありがとう

納得しながら、少し年が離れている兄弟だな、と考えていたケイは、周囲の村の男たちが渋い顔をしているのには、気付かなかった。