笑いを噛み殺しながら、クローネンが尋ねた。
ええ、あるわよ
この腹ペコの客人に昼食を。俺は親父を呼んでくる
わしゃわしゃとジェシカの頭を撫でつけてから、クローネンはそそくさと家を出て行った。家の外から押し殺したような笑い声。残されたジェシカが、スプーンをキャンディーのように舐めながら、くりくりとした目でケイを見上げている。
その、お席にどうぞ。庶民のスープですけど、お口に合うかどうか
かまどの鍋から木の器にスープをよそったティナが、ケイに笑いかけた。今更のように恥ずかしくなったケイは、赤面しながら ありがとう と席に着く。
おなかぺこぺこ~
ジェシカもケイの対面に座り直し、テーブルの下で足をぶらぶらとさせながら、スープを食べ始めた。
ケイもティナから木のスプーンを受け取り、供されたスープを口に運ぶ。黄色の、とろりとした液体。口にした瞬間、ざらっとした舌触りと、仄かな甘みのある素朴な香りが広がった。塩以外に調味料は使っていないようだが、素材が良いからか、野菜の旨みが生きている。
……美味しい。これは?
かぼちゃのポタージュです。パンと一緒にどうぞ
そう言って、ことりとテーブルに置かれる堅焼きのパンの籠。かなり堅いが、スープに浸してふやかすと食べやすいようだ。
野菜と穀物中心のさっぱりとした食事だったが、一口味わった途端に猛烈な空腹を自覚したケイは、頬の痛みも忘れてモリモリと食べ始める。
食べながら、ジェシカが全くパンに手を伸ばさないことを不思議には思ったが、どうやら幼い彼女にとって堅焼きのパンは食べづらいので、代わりにスープに穀物を入れリゾットのようにして食べているらしい。
にこにこと鍋をかき混ぜるティナは、時折申し訳なさそうに器を空にするケイにお代りを継ぎ足しながら、そんな二人の様子を見守っていた。
戻ったぞ~
クローネン宅から村長の家までは、それほど離れていない。しかしある程度ケイが落ち着くタイミングを計っていたのだろう、たっぷりと時間を置いてからクローネンが戻ってきた。
ケイ殿、お目覚めになられたのですな
杖を突きながら、ベネットが中に入ってくる。その背後には、愛想笑いを浮かべたダニーの姿もあった。
おじーちゃん!
ちょうど食べ終わっていたジェシカが、スプーンを置いて きゃー と声を上げる。
おお~ジェシカや~、今日も元気かのぉ~
普段から好々爺然とした笑顔を張り付けているベネットだったが、この時ばかりは本当にだらしなく相好を崩し、 おじいちゃんだよ~ と言いながら孫娘の額にぶちゅ~っとキスの雨を降らせる。あごひげがくすぐったそうにしながらも、キャッキャとはしゃいでいるジェシカ、そんな祖父と孫の姿を穏やかな笑顔で見守るクローネンとティナの夫婦。
しかし、そんな穏やかな雰囲気の中でただ一人、ダニーだけはどこか、取ってつけたような乾いた笑みを浮かべているのが、ケイには印象的だった。
さて、ジェシカや。もうお腹も一杯になったじゃろう、お友達と遊んでおいで
おじーちゃんは?
あとで一緒に遊んであげよう。でも今は、このお兄さんとお話をしなければならないんじゃよ
ん~……わかった
意外と聞き分けの良いジェシカは、そのままぴょんと椅子から飛び降りて、ぱたぱたと外に走り出ていく。
……可愛いお孫さんだ
間違いありませんな
ケイの言葉に、うむ、と重々しく頷くベネット。
その間にも、食器を手早く片付けたティナが、あらかじめ沸かしていたお湯で人数分のハーブティーを淹れ、 洗い物をしてきますね と食器を手に、さり気なくその場から席を外す。
後には、男たちだけが残った。穏やかな団らんの空気が、自然と引き締まっていく。
さて、ケイ殿。お身体の調子はいかがですかな
ケイの対面の席に着きながら、ベネット。ダニーがその横の椅子に腰を下ろし、クローネンはケイの隣で椅子を引いた。
すこぶるいい。今しがた、馳走になったおかげで腹も膨れたし、大変美味だった。それと、この傷を治療してくれたのは、アンカの婆さんかな
思い出したように、ずきずきと痛む頬の傷を撫でながら、ケイ。
そうですじゃ。あの婆の特製軟膏は、効きますぞ。流石に、ケイ殿のポーションには敵いませんがの
そうか、あとでお礼を言わねばな……。それと村長、俺の武具の手入れまで手配してくれた、と彼の妻から聞いたが
ケイが隣のクローネンを見やりながら言うと、ベネットはにこりと笑みを浮かべて、
せっかくのお見事な武具が、返り血で痛みかねませんからの。僭越ながら村の職人に手入れをしておくよう、命じておったのです。とはいえ、こちらの独断となってしまいましたが―
いや、こちらとしても助かった。ありがとう
それならば僥倖ですじゃ。困ったときはお互い様と言いますからの……ああ、あとでその胴鎧も修繕しておくよう、命じておきましょうぞ
愛想よく話を進めるベネット。それに付き合って愛想笑いを張り付けたケイは、タダより恐ろしいものはないな、と心の中で呟いた。
それで、話があるとのことだが
おお、そうでしたの
ケイの言葉に、ベネットがぽんと手を打ってみせる。わざとらしいというよりも、予定調和な言動。
話とは、昨日の盗賊のことですじゃ。昨夜は、詳しいお話を伺おうにも、お疲れの様子でしたからの……
申し訳ない
お気になさらず。して、事の顛末をお聞かせ願えますかな
もちろん
ベネットたちに、昨夜、村を出た後のことを話して聞かせる。ミカヅキを駆り現場に戻り、そのまま野営していた盗賊たちを襲撃したこと。その戦闘でミカヅキを失った代わりに、盗賊たちを全滅させたことなど。
全滅……
ケイの言葉を反芻するかのように、ベネット。
十人近い敵を相手にして戦闘に勝利し、なおかつ全滅させるなど、にわかには信じがたい話だ。しかし、少なくとも何人かを殺害しているのは、ケイが浴びた返り血を見れば明らかだった。
成る程。話は分かりました、……場所は、『岩山』の近くなのですな?
そうだ
賊どもの死体は、いかがなされましたかの?
そのまま放ってきた。色々と値打ちのありそうなものもあったが、回収する時間も余裕もなかったからな
ケイがそう言うと、ベネットとダニーの目がきらりと輝いた。思わず苦笑しそうになる。この話の方向性が見えてきた。
となれば、やはり回収しに行くべきでしょうな
……そうだな。案内しよう
ふぅむ、しかしケイ殿は昨日の戦いお疲れでしょう、今日はゆっくり休まれては如何ですかな
そうです、『岩山』であれば場所はわかりますし、わざわざケイ殿のお手を煩わせるまでもありませんぞ