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(そう言われてもな)

分からん、知らん。

この世界に来てから僅か数時間。こちらの盗賊事情など知るはずもない。

……『イグナーツ盗賊団』

腕を組んだマンデルが、ぼそりと低い声で呟く。

…………

まさか、ご存じないので?

知ったかぶりをするか、素直に尋ねるか、逡巡している間にベネットに見破られる。

恥ずかしながら、聞いたことがない

なんと

それは

呆気に取られたように、互いに顔を見合わせる村長親子。

イグナーツ盗賊団は、“リレイル”地方一帯を中心に活動する、大盗賊団さ。近頃は、昔に比べると大人しくなった、という話だが……それでも規模が大きすぎて、未だにどこの領主も、迂闊に手が出せないらしい。……ここらじゃ、知らない奴はいないよ

マンデルが真顔で、静かに解説する。言外に、 お前は何処から来たんだ と聞かれている気がしないでもないが、その茫洋とした表情からは真意が読み取れない。ただ外野のベネットとダニーが、顔をひきつらせてマンデルに微弱ながらも殺気を放っているのが印象的だった。

しかし村長親子の態度よりも、ケイには気になることがある。

ここは、リレイル地方なのか?

ケイの問いかけに、マンデルは妙な顔をしつつも、ああ、と頷いて肯定した。

リレイル地方。

ゲーム内においては、マップの南西部のエリア一帯がまとめて、そう呼ばれていた。

平原や草原、丘陵や森林などの緑豊かな地形がその大半を占めており、要塞村”ウルヴァーン”、港町”キテネ”など重要な活動拠点が存在する、ケイのホームとでもいうべき地方だ。

……村長。妙なことを聞いて申し訳ないんだが

はぁ。なんでございましょう

まだ妙なことがあるのか? とその顔には書いてあった。

この村の近くにある、大きな町の名前を教えてくれないか

町、ですか

ベネットがふぅむ、と息をつきながら腕を組む。

まあ、一番近いのは東にある”サティナ”の町でしょう

指をぴんと立てて見せて、代わりに答えるダニー。

サティナ、か……

やはり、聞いたことがない。ケイの顔が少しばかり曇る。

それと、北に行けばウルヴァーンがありますな

ウルヴァーンッ!?

が、それに続いたベネットの言葉に、にわかにテンションが上がる。突然大声を出したケイに、他の三人がぎょっと身を引いた。

いや、失礼、取り乱した。ウルヴァーンといえば、要塞―

村の、と言おうとして、違和感に言葉を止める。

(……。俺は『大きな町(・)を教えてくれ』、と言ったはずだが)

ゲーム内でのウルヴァーンは、確かに大掛かりな工事を経て作られたプレイヤーメイドの村ではあったが、完成したそれそのものは規模としては小さなものだった。

そうです

こくりと頷いたのは、ダニー。

―要(・)塞(・)都(・)市(・)ウルヴァーンですよ

咀嚼し、理解するのに、数秒を要した。

……要塞都(・)市(・)?

ええ、要塞都市

……要塞村(・)でなく?

ベネットとダニーが、そろってブッと噴き出した。

ハハハ……なんともはや。ウルヴァーンが『村』なら、我らがタアフはさしずめ、犬小屋か何かですかな

いや、本当に。規模も人口も、比べるのもおこがましいという奴ですよ

ないない、と手を振りながら小さく笑う村長親子。

どうやらゲーム内とは違い、ウルヴァーンはその規模を変えて、『都市』として存在しているらしい。葡萄酒のゴブレットを揺らしながら、ケイは考える。ウルヴァーンが存在するということは、つまり―

となると、西にずっと行けば港町キテネがあるわけかな

そうです。“港湾都市キテネ”―ケイ殿は、キテネはご存じで? 私は数度しか訪れたことがありませんが、あそこは良い街でした。特に歓楽街

ぐへへ、とダニーの顔がだらしなく崩れる。気色の悪い笑みを浮かべる小太りの男から、つっと目を逸らしてケイは、

村長。差し支えなければ、この周辺の地図など見せてくれまいか

地図……ですか。少々お待ち下され

よっこいせ、と立ち上がったベネットが、テーブルの上の燭台を手に取って奥の部屋へと消えていく。

……あいにくと、大まかなものしかございませんが

構わない。ありがとう

戻ってきたベネットから羊皮紙を受け取り、テーブルの上に広げる。

……なるほど

たしかに、大(・)ま(・)か(・)な(・)地図だった。

随分と昔に描き出されたものなのだろう。古びた羊皮紙の上、タアフの村を中心に周辺の大雑把な地形、そして家や城などのマークがぽつりぽつりと描かれている。

東のこれが、サティナの街か。北の城がウルヴァーン、西の港がキテネ……。この家のマークは、周辺の村か?

そうなりますな。ミリア村、マザフ村、ラネザ村……

……距離はどうなっている? ある程度、正しいのだろうか

正しさとしては概ね……といったところですかな。例えば、東の街サティナには、歩いても半日もかかりませんがの。倍の距離があるキテネまでは、1日はかかりましょう

ふむ……なるほど、ありがとう

改めて地図に視線を落とす。

タアフ‐サティナ間が半日として、それぞれの街との距離を考えると、キテネまでは徒歩で1日、北に少し離れたウルヴァーンまでは3日といったところか。

もちろん、その途中には森や山谷などの障害となる地形が広がっているため、実際に行こうとするともう少し時間がかかるだろうが。

要塞都市ウルヴァーンと港湾都市キテネの、地図上での距離を測る。

ウルヴァーン‐キテネ間は、歩くと大体3、4日か

地図に従えば、そうなりますな

行商人の護衛に話を聞いたことがありますが、ウルヴァーンからキテネまでは、馬で早駆けすれば半日ほどの距離だそうですよ

妄想の世界から帰ってきたダニーが、横から口を挟んだ。ウルヴァーン‐キテネ間の馬での所要時間は、ケイが一番知りたかった情報でもあった。

なるほど、ありがとう

顎を撫でながら、考え込む。

(ゲームに比べて、色々とスケールが大きくなってるな……)

要塞村が要塞都市に。港町が港湾都市に。そして、ゲームでは馬で30分ほどだった道程が、半日がかりに。

30分の道のりが12時間の道のりに変わったからといって、単純にマップの広さが24倍になった、とはいえないのが馬という移動手段の面白いところだ。

自動車とは違い、馬はトップスピードのまま走り続けることはできない。30分間だけ走るのと、半日を通して走るのとでは、その移動可能距離に大きな差が出てくる。

ゲーム内では、バウザーホースの性能に物を言わせ、ミカヅキたちは通常の馬の駈足(ギャロップ)に匹敵する速度で、30分間ノンストップで駆け続けることが出来た。標準的な馬の駈足は、時速30km。つまり、ゲームにおけるウルヴァーン‐キテネ間の実質的な距離は、おおよそ15km弱となる。