Выбрать главу

ベネットとクローネンは、何とも複雑な顔をしている。同情と憐憫と気まずさが入り混じったような―

(なんだこの空気……)

困惑するケイをよそに、 さて とベネットが切り出した。

ケイ殿。いかなるご用向で我が村に?

本題の時間だ。

ああ。実は、狩人としてマンデルを借り受けたく思う

……マンデルを? 理由をお聞きしても?

“森大蜥蜴(グリーンサラマンデル)“を狩る

は?

ベネットが呆気に取られる。隣のクローネンも同じようにポカンとしており、その表情があまりにも似通っていて、可笑しかった。

実は今日、ウルヴァーン郊外の開拓村から手紙を受け取ってな―

順を追って説明する。ケイが冗談ではなく本気(マジ)で言っていることを察したベネットは、頭痛をこらえるように額を押さえ、クローネンは わからねぇ……おれにはなにも…… と思考放棄したかのようにホゲーッとしていた。

そう……ですか、そのためにマンデルを……

唸り声を上げたベネットは、深い皺の刻まれた顔を厳しく引き締める。

……ケイ殿。個人的に大恩ある身としては、非常に心苦しいのですが、マンデルは我が村にとって貴重な人材。斯様に危険な狩りに参加させることは、村長としては承諾いたしかねます

マンデルの娘さんたちにも同じことを言われた

ケイは動じることなく頷く。

しかし、俺とて、友人を徒(いたずら)に危険に晒したいわけではない。そこで安全策として、マンデルには専用の馬を一頭用意する。彼には騎乗の心得があるだろう? いざというときは迅速に退避できるはずだ

ケイはマンデルに視線をやりながら言う。 友人 と言われてマンデルは少し嬉しそうだった。

そも、絶対に、とは言い切れないが、マンデルには”森大蜥蜴”の敵意は向きづらいはずだ。“森大蜥蜴”の注意を引く囮役は、俺の相方がする。そして主に攻撃を担当するのは俺だ

相方、ですか?

アイリーンだ

…………

ベネットはクローネンと顔を見合わせた。アイリーン―サティナではリリーを救い出し、“正義の魔女”と名高い彼女だが、この村の面々からすると毒矢を食らって寝込んでいた印象が強い。

……森の中で”森大蜥蜴”並の速さで動き回れるのは、公国広しといえど、おそらく彼女くらいのものだぞ。それに影の魔術も使えるからな……

ベネットたちの懸念を感じ取ったケイは、言い含めるように注釈する。実際のところ”森大蜥蜴”は昼行性なので、影の魔術の出番はないだろうが……。

うぅむ……しかし……

いずれにせよ、マンデルの役目は、横合いから魔法の矢で動きを鈍らせることだ。“森大蜥蜴”とことを構える時点で、危険なのは確かだが、正面切ってやり合う俺よりは安全だ。万が一のことがあっても、彼が逃げる時間くらいは稼ぐことを刃に誓おう

腰の短剣を抜き、改めて宣誓する。

ぬぬぅ……。マンデル、近ごろの森の様子は?

ベネットはそれでも気が進まない様子だったが、マンデルに水を向ける。

森は静かなもんだ。……収穫も片付いたし、獣も荒らしには来ないだろう。おれの出番はそれほどない。罠の扱いなら『フィル坊』にも一通り仕込んであるしな

静かに答えるマンデル。フィル? と首をかしげるケイに気づいて、

フィルは、マリア―おれの上の娘の婚約者だ。我が家に婿入りして狩人を継ぐことになっている。弓扱いはまだまだだが、罠に関しては筋がいい

ほう、そういうことか

納得するケイをよそに、クローネンと何事かコソコソ話し合っていたベネットは、咳払いして話を戻す。

……ケイ殿。事情はわかりました。しかしマンデルは我が村の防衛をも担う人物でもあり、そう容易くお貸しするわけには参りません。近ごろはこの辺りも平和なものではありますが、それでもマンデルの不在は大きいですからの

公国の各所で暴れていたイグナーツ盗賊団も、とんと噂を聞かなくなった。ケイが大打撃を与えたお陰かもしれない―とは思ったものの、ベネットは口には出さずに堪える。話す前からケイに先回りされているような感覚だった。

ふむ。それは当然のことだな。マンデルほどの人物を借り受け、さらには村にリスクを負わせるとなると、無料(タダ)で、というわけにはいかないだろう。相応の対価は払わせていただきたい

……もちろん、相応の対価をいただけるならば……しかし、どれほど期間をご予定されているので?

それは、難しいな。相手次第だ

痛いところを突かれ、ケイも顔をしかめる。

仮に、ケイたちが駆けつけるころには時既に遅く、ヴァーク村が壊滅していたとしても、そのまま帰るわけにはいかない。おそらく”森大蜥蜴”は近辺に潜んでいるはずだ。他の村に被害が出る前に、引きずり出して叩く必要がある。

たらふく食った”森大蜥蜴”が満足し、そのまま 深部(アビス) に引き返す―そんな可能性もなくはないが、ケイの見立てでは低い。魔力の薄い地において、人間は野生動物に比べると『濃いめの』魔力を持つ生物だ。そして数も多い。味を覚えたからには『次』を求めるはず―

……最短でも2週間。長引けば……1ヶ月といったところか。討伐成功か否かにかかわらず、25日が過ぎればマンデルは離脱させる。移動の時間を鑑みても、1ヶ月とちょっとでタアフ村に帰還できる、というわけだ。これでどうか?

25日というのは、ゲーム内での経験を現実世界に拡張させ、ケイが適当に考えた日数だ。具体的な根拠があるわけではないが、それぐらい時間をかければいずれにせよ決着は着く、と踏んだ。

それならば……まあ……。マンデルは、それでも構わないのか?

もちろんだ

不承不承、といった様子でベネットが問いかけるが、マンデルは是非もないとばかりに即答。この男、ノリノリであった。

なら決まりだな。期間は二週間から一ヶ月。そして俺はそちらが満足するだけの相応の対価を払う、と

よしよし、と頷くケイ。まだ対価の中身すら交渉していないというのに。

それでよろしいか? ベネット村長

……わかりました。それで、対価についてですが―

いや、悪いがちょっと待ってくれ。マンデルの加勢が確定したからには、知らせを送りたい

ベネットを手で制し、ケイはおもむろに席を立つ。

知らせ? と首をかしげる面々をよそに、リビングの雨戸を開け放つ。

日が傾いてきたな……

空を見上げ、ううむ、と唸るケイ。できればサティナに日帰りしたかったが、秋の暮れ、日が短くなってきた。日が沈むとサティナの市壁の門は閉じられる。閉門は正確な時間が決まっているわけではなく、衛兵たちの判断で閉められるので(仮にまだ待っている人がいたとしても!)、今から全力で戻っても、ギリギリで間に合わない可能性が出てきた。