軍で汗を流すこと数年。飛竜討伐軍に志願し、どうにか出世しようと息巻いてみれば―割り当てられたのは義勇隊の隊長! その上、部下に吟遊詩人に歌われるような英雄がいて、二日と経たずに自分と同格以上に出世……
クリステンの芝居がかった語りに、ケイは渋い顔をし、他の面々はくすくすと笑っていた。当事者じゃなければ笑えていたかもしれない。
だが、そうは言っても、あくまで討伐軍の間だけだぞ?
それを言うならケイ殿。義勇隊の隊長だって同じですよ
あ
指摘されて初めて気づいた。
しまったー!
フェルテンの不機嫌が加速した理由がわかり、思わず額を叩いて呻くケイ。謙遜のつもりだったが、この場合だと煽りに受け取られかねない―!
……うん、まあ。言ってしまったものは仕方がないな。俺もあまり調子に乗らないよう気をつけよう
腕組みして、うんうんと頷くケイ。
自分としては 自由に動けてラッキー くらいにしか思っていなかったが、一時的とはいえ、この肩書がかなりい(・)か(・)つ(・)い(・)ものであることをようやく理解した。
何かしらで絡まれたら、印籠よろしく身分証を出して切り抜ければいいや、と甘く考えていたが、そのせいで逆恨みや余計な妬み嫉みを買うかもしれないし、そもそもそんな目に遭わないよう立ち回るべきだろう。
堂々と我が物顔で陣地を歩き回っていたのも、きっとよろしくない。元々異邦人なこともあるし、もうちょっとこう、肩身が狭い感じで動いた方が良さそうだ……
……なんというか
……あんたらしいな
何やら一人で納得し、反省するケイに、義勇隊の面々は呆れたように笑っている。
ケイ殿はそのままでもいいですよ。我ら庶民の希望の星ですからね!
そうそう。威張り散らすお偉いさんより、よっぽどいいや!
飯も持ってきてくれるしな!
お調子者の誰かの一言に、全員が噴き出して笑う。
まあ、まあ。よくわかったよ。みんなありがとう
隊長はアレだったが、この隊の皆は気のいい奴らばかりだ。
見方を変えればあの隊長も、ケイが無自覚に調子に乗りつつあったことをわかりやすく教えてくれたとも言える。
そういう意味では、最小限の被害で済んで良かったかもしれない。
(やはり人間、無駄に目立たないよう気をつけないとな……)
……などと、周囲が聞けば噴飯ものなことを考えながら、ケイはこれからもっと慎ましやかに立ち回ろう、などと思いを新たにするのであった。
†††
そんな反省も踏まえて、夕方。
猛禽類をそこそこ仕留めたケイは、獲物をこそこそと隠しながら参謀本部へ向かっていた。
昨日よりもさらに遅めの時間帯をチョイスしたことにより、夕餉の準備で周囲が慌ただしい。薄暗さも相まって、目立ちにくいという寸法だ。
……と、ケイ本人は考えている。
マントで猛禽類の束を必死に隠そうとしながらぎこちなく歩く、朱色の強弓を背負った馬連れの狩人が目立つかどうかは、また別問題だ。
しかし本部が近づいてきたところで、何やら、ざわっと異様な空気が流れた。
(目立ったか?)
と少し慌てたが、どうやら自分ではなかったらしい。
……見れば、向こうから、小姓の少年たちを引き連れた、赤い衣をまとった人影が歩いてくるではないか。
(げっ、公子!!)
ケイの視力は、一発でそれが誰かを見抜いた。
まさかこんなところで鉢合わせようとは……
いや、名目上、飛竜討伐軍は彼が率いる軍勢であり、いくら警備の問題があるとはいえ、四六時中引きこもっているわけにもいかないだろうから、我が物顔で歩き回っていても誰も文句は言わないのだが。
ケイは慌てて物陰に引っ込もうとしたが、周りの兵士や軍人たちが先んじでひざまずきつつあり、しかもサスケの存在があったので機敏に動けなかった。
というか、ここでサスケを引っ張ってテントの陰に隠れたりしたら、あからさま過ぎる。
仕方がないので、その場でひざまずいてやり過ごすことにした―
―む
問題があるとすれば、いち平民にすぎぬケイではあるが、武道大会で表彰されたために、公子と面識があることだった。
公国一の狩人、ケイチであるか。大儀である
……まさか直接、話しかけられることになろうとは。
111. 公子
前回のあらすじ
ケイ これからは目立たないようにするぞ! (`・ω・´)
公子 公国一の狩人、ケイチであるか。大儀である
ケイ 目立たない……ように…… (´・ω…:.;::..
公子ディートリヒ=アウレリウス=ウルヴァーン=アクランド。
16歳という若さで、公王の座に就こうと―あるいは、就かせられようと―している少年だ。その重責のためか、歳の割に顔つきは厳しい。現公王にして祖父・クラウゼ公ゆずりの鷲鼻(わしばな)、きりりとつり上げられた細眉、鳶色の瞳にライトブラウンの髪。よく言えば高貴な、悪く言えばツンとした高慢な雰囲気を漂わせているが、それはむしろ、この少年が雲上人であることを自他共に認めさせるような、超然とした風格を与えているようにも思えた。
そう、雲上人。
普通はわざわざ、自ら一般人に声をかけてくるようなことはない。
だが―ケイにとっては不幸なことに、今のケイは厳密には一般人ではなかった。
なんといっても”近衛(Archducal)狩人( Huntsman)“だ。
果てしなく末端に近いとはいえ、名目上、公王直参の家臣。次期公王(Archduke)たる公子ディートリヒが、一言くらい声かけしてもおかしくはない。
これがまだ平時ならスルーしていたかもしれないが、今は陣中であり、ここにいる全員は何かしらの理由で、公子のために命を賭けて馳せ参じている。
ケイのような平民出身者もちゃんと気にかけてますよ、というアピールは、ディートリヒからすれば、いくらしても損にはならないのだ。それがケイにとって有り難いかどうかは別問題だが。
ちなみに、ケイのような身分の者は、公子から個人として認識されている時点で、一般には相当に名誉なことだ。それだけで周囲から妬まれてもおかしくないのだが、幸か不幸か、それはケイの与り知らぬこと―
(―どうすりゃいいんだ!?)
そんなことより、ケイは跪いた状態でとにかく焦っていた。
公子からわざわざ声をかけられたにもかかわらず、だんまりがヤバいことくらいは流石にわかる。
何か。
何か答えなければ。
先日、礼儀作法の教師、もとい親切な軍人に教わった表現を思い浮かべつつ―
ははっ! お声をいただき恐悦至―
そなたは近衛狩人として―
言葉がかぶった。
よりによって公子と。
…………
沈黙。
その場に、異様な緊張感が満ちる―
(あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛―ッッ!!)