Выбрать главу

それが。

一瞬、投擲物に気を取られ、視線を戻したときには、サーベルの錆と消えていた。

まさに鎧袖一触。

なんという武威。なんという―理不尽。

(弓に加えて剣も一級だとッ!?)

剣士として、理不尽を感じずにいられない。こんな若さの青年が、何故これほどまでの力を―

しかし、それも当然といえば当然のことだ。

限りなく中世に近いファンタジー世界、 DEMONDAL 。文明の利器に甘やかされることなく育ったこの世界の住人たちは、無論、現代人よりも身体能力に秀でている。特に荒事を生業とするモリセットら一味は、膂力やスタミナにおいて、この世界の一般人をも大きく上回っていた。

が、対するケイは、その世界をモチーフとしたおとぎ話の国(VRMMO)からやってきた、最高の戦士の中でもさらに上位の存在だ。

その身体能力は、一言で言うなら化け物。

控え目に言っても人外クラスだ。

加えてケイは、ゲーム内でひたすら洗練され続けてきた汎用剣術を修めている。

プレイヤー同士が動画サイトで情報を共有し、合理的に数学的に、そして人間工学的に研ぎ澄まされてきたえ(・)げ(・)つ(・)な(・)さ(・)の結晶。

心臓や肝臓などの急所は当然として、全身の動脈や金的、眼球なども積極的に狙っていく。場合によっては武器を放棄することも想定されており、徒手格闘すらも『剣術』の範疇のうちに含まれる。

ケイの場合は筋力に優れるので技巧よりも力に重点を置き、守勢に回りつつもカウンターで急所を狙う、防御的な殺人剣がその基本だ。

ゲーム内では初歩の初歩とされる剣術だが、ケイはこれを完全にものにしており、上級プレイヤー相手に豊富な戦闘経験も積んでいる。基本ゆえに奇をてらった戦法には弱い節があるものの、ケイの”受動(パッシブ)“と併せれば、一対一で普通に戦う分には、滅多な相手に負けることはない。

―そう、例えば、目の前の剣士のような、普通の相手には。

くそがぁッ!

怒鳴りつけながら、上段に構えた長剣をケイ目がけて振り降ろす男。

自暴自棄とも取れる正面からの攻撃。殺気を感知するまでもなく、当然のように流れるように、そして機械的にケイは対応する。

上段から迫る長剣に、迎撃のサーベルを叩きつけた。防御というよりもむしろ、武器そのものを破壊するかのような手荒な一撃。

ギイィン、と鈍く刃が共鳴し、夜闇に火花が飛び散る。

ぐッ!?

刃がぶつかり合った瞬間に、剣士の手に長剣が吹き飛びそうになるほどの衝撃が襲う。鍔迫り合いになどなりようもなく、ただ弾かれる長剣。

そこで、その衝撃を逃がして回避行動を取るなり、別の手を打つなりすればよかったのだが―無理やり体勢を修正しようとしたのが彼の運の尽きだった。

中途半端に力の篭った構えに、ケイがぐいと割って入る。左手の篭手で剣を押しのけ、無理やりこじ開けるようにして肉薄した。そして突き込むサーベル、革鎧の隙間の喉元に鋭い刃が吸い込まれる。

こっぉ

喉を刺し貫かれ、カッと目を見開いた剣士は、そのままぐるりと目を裏返らせた。その身体から力が抜けるのと、微弱な殺気がケイを貫くのとが同時。即座にサーベルで串刺しにした死体を前面に掲げるケイ。

ドッ、と軽い衝撃が死体越しに伝わる。盾代わりにした剣士の背中に黒羽の矢が刺さっていた。

何なんだよ……何なんだよお前はァッ!?

見れば、最後の一人、引きつった顔のモリセット。ずっと弓で剣士を援護しようと構えていたのだが、ケイが射線に気を払い、剣士を盾にするように立ち回っていたため、ロクに矢を放つことができなかったのだ。

悲鳴のように叫びながら、弓を引き絞る。

その場にサーベルごと死体を打ち捨てたケイは、転がるようにして迫撃の一矢を避けた。そして、あらかじめ目星をつけていた『それ』を、拾いながら立ち上がった。

ケイの手に握られたそれを見て、今度こそモリセットは顔から血の気を引かせる。

朱色(あかいろ)の、弓。

木立の中、ほぼ無きに等しい星明かりを受けて尚、その朱塗りは美しくあでやかに。

矢がつがえられた。

ぎりぎりぎりと。まるで地獄の門が顎(あぎと)を開くが如く。

弦が引き絞られる。狙いはぴたりと、モリセットへ。

定められた。

モリセットの顔面をだらだらと冷や汗が伝う。その手から力が抜けて弓がこぼれ落ちた。触れた空気が弾けそうなほどに、張りつめた殺意がケイの全身から溢れ出している。

―What(何か) do you say(言うことはあるか)?

問いかけられたモリセットは、媚びへつらう笑みを浮かべようとして、失敗し。

それでも引きつった笑みに近い顔で、

I’m sorry(ごめんなさい)

カァン、と。

快音とほぼ同時、銀光がモリセットの右膝を撃ち抜いた。

―ッ!

声にならない叫び。膝小僧を貫くように、関節をまとめて破壊され、右足はその機能を喪失した。足をあらぬ方向へと折り曲げながら、モリセットは地面に這い蹲る。

―ぁ! ぉ―ッッッ!

あまりの激痛に、しかし痛みのあまりもがくことすら出来ず、ひきつけを起こしたように身体を震わせ絶叫するモリセット。そんな彼をよそに、ケイはゆっくりと歩み寄りながら、新たな矢を引き抜いて弓につがえた。

しばし待つ。

肺の中の空気を根こそぎ絞り出し、呼吸もままならず喘ぐモリセットに、ケイは再び声をかけた。

お前にチャンスをやろう。俺の質問に答えろ

その言葉に、モリセットは脂汗にまみれた顔を上げ、じろりと目を細めてから悔しげに頷いた。

簡単な質問だ。お前たちが使っている毒の名前と系統を教えろ

……毒の名は 鴉の血 。系統は”隷属”だ……!

かすれた声で、モリセットが答える。“隷属”系統―村に残してきた解毒剤の一つが当てはまる。ケイは、自身の表情が変わりそうになるのを必死で抑えた。

……毒、あるいは解毒剤は、手元にあるか?

油断無く、いつでも矢を放てるように注意しながら、重ねて問う。

ある、両方とも……

胸元を探ったモリセットが、睨むようにケイを見上げながら、目の前に金属製と木製のケースを一つずつ置いた。

大きい方が毒、小さい方には、解毒剤が入っている……

分かった。もう少し前に押し出せ、俺が足で取れるように

弓をちらつかせながらケイ。この期に及んで、モリセットはそれ以上怪しい素振りを見せなかった。大人しく差し出されたケースをおもむろに拾い上げる。

大きい方のケースは、ガラス製の容器を木細工で覆ったものだ。中にはとろみのあるドス黒い液体。なるほど、見るからに『毒』という感じの代物だった。

対してもう一つの小さいケースは、ケイが持っているそれに近い丸薬入れだ。中には、ケイの持つ解毒剤より一回り小さい、白い錠剤がぎっしりと詰まっていた。