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ぬふーっ、と鼻息を荒くしたダニーの相好が、だらしなく崩れる。

あのきめの細かい、染みひとつない真っ白な肌! それに長く伸ばされた、艶やかで美しい金髪! 平民じゃありえない、あれは絶対に貴族の係累だ!

にわかに興奮状態に陥る小太りの男の姿に、クローネンは露骨に、ベネットは表情を変えずに、それぞれ小さくため息をつく。

(村一番の美人を娶った癖に……女好きも困ったもんだ)

歳の離れた兄を見るクローネンの目は、冷たい。ダニーが街に買付けへ行くたびに、娼館の香水の残り香を漂わせて帰ってくることは、村の公然の秘密だった。村の金を横領しているわけではなく、生産品を相場よりも高く売り付け、それで出た利益を使っているのだから、誰も文句は言えないのだが。

なあ親父、草原の民にも貴族っているのか?

脱力感に襲われる体を、槍にもたれかかるようにして支えながら、クローネンはベネットに問いかけた。

おらん。基本的に、連中は氏族ごとに固まっておるからの。それぞれの氏族の族長と、それらを束ねる長老がおるだけじゃ

それじゃあ、あのケイって奴は……

顔には氏族の紋様の刺青も入れとらんし、名乗り方も妙じゃった。草原の民ということはまずなかろう。……なんでわざわざ、草原の民のような格好をしておるのかは、わしも知らん。あの者、いったい何処から来たんじゃ?

本人も分からないらしい。旅の途中で霧に呑まれて、気が付いたら『岩山』の近くにいた、って話だ。何か神秘的な現象に巻き込まれたのかもしれない、と言っていたが

そう言うクローネンに、ベネットは胡乱な目を向ける。そして、自分の息子が、怪しい旅人の言葉をほぼそのまま受け取っていることに気付き、半ば愕然とした、それでいて半ば諦めたような顔をした。

……まあええわい。向こうは向こうで、聞かれたくない事情でもあるんじゃろう。さて、そういうわけで、これからのことじゃが。これ、ダニー! 話を聞かんか!

ひとりニタニタとした笑みを浮かべて、心ここにあらずといった様子のダニーを、現実に呼び戻す。

おお、すまん親父。ついボーッとしていた

……はぁ。最初の質問に戻るが、クローネン。お前の家には予備の寝台があったな?

ああ。一応、いつでも使えるようにはしてあるはずだ

クローネンは小さく頷いた。ほとんど物置のようにしている小さな部屋だが、綺麗好きの妻が日頃から掃除はしている。

よし。ならばお前の家に、あの連れの女子を預ける

なんだって! 親父、うちにも客人用の寝室があるだろう! なんなら、シンシアを叩き起こしてもいい、そうすれば寝台がさらに一つ空く!

再び鼻息を荒くしたダニーが、ベネットの言葉に噛みついた。

明日の朝が辛くなる。愛しの妻(シンシア)は寝かせておいてやれ

対するベネットの返しは素っ気ない。

それでクローネン、お前にはひとつ頼みたいことがある。あの女子を預けるから、その見張りをして貰いたいんじゃ

……見張り?

看病、ではなく、見張り。その言葉の違和感に、クローネンは眉をひそめた。

そう、見張りじゃ。十中八九ないとは思うが……あの者たちが、盗賊の一味であった場合のためじゃ

真剣な表情のベネットに、自然とダニーとクローネンの顔も引き締まる。

あんな小娘でも、人目を盗んで抜け出せば、村に火を掛けて回るぐらいのことはできるからの。クローネン、お前なら力も強いし、腕も立つ。仮にあの娘が盗賊だったとしても、お前が付いておけば押さえこめるじゃろう

もちろんだ、あんな小娘には負けようがない

自信満々な笑みを浮かべて、クローネンは頷いた。

うむ。もっとも、あの様子で本当はそんな元気があるのなら、病人の役者としては一級じゃが……

ケイの腕に抱かれていた、体調の悪そうな少女の顔を思い浮かべて、ベネットは小さく呟いた。

まあ、ええわい。それであの、ケイとかいう男は、いつもの来客と同じように、うちへ招く。そして念のため、護衛としてマンデルを呼ぶんじゃ

……マンデルを、うちへ?

ダニーが露骨に嫌そうな顔をする。

仕方なかろう。マンデル以上に、この村で腕が立つ者もおるまい? 腕力然り、弓の扱い然り

まあ……そうだが

渋々、といった風に認めるダニーだが、それでも不満らしく、表情はぶすっとしたままだった。しかし、そんな子供じみた抗議には見向きもせずに、厳しい表情のベネットはただ、決定事項を告げる。

うむ、それではそういうことじゃ。お前たち、くれぐれも立ち入った話を聞くでないぞ。あんなな(・)り(・)をしているということは、それ相応の理由があるということじゃ。そして、そんな理由なんぞには、関わらん方が良いに決まっておる。なるたけ丁寧に迎え入れ、付かず離れず世話をし、貰えるものを貰って、可能な限り早く去って頂く。そのことをゆめゆめ忘れるな

おう

わかった

何はともあれ了解の意を示す息子たちに、うむ、と重々しく頷いた。

―さて、

くるりと振り返り、曲がってしまった腰をぽんぽんと叩きながら、ベネットは顔に笑みを張り付ける。

いつまでも客人を待たせるわけにもいかん。お出迎えと行こうかの

好々爺然とした愛想の良いひとりの老人は、招かれざる客の待つ方へ、ゆっくりと歩き出した。

8. 死神

ケイが案内されたのは、村の中で一番大きな家だった。

申し訳ありませんな、こんな田舎の村では、大したおもてなしも出来ませんで

いやいや、とんでもない。こんな真夜中に突然、こちらとしても申し訳ない限りだ

ランプの明かりが照らす居間。ベネットにテーブルの席を勧められながら、ケイは何食わぬ風を装っていたが、実は内心かなり恐縮していた。

(お忍びの身分の高い人間、とでも解釈してくれているみたいだが……)

明らかに、ただの旅人をもてなす態度ではない。それ自体は狙い通りだったのだが、相手も謝礼を期待しているとはいえ、夜中にここまでの歓待を受けるのはどうにも居心地が悪かった。

ミカヅキとサスケは家の前の杭につないであり、相変わらず意識の戻らないアイリーンは、別宅に寝台の空きがあるということで、そこで厄介になっている。

最初は、病人のように顔色の優れないアイリーンを心配して、ケイも傍にずっと付いていようとした。しかしクローネンが 自分が世話役をする と強く主張したこともあって、思い切って彼を信用し村長らの歓待を受けることにしたのだ。

(敵意は感じられなかったしな)

責任を持って世話をする、と言ったクローネンの生真面目な顔を思い出す。ゲーム内では殺気の感知に長けていたケイだが、生来より人の悪意にもかなり敏感な性質(たち)だ。クローネンは、ケイに対してはまだ警戒心を解いていなかったが、少なくとも体調の悪いアイリーンには同情的であった。悪いようにはすまい、というのがケイの判断だ。