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婆様、どうしたんじゃ

遅れて、やや疲れ顔のベネットが部屋に入ってきた。

こ、こちらが旅の御方かい? ベネット

そうじゃ、そうじゃ。……ケイ殿、この婆様はうちの村の薬師ですじゃ

ヒッ、ヒヒヒッ、薬師なんて大層なもんじゃない、ただの呪い師さね。アンカ、と申しますじゃ、お見知りおきを……旅の御方

クローネンの手を借りてよろよろと起き上がり、おぼつかない足取りで薬師の老婆は寝台に近づく。

……この娘っ子は、いったい何がどうなっとるんかえ?

実は……

クローネンが、大雑把に状況を伝える。

ふむ……旅の御方、何か心当たりは

……つい先ほど、賊に矢で射られた

アンカの婆様に、ケイは賊が放った矢を渡した。

これは……。しかし、どこを射られたのか、傷跡が見当たらんが……

ここだ

矢を撫でながら不思議そうな顔をするアンカに、アイリーンの胸元を示して見せる。ポーションによって修復され、新しい皮膚が白く残った傷跡。

これで治療した

それは……!?

ケイの手の中の、瓶に僅かに残された水色の液体。視線を釘付けにしたアンカが、はっと息を呑む。

ご存じか。ハイポーションだ

高等魔法薬(ハイ・ポーション)ですと!!

オウム返しに、しわがれ声で叫んだアンカが、再びへなへなとその場にへたり込む。

……あんまり驚かさんで下され、旅の御方。心の臓が止まるかと思いましたわい

あ、ああ、すまない……っと、失礼

そこまで驚くようなことか、と怪訝に思いつつ、また顔色が悪くなってきたアイリーンの口にすかさずポーションを垂らす。

しかし、この矢で、この症状……

唸るように言ったアンカが、アイリーンの額に浮いた汗を指先で拭いとり、口に含む。

……苦い

賊は、イグナーツ盗賊団である可能性が高いそうじゃ

……なるほどの

すっ、とケイを見据えたアンカは、 旅の御方、 と姿勢を正して切り出した。

この娘の症状、これは……この矢に、『毒』が塗られていたのではないかと

…………

ケイの口から、重々しい吐息が漏れる。

やはりそうなるか、と。

そうなってしまうか、と。

リアル路線を謳う DEMONDAL には、当然のように毒も存在した。

即効性のものから遅行性のもの、即死させるものから体を麻痺させるものまで、何種類もの毒薬があり、それは対人戦闘や狩りなどで積極的に利用されていた。

しかし、その毒の大半は、空気に触れるとあっという間に劣化してしまう性質のものが多く、有効活用するためには使用する直前まで密閉容器に保存しておかなければならない、という制約があった。

強力ではあるが、その扱いには細心の注意が求められ、それでいて手間がかかる。

それが、 DEMONDAL のゲーム内における、『毒』の立ち位置であった。

ケイの場合は、素の弓の攻撃力が高すぎるのと、いちいち矢を放つ前に矢じりに毒を塗布する手間がわずらわしいのとで、ほとんど毒を利用してこなかった。

そして―これが最重要だが―ゲーム内においては、毒を受けた後の発汗や発熱といった生理的反応が、存在しなかったのだ。

そのため、今回のアイリーンの症状を、ケイは『毒』によるものだと即座に結び付けることができなかった。せいぜい、痛みによるショックでうなされている、と。

その程度の認識だった。

もしも―。

もしも、クローネンが、アイリーンの傍に付いていなかったら。

そう考えると、ケイは、背筋にゾッと薄ら寒いものが走るのを感じた。

ケイも、最初はアイリーンの傍についておくつもりだったが、ひょっとすると疲れで自分自身すぐに寝付いてしまったかもしれない。そうすれば、朝に目を覚ますと、アイリーンが毒にやられて冷たくなっていた、などということも―。

婆さん。……この症状が毒によるものだ、というのは、俺もそう思う。……だが、何の毒だと思う?

アンカの目をまっすぐ見つめながら、ケイは問いかける。

毒による継続ダメージ。絶望的な状況だ。毒は自然治癒せず、またポーションでも治せない。

しかし、仮にこの『毒』が、 DEMONDAL のゲーム仕様に準拠したものであるならば、まだ、対策の立てようはある。ポシェットを探ったケイは、その中から小さな金属製のケースを取り出した。

ここに解毒薬がある。それぞれ”隷属(スレイヴリ)”、“夢魔(インクブス)”、“単色(モノクローム)“系統の特効薬だ

“隷属(スレイヴリ)”

“夢魔(インクブス)”

“単色(モノクローム)”

ゲーム内では『三大対人毒』とまで呼ばれた、対人戦闘において最もメジャーな系統の毒だ。上級プレイヤーにも通用する毒性を持ち、そしてある程度の使い勝手も兼ね揃えた毒は、多少成分が違えどもこの三系統の派生であることが多かった。

この娘―アイリーンは、こう見えて毒にはかなりの耐性がある

アイリーンは、各種毒物に対する耐性や、肉体の強靭性が飛躍的に上昇する『身体強化』の紋章を、その身に刻んでいる。

だから、生半可な毒は効かない。矢じりにちょっと塗りたくった程度の量で、こいつの生命力を削り切ることができる毒は、この三種類ぐらいしかないはずなんだ

そして、それぞれの毒は対応した特効薬を飲めば、すぐに中和され無害になる。

……ならば、その薬を三つとも飲ませれば……

それはできない……

ケイは絞り出すように言う、

飲み合わせが悪いんだ。間違えた特効薬を飲めば、激しい拒否反応が起きる

少なくともゲーム内では、誤った特効薬を服用するとショック症状が起き、むしろ容体の悪化を招いた。万全の状態であればまだしも、今のアイリーンは体が弱りすぎている。ロシアンルーレットを試して、万が一のとき、拒否反応に体が耐え切れるか分からない。

だから、アイリーンがどの毒にやられているのか、見極めないといけないんだ

藁にもすがる思いで、ケイは問いかける。

婆さん。アイリーンは、どの毒にやられてると思う……?

口を開きかけたアンカは―

…………

つっ、と、目を逸らして俯いた。

やはり分からないか、と。歯を食いしばる。

ゲーム内。

ゲーム内であれば。

この三つの毒は、簡単に見分けがつく。それぞれ継続ダメージに加えて、特徴的な効果があるからだ。

“隷属(スレイヴリ)“系統は、感覚が鈍り、体が異常に重く感じられる。

“夢魔(インクブス)“系統は、毒を受けた時点で、『昏迷』状態となる。

“単色(モノクローム)“系統は、視覚から色彩感覚が失われ、また視野狭窄も併発する。

身体の動きを麻痺させるような毒もあるが―ゲーム内では、アバターの動きは制限されても、プ(・)レ(・)イ(・)ヤ(・)ー(・)が(・)意(・)識(・)を(・)失(・)う(・)こ(・)と(・)は(・)な(・)い(・)。