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ケイからは見えぬ暗がりまで歩いたところで、ベネットは さて、 と話を切り出す。
クローネン。たしかお前の家には、空いてる寝台があったな?
親父! まさかあいつを村に入れるつもりなのか?
そのつもりじゃが
声を荒げるクローネンに、 いかんのか? と首を傾げるベネット。
親父たちも話を聞いてただろう! もしもあいつ自身が、盗賊の一味だったらどうするんだ!
クローネンが最も心配しているのは、その点についてだった。
盗賊に襲われて、命からがら逃げおおせた被害者―を装った団員を、あらかじめ標的の村に潜り込ませ、内部から破壊工作を行い、その混乱に乗じて襲撃する。
一部の盗賊団がこの手口で荒稼ぎしているという噂を、クローネンは村に訪れた行商人たちからたびたび聞いていたのだ。
はぁ……何を騒いでいるのかと思えば、そんなことか。まったく、お前でも思いつくようなことを、俺や親父が考えなかったとでも思っているのか?
それに対し、ダニーが肩をすくめて、これ見よがしに溜息をついて見せる。これだから出来の悪い弟は、とでも言わんばかりの雰囲気だ。
お前の考えはもっともじゃが、クローネン。わしゃその可能性は低いと思っとる
怒るでもなく馬鹿にするでもなく、ベネットは淡々と、
最近、そういった手合いの輩がおることは、わしも知っておるよ。しかし、潜入させるにしては、あのケイとかいう若者は怪しすぎるんじゃ。草原の民の格好をしとる癖に、名乗りで家名(サーネーム)ときた。怪しいなんてもんじゃないわい。それに、たかが囮役に、あれだけの装備を持たせる余裕があるなら―最初から盗賊なんぞやらんでも、充分食っていけるじゃろ
親父の言うとおりだ。俺が盗賊なら、もう少し貧相でま(・)と(・)も(・)な(・)奴を送り込む
顎を撫でながら、ダニーが言葉を引き継いだ。
お前は見る目が無いから分からんだろうがな、クローネン。あのケイという男の装備、全身どれも一級品だぞ
……そうなのか?
兄に指摘されて初めて、クローネンは自分が『ケイ』という男の持ち物に、全く気を回していなかったことに気が付いた。
村長であるベネットは勿論のこと、その跡を継ぐダニーも、村の代表者として様々な品に触れているため、自然と物を見る目が鍛えられている。その鑑定眼が、初対面の相手を見極める際の観察眼としても、一役買っているのだ。
ベネットは目を細めて、ケイが身に着けていた装備品に思いを巡らせる。
あの革鎧、恐ろしいほどに丁寧な仕立てじゃった。それに、見たこともないような素晴らしい装飾―胴体だけでも、銀貨10枚は下らんじゃろうて
銀貨10枚!?
その見立てに、素っ頓狂な声を上げたのはクローネンだ。銀貨10枚といえば、平均的な農民一人、その一年分の食費に匹敵する。
革鎧って、高くてもせいぜい銀貨1枚とか、そのくらいのものじゃないのか?
バカ、それはなめし皮を重ねて縫い合わせただけの、安物の値段だ。あの男の鎧は硬化処理がしてある奴で、作る手間も防御力も、安物とは比べ物にならん。まず、ものとしての格が違うんだ。それにあの細かいレリーフ。前、街に買い出しに行ったとき、武具も服飾も色々と見て回ったが、あんなに洒落た装飾は見かけなかった。芸術品としても十分に価値がある
よほど腕のいい職人が仕立てたんじゃろうな。金を積んだからといって、すぐに買えるような代物でもなさそうじゃ。……それにダニー、気付いたか。あの馬
おお、見事な馬だったな!
ぱしん、と手を叩いて、ダニーはケイたちの馬を評する。
艶の良い毛並みに、賢そうな顔つき、それに並みの馬では比較にならん体格! 名馬というのは見たことがないが、ああいうのを言うんだろうな。しかもそれが二頭!
言われてみれば、とクローネンも思い返す。あのケイという男が乗っていた馬は、たしかにかなり上等な部類に入るのではなかろうか。
村でも一頭、荷馬車のための馬を飼っているが、それと比較するのもおこがましいほどに、あの褐色の馬たちは全身に力が満ち満ちていた。
そう、馬自体も大したものじゃが……あの馬たちが着けておった額当てよ。二頭とも、タリスマンが埋め込んであったわい
タリスマン?
ダニーとクローネンが異口同音に聞き返す。
わしも、本物には二度しかお目にかかったことはないがの。魔除けの護符じゃ。縁起物ではない、魔力が込められた本物よ。幻術や、魔性の者どもの力を弱め、持ち主を守るという。わしですら込められた魔力が感じ取れるんじゃ、よほど強力な代物なんじゃろう
ほっほっほ、と声を上げて笑うベネット。
一般に、特別な才能がある場合や、魔術師のように過酷な修業を積んだ場合を除いて、人間の魔力は歳をとるごとにゆるやかに増大し、五十代を過ぎたあたりから劇的に伸び始める。
それに伴って魔力に対する知覚も研ぎ澄まされていき、歳をとればとるほど、人はそういった『魔』のものを鋭敏に察知できるようになるのだ。臨終の間際ともなれば、その知覚は精霊たちの御許にまで近づくという。
ゆえに、タアフ村でも指折りの高齢者であるベネットは、タリスマンに込められた魔力を、僅かに感じ取れたのだ。
タリスマン、か
クローネンは顎に手を当てて、ふーむと息をついた。
―凄いのは分かるのだが、いまいち実感が湧かない。
それが、クローネンの正直な感想だった。
今まで二十余年の歳月を生きてきたクローネンだが、『魔力が込められた品』などという代物には、ついぞやお目にかかったことがない。もちろん、そういったものが貴重であることは理解しているし、魔道具をこしらえるためには大金が必要であることも、行商人たちから聞いた話で知っていた。
しかし、あまりにも自分と関わり合いのない話なので、その凄さに実感が伴わない。
……あの男、本当に何者なんだ
一方でその兄、ダニーは事態を深刻に受け止めたようであった。
親父。ひょっとするとあの男、本当に貴人なのかも知れんな
そうじゃのぅ
飄々とした態度のまま、ベネットがあごひげを撫でる。
鎧もそうじゃが、タリスマンこそ、金を積めばすぐ手に入るという代物ではないしの
そんなもんを馬にまで持たすのは……
やはり、相応の地位におらんと無理じゃ
馬には持たせたが自分の分はない、ってこともないだろうしな
じゃのう。連れの女子(おなご)にも持たせておると考えて、タリスマンが4つ。……あの男が身につけとる物だけで、この村の全員が一年間遊んで暮らせるわい
そうだ! 連れといえば、あの女も只者じゃないな!