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ケイの目的は仇討ちではなく、ましてや盗賊の皆殺しでもない。

モリセットたちが使った毒の種類を特定すること。

そして一刻も早く、アイリーンに解毒剤を処方すること。

その二つこそがケイの考える全てであり、他のことに気を回す余裕などなかった。むしろ、刻一刻とアイリーンが弱っていく現状、焦りすら感じていたといっていい。

周囲を見回して敵がいないことを確認したケイは、素早くミカヅキから下りて空き地に転がる盗賊たちを見て回った。

……死んだか

まるで他人事のように、ぽつりと呟く。身体に矢の突き刺さった四人。最初に仕留めた見張りは別としても、他の三人は即死ではなかった。念のため、使いかけのポーションを一瓶持ってきていたので、意識さえあれば助命を餌に、毒について聞き出せないかと考えていたのだが―。

……時間を無駄にした

緊張と焦りの色を濃くし、再びミカヅキに飛び乗る。矢筒から矢を引き抜いていつでも放てるように準備しつつ、盗賊たちの跡を追って木立に突っ込んだ。

(絶対に逃がさん……!)

煙幕は想定外だったが、追跡に支障はない。煙を辿っていけば逃げた方向は分かるし、ケイの視力を持ってすれば暗い木立の中でも盗賊たちを見つけられる。森の中では騎兵のアドバンテージ―機動力こそ活かし辛いものの、それでも構いやしないと思った。逃げるのであれば何処までも追いかけて、漏れなく矢を叩き込んでくれる。

アイリーンを救うことが至上命令であるケイにとって、盗賊の生死など心底どうでもいいことだった。裏を貸せば、情報さえ聞き出せるなら、生き残りは一人でも構わない―

……いた

早速ひとり、視界に捉える。時折こちらを振り返り、木の根に足を取られそうになりながら、必死で逃げる痩せぎすの男。きりきりと弓の弦を引き、ケイはどす黒い感情の赴くままに、迷いなくその背中に狙いをつける。

快音。

左手の強弓より放たれた銀光が、唸りを上げて盗賊に襲い掛かった。

しかし弓の音を耳にしてびくりと身体をすくませた男は、そのまま足を何かに引っ掛けて盛大に転んだ。男の頭上すれすれを、致命の一撃が切り裂いていく。身体を起こして、ますます必死に逃げ始める男。運の良い奴だ、とケイは嗤う。だが次はない、と矢をつがえる。胸の奥で、ぐらぐらと悪意が煮え滾るようだ。それは狩りの高揚に似ていた。

―強いてこのときの、ケイの失敗を挙げるとするならば。

それは、最初に四人を仕留め、迫撃の勢いに酔ううちに、『自分こそが狩る側である』と確信してしまったことだろう。

だが、こうして無様に逃げ惑う盗賊もまた、本来は他者を喰らう獣だ。

その性質は残忍。冷酷にして狡猾。

連携し、群れで追い込む狩りこそが―彼らの本領であり、真骨頂。

木立のどこかで、ピィッと指笛の音が響いた。

何だ、と思考するより早く、 オゥンッ! と獣の鳴き声。

ミカヅキの足元の茂みから、夜の闇より黒い、大きな塊が飛び出してくる。

ハウンド―!?

体格の良い黒毛の狼が、大口を開けてミカヅキの前脚に喰らいついた。牙が食い込み爪で引き裂かれ、ミカヅキが悲鳴のようないななき声を上げて急停止する。暴れる馬上、必死でバランスを取りつつ、ケイは弓を引き絞った。

銀光が閃く。

水気のある音と共に、狼の胴を白矢の矢が撃ち抜いた。地面に縫い付けられ、吐血しながら身を震わせるハウンドウルフ。盛大にいなないたミカヅキが仕返しとばかりのその頭蓋骨を踏み抜き、蹄で粉砕する。飛び散る赤い色。

だが―奇襲はそれで終わりではなかった。ギリッと何かが軋む音に、ケイはハッと顔を上げる。前方、十歩ほどの距離。茂みから、木の陰から、革鎧に身を包んだ盗賊たちが姿を現した。短槍使いが一人、剣士が一人、弓使いが二人。

弓使いたちの背後、ケイが追いかけていた痩せぎすの男(モリセット)もまた、その手に弓を引き絞る。

毒の滴る鏃―

―やれッ!

その顔を凄惨な笑みで彩った、モリセットの号令一下。

鋭い風切り音とともに、一斉に毒矢が放たれた。

つよい(確信)

追伸. 2018/09/06

10. 逆境

―これは、捌ききれない。

ひと目見て即座に、ケイは悟った。

仮初(ゲーム)の、しかし豊富な戦闘経験が告げる。

自分はまだいい。矢の一、二本は避けられるだろう。だがミカヅキが避けるには―その体が、投影面積が大きすぎる。

身体を捻って一本は回避し、続くもう一本は右手の篭手で弾き飛ばした。が、最後の矢がミカヅキの胴体に突き刺さる。

―ッ!!

苦痛に身体をよじり倒れ伏すミカヅキ。その動きに逆らわず、ケイも半ば振り落とされるような形で転がり落ちた。柔らかな森の大地で受身を取り、衝撃を殺したケイはばさりとマントを翻して立ち上がる。

騎兵が地に落ちた。快哉を上げた盗賊たちが、武器を振り上げて殺到しようするが―

不意にその足が止まった。

貴様ら

低く抑えられた声から、滲み出る怒りの色。顔布の下、獣のように歯を剥き出しにしたケイは、燃え滾るような血走った瞳で盗賊たちを睥睨した。

ぶわりと。

澱んだ空気の森に、重たい風が吹き付ける。

ケイを中心に爆発した濃密な殺気に、圧倒されたモリセットたちは思わず息を呑んだ。

が、それも一瞬のこと。

まばたきほどの間に、ケイの強烈な殺気はぱたりと鳴りを潜めた。

唐突に。跡形もなく。

静かに佇むケイは、何も感じさせなかった。怒気も覇気も殺気もなく。

ただ茫洋として地を踏みしめる、まるで人形のような存在感―

(いや、違う!)

矢を引き抜こうとする体勢のまま固まったモリセットは、全身をぶるりと震わせた。背筋に焼けつくような感覚が走る。

これは、そう。

危機感だ。

胸の奥底で、直感(シックスセンス)が警鐘を鳴らしている。

それは、何も感じ取れないからこそ不味いと。それは、自分を超越した何かが、そこに潜んでいることの証左であると―

カァン、カンッと。

風にたなびくマントの下、軽やかに響く快音の二重奏。

前触れもなく、唐突に、革の生地を突き破った二筋の銀閃が奔る。

避―

けろ、というモリセットの警告を過去のものとして、眼前、弓を構えていた手下が二人、弾け飛んだ。

一人は額をかち割られ。

一人は右肩を粉砕され。

まるで独楽のように空中でくるくると―、そのまま地に叩き付けられる。

―ッぎやあああああああぁぁァァ!

衝撃で矢が折れ、肩の傷口をさらに抉られた弓使いが絶叫した。右肩を押さえて地面をのた打ち回る彼は、自分の身に何が起きたのかをまだ正確に把握できていない。風に翻弄される木の葉のように、濁流に呑まれた小魚のように、圧倒的な武を前にして無力。