味わう余裕もありませんでした。おいしいです
それはよかったです
ヒルダもくすくすと笑っている。
さて、それじゃあ、自分はそろそろ失礼します。せっかく任命されたんで、役目を果たさないと。コウさん、改めてありがとうございました
いやいや、お役に立ててよかったよ。あんまり根を詰めないようにね……といっても、きみは狩り好きだから、むしろ楽しめるかな?
はは、実は猛禽を一羽狩るごとにボーナスがつくんですよ
ケイがニヤリと笑って指で輪っかを作って見せると、コウもヒルダもからからと笑っていた。
そりゃあいい。じゃあ、頑張っておいで
はい。ヒルダさんも、美味しいお茶をありがとうございました
いえいえ。精霊様の御加護がありますように
そんなわけで、ケイは馬車をあとにした。
チラッと振り返れば、中でコウとヒルダが何事か話しているのが見える。
ケイが去ったというのに、ヒルダは隣りに座ったまま。
『……お似合いだと思うんだよなぁ』
ふふっと笑いながら小さく呟いて、ケイはコキコキと首を鳴らしながら、元いた義勇隊に戻ることにする。
ひとまず、マンデルをはじめ仲間たちに事の顛末を伝えてから、『近衛狩人』としての任務を果たしにいくことにしよう。
……銀貨のボーナスも、欲しいことだし。
107. 一狩
寒空の下、ウサギが一羽―
草原の只中で、耳をピクピクさせながら草をはんでいる。
周囲を警戒しているつもりなのだろう。だがそのウサギは、自らがどれほど危機的状況にあるかを、まるで理解していなかった。
ウサギから、三十歩ほどの距離。
サスケにまたがるケイの姿があった。
ウサギも、ケイの存在は認知していた。 だけどこれくらいの距離があれば大丈夫だろう、人間は鈍いし とでも思っているようだった。その手の”竜鱗通し”が何なのかを、ウサギは理解できない。そこにつがえられた矢の意味も。
ケイがウサギを捕捉してから、かれこれ数分が経っていた。もしもケイがその気であれば、ウサギは既に四、五百回は死んでいただろう。比喩表現や誇張ではなく統計的な事実として。
だが、ウサギは今も生きながらえている。
なぜか? それはケイがちらちらと空を見上げていたからだ。
何かの様子を―タイミングを計るように―
フッ、とウサギに影がさした。
音もなく、まるで流星のように、猛禽が舞い降りてきたのだ。
それは鷲(ワシ)だった。翼は広げれば優に二メートルを超えるであろう大物。胴体は茶と灰色のまだら模様で、頭の部分だけが初雪のように白い。頭部には冠状の羽毛を生やしており、まさに空の王者といった風格を漂わせていた。
ぎらりと、大振りな爪を光らせて―呑気に草をはんでいたウサギを狙う。果たして獲物は、弾かれたように逃げ出した。『脱兎のごとく』と言葉になるだけあって、それはもう見事な逃げっぷりを披露する。
だが、その全力の疾走も、天空から襲い来る捕食者の羽ばたきには、わずかに及ばない―鋭い爪がウサギの背を抉る―
と、思われた瞬間。
カァン! と唐竹を割るような快音。
鷲の爪は届かなかった。ドチュンッと水気のある音を立てて、必殺の一矢がその身を貫いたからだ。空の王者は一転、獲物と化し、それでいて地に堕ちるより先に空中で散った。
あわやというところで、九死に一生を得たウサギ。
―が、鷲を貫いた程度で”竜鱗通し”の矢が止まるはずもなく。
そのまま直線上にいたウサギにも襲いかかった。
―キュィッ!
断末魔の叫びじみた悲鳴とともに、矢を受けたウサギがひっくり返る。
よしっ
当然のように、一石二鳥ならぬ一矢二羽をキメたケイは、ご満悦でサスケから飛び降りた。心なしか弾む足取りで、成果をチェック。
鷲は首の付け根あたりを貫かれ、即死だった。それでいて肉体の損傷は最小限に抑えられており、さぞかし立派な剥製になるだろう。
そして、ウサギも虫の息。サクッととどめを刺して血抜きを始める。
うーむ、もういなさそうだな
空を見上げて、 こんなもんか と頷くケイ。近寄ってきたサスケの鞍に、立派な鷲をくくりつける。
一日の稼ぎとしては充分だろ。今日はこれくらいにしておくか
続いてウサギもくくりつけ、サスケの手綱を引いて歩き出す。
―くるりと向きを変えたサスケの反対側の鞍には、びっしりと、鷹や鷲といった猛禽類が吊り下げられていた。
……あ、もうちょっとお土産も狩っとくか
思い出したように、今しがたウサギの仕留めたばかりの、血塗られた矢をつがえて草原に視線を走らせるケイ。
―いた
引き絞って、リリース。
カヒュンッと軽やかな音とともに矢が飛んでいく。
そしてまたその先から、 キュイッ! と短い断末魔の叫び。
~~♪
口笛を吹きながら回収に向かうケイ。どことなく呆れたような顔を見せるサスケ、鞍で揺れる無数の獲物たち。『この世界』に来てから、おそらく最大効率で、ケイはその才能を遺憾なく発揮していた。
革のマントをはためかせる寒風だけが、戦々恐々としているようでもあった―
†††
時を遡ることしばし。
コウと別れたケイは、一旦、義勇隊の皆に事の顛末を伝えることにした。
おお、ケイ。……生きて帰ったか
明るい顔で戻ってきたケイに、マンデルはホッとした様子を見せる。
ああ。どうにか無礼討ちされずに済んだよ
それは何より。……それで、いったい何の用事だったんだ?
それがだな―
かいつまんで説明する。参上したらまさかの宰相閣下だったこと。伝書鴉の通信の保全のため狩りを依頼されたこと。そして近衛狩人なるものに任命されたことなど。
ほっほう、近衛狩人ですか!
横で話を聞いていた、ぽっちゃり系の田舎名士の次男坊・クリステンが感嘆の声を上げた。
知ってるのか?
ええ、書物で読んだことがあります! 出自に関わらず大変優れた狩人のみが任命される、大変名誉な役職だとか……!
ほほー
大物狩りとして既に名誉をほしいままにしているケイは、現時点でさらなる名誉は求めていなかったが、それでも尊敬の眼差しで見られるのは気分が良かった。
近衛狩人という、なんか強そうな字面も気に入っている。それでいて大仰な名前の割に、大した責任が付随していない点もポイントが高い。
そういうわけで、俺は義勇隊を離れることになった
ケイが告げると、マンデルも含めて皆がシュンと悲しげな顔をする。
そうか。……それは残念だ
寂しくなるな……晩飯が
彩りが……
現金な奴らだ、と思わず苦笑する。
安心してくれ。何か食えそうなモノを仕留められたら、お裾分けに来るからさ