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でも―

いや、娘さんの言う通りだ

マンデルの了解が得られたことでテンションが上がり、家族の説得をないがしろにするところだった。恥じ入ったケイは、身をかがめ、下の娘(ソフィア)と目線の高さをあわせてから改めて話し出す。

俺は万全を期すつもりだが、戦いに『絶対』はない。もしかしたら俺は死ぬかもしれない。だがそれでも、あなたたちのお父さんは無事に帰すことを誓おう

ケイは真摯に語りかけるも、娘たちは微妙な表情だ。そんな『誓い』に何の意味がある、とでも言わんばかりの態度。ケイも気持ちはよくわかる。必要なのは有耶無耶な言葉ではなく、具体案だ。

―マンデルのために、馬を一頭用意する。何が起きてもすぐに逃げられるように。マンデルの役目は、横合いから氷の矢を射掛けることだ。“森大蜥蜴”を引きつけるのは俺の相方が担当して、メインの攻撃は俺が受け持つ。『絶対に』とは言い切れないが、“森大蜥蜴”の敵意がマンデルに向くことは少ないと思う。仮に俺が殺られても、逃げる時間くらいは稼げるはずだ

たった一人の父親の命を預けろというのだ。

ならばケイが担保にできるのは、己の命くらいのものだろう。

もちろん死ぬつもりは微塵もないが―万が一への備えを怠るほど、不義理もしないつもりだ。

だから、頼む

ケイが頭を下げると―

ソフィアは、不承不承、といった感じに、それでも頷いた。

……ありがとう

もう一度頭を下げ、マンデルとともに足早に家を出る。村長と交渉するために。

残された二人の娘は、不安げに顔を見合わせ、ひしと抱き合った。

今さらのように沸いた鍋のお湯が、かまどでぐつぐつと揺れていた。

マンデル テンション上がってきた

ケイ テンション上がってきた

作者 テンション上がってきた

いつも感想コメントにゃーんありがとうございます!

お陰様で頑張れてます! ありがとう……ありがとう……

89. 交渉

前回のあらすじ

マンデル テンション上がってきた

娘たち お父さん! やめてぇ!

ケイ (説得中)

上の娘(マリア)(お父さん死ぬほど行きたそうな顔してる……)

下の娘(ソフィア)(こんなの頷くしかないじゃん……)

その日、ベネットは平和に過ごしていた。

本来は村長としてタアフ村を預かる身だが、この頃は長男のダニーが村長代理として業務を回してくれるようになり、半隠居状態にある。

ジェシカや~~~

お陰でこうして、のんきに最愛の孫娘と遊んでいられるのだ。屋敷のリビングで孫娘のジェシカを膝に抱えて、だらしなく相好を崩すベネット。

やぁ~~!

ベネットのあごひげがくすぐったいのか、ジェシカがイヤイヤするかのように身をよじる。しかし同時にキャッキャと笑っており、そこまでいやがっている様子もなかった。

さあジェシカや、ABCの歌を歌おうねえ

うたう~!

A B C D ~ E F G ~♪

え~び~し~でぃ~ い~えふ~じ~♪

公国に古くから伝わる『ABCの歌』を、紙に書きつけたアルファベットを指し示しながら歌う。

(なんと、ジェシカは天才じゃ―!)

孫娘の利発さにベネットは鼻高々だ。今年で四歳になる孫娘は、ABCの歌をあっという間に覚え、一人で歌えるようになったのだ。

しかも、最近では文字まで書けるようになってきた。

この間は棒を使って地面に I(アイ) の字を書いてみせた。素晴らしい才能だ。―満面の笑みで じぇー! と言っていたが、IとJは隣同士なので、ちょっと間違えてしまったのだろう。それは仕方がないことだ。

Now I know my ABCs ~♪ Next time won’t you sing with me ~♪

歌うジェシカのふわふわのくせっ毛を撫でながら、リズムにあわせてベネットも体を揺らす。

(本当に賢い子じゃのう……)

将来はどうしたものか、などと考える。

このまま村で暮らすのも、もちろんいい。タアフは近隣の村々に比べてもかなり裕福な方だ。しかしサティナの街に出る、という手もある。可愛い可愛いジェシカが遠くに行ってしまう―考えただけで泣きそうになるが、孫娘の幸せを願うならばそれもアリだ。村にとどまるよりも、文化的で豊かな生活を送れるかもしれない。

これだけの賢さ、街の商会で礼儀作法を身につければ上級使用人の道もあるやもしれぬ。そして幼いながらにはっきりとわかる目鼻立ちの良さ、ともすれば貴族様のお手つきに―いや、側室などという道も―

おじーちゃん! もっかいうたお!

ん? ああ、いいよ、歌おうねえ

え~び~し~でぃ~♪

ほほほぉ~ジェシカは本当にお歌が上手じゃのう~

目尻を下げて、デレデレと笑いながらベネット。きゃっきゃと屈託なくはしゃぐジェシカを見ていると、全てどうでもよくなってきた。ジェシカは幼い。教育も嫁入りもまだまだ先の話だ。今は全身全霊で可愛がってあげよう―

(―それに、そろそろジェシカだけに構ってあげられなくなるしのぅ)

ほんの少しだけ、申し訳なさで表情が曇る。

ジェシカは、ベネットの次男クローネンの子だ。

次期村長こと長男ダニーには、長いこと子どもができなかったのだが、数ヶ月前、とうとうダニーの妻が妊娠したのだ。ダニーは優秀だがあまり人望がなく、そのせいで村内には次男クローネンを次期村長として望む声もある。跡継ぎの不在が攻撃材料の一つになっていたのは確かだ。

ダニーの妻シンシアも、石女(うまずめ)だの何だのと陰口を叩かれていたが、ベネットの知る限り、ダニー本人はシンシアを一言も責めなかった。あれはあれなりに妻を愛しておるのだろう、などと思う。

それはさておき、孫の話だ。

何事もなければ半年もしないうちに、ダニーとシンシアの子が生まれるだろう。そうなるとジェシカ一辺倒の生活も、どうしても終わらざるを得ない。

おじーちゃん! のどかわいた!

おお、じゃあお茶を淹れてあげようかねぇ

よっこらせ、と席を立つべネット。

―ベネットも長男だから、わかる。両親は自分を大切にしてくれたが、年の離れた弟が生まれたときはそっちにかかりきりで、自分がおざなりにされたように感じたものだ。実際、赤子は手がかかるので仕方がないのだが―できればジェシカには、あんな思いはさせたくない。

老骨には少々堪えるが、どちらも同じくらい可愛がらねば―! と決意を新たにする。

孫と言えば、サティナにもうひとりいるのだが、赤子の頃に一度顔を合わせたのみで、それ以来会えていない。向こうは自分のことなど覚えていないだろう、と思うと少し寂しくもある。サティナとタアフ、自分のような老人が気軽に行き来できる距離ではないが、本格的に隠居したら再び娘夫婦を訪ねるのもいいかもしれない―