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しかし半日を通して走り続けるとなると、どんな馬でも、バウザーホースですらも、ずっと駈足を維持することはできない。途中で休憩を挟んだり、ペース配分のため速度を落としたりする必要が出てくる。そういったロスを加味すると、『この世界』でのウルヴァーン‐キテネ間の距離は、おおよそ150km強と考えられる。

つまり、ゲーム内と『この世界』のスケール感の差は、比率にして10倍といったところではなかろうか。

(ゲームの DEMONDAL のマップ全体が10倍になったとして……『ここ』は最大で、ブリテン諸島くらいの面積になるわけか?)

ブリテン諸島。要はイギリス。馬では縦断するのにも一苦労するレベルの広大さだが、それでも『世界』というくくりから見ると、その程度の面積では小さすぎる。

ここが DEMONDAL に限りなく似ている異世界であるならば、おそらくゲーム内では行けなかった海や山脈の向こう側に、設定上のみ存在していたエリアや大陸が存在していると考えるべきだ。

…………

思案顔で黙りこくるケイに声をかけるのも躊躇われ、沈黙がその場に降りる。

アイリーンが回復したら、まず『村』から『都市』へとスケールアップしたウルヴァーンに見に行ってみるべきか……などと考えていたケイだが、

外から聴こえてきた微かな音に、ふっと顔を上げる。

……誰か来てるな

マンデルもケイとほぼ同時に気づいたらしく、振り向いて扉の外へと意識を向けていた。

ざっざっざっ、と何者かが、小走りで村長の家に接近する足音。

―失礼しますっ!

バンッと家の扉が乱暴に押し開かれる。

扉の外、顔面蒼白で息を荒げていたのは、そばかす顔の若い女だった。

ティナ、どうしたんじゃ。そんなに慌てて

村長! 大変なんです!

ベネットの問いかけにヒステリックな叫びを返した女は、ばっとケイの方に向き直り、

旅の御方! 大変なんですッ! すぐに来てください!! 早くッ

今にも泣きそうな顔で、ぐいぐいと袖を引っ張ってケイを外に連れ出そうとする。

ま、待たんかティナ! 何があったんじゃ、説明せいッ!

ベネットが一喝すると、半狂乱だった女は一瞬黙り込み、

お連れの方が、アイリーン様が、―

おずおずとケイの方を見やる。

息を、―息を、されてないんです!

†††

血相を変えて、走る。

アイリーンッ!

どばんッ、と扉を蹴破らんばかりの勢いで、その狭い部屋に飛び込んだ。

中には、二人。小さな寝台に横たえられたアイリーンと、その前でおろおろとうろたえるクローネン。

どけェッ!!

狼狽して何かを言おうとするクローネンを乱暴に突き飛ばし、アイリーンに駆け寄る。

アイリーン……ッ! おいっ、しっかりしろ、アイリーン!

ぺしぺし、と軽く頬をはたくが、全く反応がない。口の上に手をかざすも、―呼気は、感じられなかった。

ランプの暖色の光に照らされてなお、アイリーンの顔は紙のように白い。まるで人形を目の前にしているような嫌な感覚。胸が早鐘を撞くように軋む。

まさか、なぜ。顔色が悪いとは思っていたが、傷はもう完治しているはずなのに―

―くそっ!

左胸に耳を押し当てた。

…………

何も聴こえない……、いや。

とくん、と小さな、今にも消えそうな、鼓動。

まだ生きてる……!

腰のポシェットをまさぐり、ポーションの小瓶を取り出した。焦りに震える手をなだめすかし、コルクを抜いて、アイリーンの口に流し込む。

数秒。

……けふっ

顔を歪めたアイリーンが、僅かに身じろぎしてむせた。その頬に、僅かに赤みが戻る。

なっ、息を吹き返した……!?

まるで神の奇跡でも目の当たりにしたかのように、驚愕の声を漏らすクローネン。そこへ、ぎょろりと振り返ったケイの鋭い視線が突き刺さる。

……貴様、何をした

おっおれは何もしていない!!

地獄の底から響いてくるような底冷えのする声、そしてじりじりと空気が焼けつくような濃密な殺気に、震え上がったクローネンが無実を訴える。

事実、クローネンは、何(・)も(・)し(・)て(・)い(・)な(・)い(・)。

おれはただっ、その娘が汗をかいてたからっ、ね、熱もあるようだったし、布を濡らして熱冷ましにしようと……

手の中の、濡れた手拭いをケイに見せる。

ほっ、本当に少しの間だったんだ! 元々、体調は悪そうだったが、少し目を離して、戻ってきたら、どんどん弱っていって……ティナがあんたを呼びに行った頃には、呼吸も、もう、ほとんど……

しどろもどろになりながら、弁明するクローネン。

その狼狽っぷりを見て、逆に少し冷静さを取り戻したケイは、クローネンが何かをしたわけではなさそうだ、と考えを改めた。アイリーンに追加でポーションを飲ませつつ、

……すまない。少し、動転していた

いや、わかってくれたんなら、いいんだが

おっかない殺気をひっこめたケイに、クローネンがほっと胸を撫で下ろす。

(……それにしても、何でこんなことに)

無意識に噛みしめた下唇が白くなる。顔色が戻ってきた代わりに、再び額に汗を浮かべ始めたアイリーンを前に、疑念が再び湧き上がってきた。

傷は、完全に治っている。それは間違いない。

腰の矢筒からアイリーンが射られた矢を抜いて観察するも、矢じりが体内に取り残されたまま、ということもありえなさそうだ。

(ポーションが足りてない? いや、一瓶飲ませれば生命力は完全に回復するはずだ、それに完全に回復していなかったとしても、瀕死の状態にまで追い込まれる理由が―)

―瀕死の状態にまで、追い込まれる。

はっ、と顔を上げたケイは、右手に握った襲撃者の『矢』を凝視した。

―全くもう、こんな夜中になんだってんだい

―すまんの、しかし事態が事態での

と、部屋の外がにわかに騒がしくなる。

ぎぃっと扉が開き、杖をついてローブを羽織った老婆が、中に入ってきた。

まったく旅人なんざ、とんだ迷惑―ひぇぇぇええぇっっ!!!

入ってきて早々、ぶつぶつ文句を言っていた老婆は、ケイと視線を合わせた瞬間に奇声を上げて腰を抜かしその場に尻もちをついた。

アンカ婆さん、どうした!?

あっ、あんらまぁ、これは……

慌てて駆け寄るクローネンに構わず、へたり込んだ老婆は目を見開いて、そのしわくちゃな顔に驚愕の表情を浮かべている。