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また、彼が独り身の男であれば別の心配もあっただろうが、既婚者で幼い娘もいるらしいので、その点もあまり心配はしていない。それでも万が一、『何か』があればケイは大暴れするつもりだが―それも態度で示しているので、向こうも心得ているだろう。

ささ、どうぞどうぞ。我が村の豚を使った燻製肉になります

媚びるような笑みを顔に張り付けた長男坊、ダニーが、肉の塊を載せた皿や木製のゴブレット、干し果物やビスケットなどを、これでもかとテーブルに並べ始める。最初の尊大な態度とは随分な変わりように、ケイは思わず笑いそうになった。ベネットが これはなかなかに美味ですぞ といいながら、ナイフで手ずからに肉を切り分けていく。

そしてこちらは、近隣の村の葡萄を使った酒になります。去年は十年に一度の当たり年でしてな。近年にない良い出来といえましょう。さあ、どうぞ

……ありがたい

その間に、ダニーが葡萄酒を注いだゴブレットを勧めてくる。

流石はタヌキ親父とその息子、といったところか。押しつけがましくなく、それでいて妙な間を作らない、実に見事な連携だった。接待慣れしている、という印象。こんな夜分に突然やってきた者を相手に、ここまで手際良く対応できる辺り、年季というものを感じさせられる。

(……しかし、これは、飲んでも平気なものだろうか)

流されるまま思わず手に取ったゴブレットの中、とぷんと揺れる赤色の液体を眺めて、ケイはひとり逡巡した。本物のアルコールを口にするのは、幼い頃に飲んだ甘酒以来だ。加えて現状だと、不用意に飲み食いすると一服盛られやしないか心配してしまう。

(こ(・)の(・)体(・)なら大丈夫だとは思うが……)

アルコールは、問題ないはずだ。また、薬を盛られたとしても、『身体強化』の紋章を刻んだこの身なら、よほど強力な毒でない限り耐性がある。

あるには、あるのだが。

ケイが香りを楽しむふりをして時間を稼いでいると、何かを察した風のダニーが、自分のゴブレットにも葡萄酒を注ぎ、 それではお先に と口をつけた。

(……大丈夫っぽいな)

自分用のゴブレットにだけあらかじめ毒を―という可能性もあったが、ダニーから緊張や悪意を読み取れなかったので、ケイも踏ん切りをつけた。

そっとゴブレットを傾ける。少しだけ、口に含む。酒精の香りと、滑らかな葡萄の風味が、ふわっと鼻から抜けるようにして広がった。

…………

いかがですかな?

こちらを覗き込むように、ダニーとベネットが首を傾げる。体格こそ似ていない二人であるが、その笑顔を見ると、なるほど親子だと思わされた。

……口当たりがとてもよく、飲みやすい葡萄酒だ

そうですか、それはよかった

ケイの返答に、ほっとしたように―おそらくこれも演技だろうが―顔を見合わせる村長親子。

(危ねえ、むせそうになった)

この葡萄酒、度数はかなり低めだったが、やはり慣れない『酒』であることには変わらず、肺の空気が逆流しそうになった。口の中で転がすうちに何とか慣れてきたので、少しずつなら問題なく飲めるが、ジュースのようにとはいかない。

肉と合わせると、また味わいが違いますぞ

と、肉を程よいサイズにカットしたベネットが、皿をずいと目の前に寄せてくる。

『こちら』に来てから、まだ水とポーションと葡萄酒しか口にしていない。空腹を自覚し始めていたケイは、嬉々として皿の肉をつまんだ。

おお、これは……

凝縮された肉の旨みと、程よい脂が舌の上で踊る。燻製肉独特の濃い木々の香り、塩味そのものはかなりキツめだったが、そこに少しずつ、葡萄酒を流し込むと―ベネットの言葉に嘘偽りはなかった。

口に残った脂を、濃い目の味を、アルコールで洗い流すことの心地よさ! VR技術では再現しきれない、本物の味覚。久しく味わうことの出来なかった食物に、ケイは感動しながら舌鼓を打った。

……なあ、村長

そんなケイの隣、のんびりとした、低い男の声が響いた。

一つ聞きたいんだが。……なんで、おれまで呼ばれてるんだ?

濃い顔立ちの男―マンデルは、眠そうに目を擦りながら、村長に尋ねる。

一瞬の空白。笑顔のベネットから、首筋をちりちりと焼くような、微弱な『殺気』がもれ出るのをケイは感知した。

……なに、聞くところによれば、ケイ殿は盗賊に襲われたとのこと。それも、ここからそう離れておらん場所でじゃ。村で一番腕が立つお前に、わしらと一緒に話を聞いておいて欲しかったんじゃよ、念のためにの

……なるほど

その返答に納得したのか、マンデルはぼんやりと眠たげな表情のまま、ケイの前の肉をちらりと見やる。

小腹が空いたな。おれもつまんでいいか? ……ケイ殿

ああ、もちろん。あと『ケイ』でいいぞ

……ありがたい

もぐもぐと二人で燻製肉を堪能する。一人だけで食べるのは気まずかったので、ケイとしては歓迎だ。マンデルも気にする風はない。

うむ。……これは酒が欲しくなるな

そして肉を飲み込んでの第一声がこれだ。ちなみにマンデルには水しか供されていない。頭痛を堪えるように額を押さえるダニー、その横でベネットは相変わらず笑顔のままだったが、口の端が引きつっていた。

その……そういうわけで、賊についてお話を伺えませんかの? ケイ殿

マンデルを華麗にスルーし、ベネット。

もちろん。と言っても、俺もすぐに逃げ出したから、そんなに詳しくは話せないが

葡萄酒をちびちびとやりながらも、かいつまんで襲撃された際の状況を説明する。場所、賊の数、その装備や練度。

……“狩猟狼(ハウンドウルフ)“ですと?

神妙な面持ちで話を聞いていた一同だったが、ケイが調教(テイム)された狼に追われたくだりを話したところで、その顔色が変わった。

……ああ。二頭は殺した。一頭は運良く鼻を潰せたから、この村まで追ってくることはないと思う

臭いを辿ってこられることを恐れているのだろう、と解釈したケイは、そう言ってベネットたちの懸念を払拭しようとするが、村長親子の顔色は冴えない。マンデルも肉を食べる手を止めて、難しい顔をしていた。

(何だこの地雷を踏んでしまった感)

一瞬で重苦しいものに変わった、場の空気に困惑する。

ハウンドウルフが、どうかしたのか

い、いえ……あの獣は調教が難しく、それを使役する盗賊団となりますと、その、限られてきますから……のう?

ベネットとダニーと顔を見合わせて、ぎこちない笑みを浮かべた。 わかるでしょ? と言わんばかりの態度。