また、狩りが成功裏に終われば、“森大蜥蜴”の素材で莫大な収入も期待できる。
だからベネットに多少ふっかけられても、全く構わないと考えていたのだ。
―その、圧倒的な『持つ者』の余裕に、ベネットは気圧された。
今の俺の手持ちで渡せるものとなると……
懐に手を入れようとして、革鎧と鎖帷子の存在を思い出したケイは、 すまん、マンデル手伝ってくれ と声をかけ、いそいそと武装を解除し始めた。
まずは革鎧を脱ぎ、椅子に置く。ところどころに傷がついているが、歴戦の風格を漂わせる逸品。
以前、あの革鎧の手入れを頼まれた村の職人が、 “森大蜥蜴”の革らしい! と大興奮していたのを思い出す。当時のベネットは 確かに見事な革鎧だが、流石に話を盛っているのだろう と鼻で笑ったものだ―
艷(・)や(・)か(・)な(・)青(・)緑(・)色(・)の革鎧。
今となっては笑う気にもなれない。
っと、どこにしまったか……
これまた最上級品に近い鎖帷子を脱いで、胸ポケットをごそごそと探るケイ。
とりあえず邪魔な懐中時計を外に出しておく。鎖にぶら下がって無造作に揺れるそれを、ギョッとして凝視するベネット。
えーと、金と、触媒と、……これもアリか
懐から硬貨が詰まった革袋、宝石類を包んだ巾着を取り出し、机に置く。さらに腰のベルトのポーチから、いくつか護符を抜き取った。
こんなところだな。まずはコレを渡しておこう―アンカの婆様は元気か?
布にくるまれた護符を差し出し、唐突にケイが問う。
アンカ―村の呪い師の婆様のことだ。前回の訪問時、ケイとアイリーンが精霊語をレクチャーした結果、精霊に祈願し病魔を退ける簡単な呪術を扱えるようになり、豊作祈願に病気の治療にと大活躍している。
ええ、それはもう、近ごろはむしろ若返ったようで……
そうか。それはよかった、ならこれが使えるな
……それは、なんなんだ?
恐る恐る、といった様子でクローネンが尋ねる。これまで終始圧倒されて黙り込んでいたクローネンだが、好奇心が勝ったらしい。
使い捨ての”突風”の護符だ。呪文を唱えれば、大の男でも吹っ飛ばすような風を、ピンポイントで吹かせられる
―まさかの魔道具。それも攻撃用の。ヒュッと引きつったような呼気を漏らしビビるクローネン。
ああいや、それほど怖がる必要は……あるか。核になってる宝石部分は絶対に傷つけないでくれ。暴発して大変なことになる
だから布でくるんであるわけだが、というケイの説明にマンデルさえ顔をひきつらせる。
それは……その……それが対価ということですかの?
確かに価値は凄そうだが、こんなもん渡されても困る、とばかりにベネット。
いや、これは迷惑料みたいなもんだ。マンデルがいない分、村の戦力が落ちるだろう? 万が一ならず者が村を襲ったら使うといい。強そうなヤツを二、三人吹っ飛ばしてやれば、相手も腰が引けて戦いやすくなる。多少魔力を使うが、アンカの婆様なら問題ないはずだ。あとで挨拶かたがた、起動用の呪文も教えておくよ
タイミングは難しいが矢を逸らすのにも使えるぞ、騎馬の突撃だって工夫すれば止められるぞ、などと、自作魔道具の活用法を生き生きとした様子で語るケイ。
…………
迷惑料―迷惑料とは―そんな言葉がベネットの頭の中でぐるぐる回る。
で、対価の方だが、どっちがいい?
ずい、とベネットの前に、革袋と巾着袋を押し出すケイ。
ベネットは無言で、まず革袋を検めた。―中にぎっしりと、銀貨が詰まっていた。何枚あるか、数える気にもならない。村の収入の何年分だ? 計算しようとするが思考が上滑りするばかりで、頭がうまく働かない。
仕方ないので、巾着袋を調べる。―先ほどケイが使い捨てたような、良質なエメラルドの原石が、お互いが傷つかないように小分けしてごろごろと入っていた。
ちなみに、価値は宝石の方が高いかな
俺としてもそっちを取ってもらった方が助かるかもしれない、とケイ。
えぇ……?
なぜ高い方が助かるのか理解できず、妙な声を上げるクローネン。
確かに、……見事な宝石ではありますが、ワシらには換金の手段が限られておりますからの。倅(ダニー)ならサティナの街でさばけるかもしれませんが、宝石商の宛てとなると……それに、これほどの宝石は経験がありませんし、うまく交渉できるかどうか……それならば現金の方が―
コーンウェル商会を訪ねればいい
ケイはニヤリと笑う。
―アイリーンと俺はコーンウェル商会の専属魔術師でもある。俺からの紹介ともなれば無下には扱われない。どうだ?
コーンウェル商会……専属……
ベネットは今日何度目になるかわからない衝撃を受けた。
娘(キスカ)の手紙から、ケイたちがコーンウェル商会と交流があることは知っていた。だが専属契約まで結んでいることは知らなかったのだ。何分、ケイたちが本格的に魔術師として活動し始めたのはここ1~2ヶ月のことで、最後にキスカの手紙を受け取ったのが数ヶ月前だ。知りようがなかった。
そして、宝石について。
ケイからすれば、この宝石はコーンウェル商会から割引価格で購入したもので、ベネットがコーンウェル商会に売るのであれば、それらは再び魔道具の材料として手元に『戻ってくる』。どこの商会に使われるかわからない現金を渡すより、コーンウェル商会、ひいては自分たちに利益が還元される可能性が高いわけだ。
また、ベネットからすれば、ケイの口利きのもとコーンウェル商会で安全に取引ができる。コーンウェル商会に問い合わせれば医薬品でも嗜好品でも、常識的なものはほとんど揃うだろう。宝石を対価に大量の、かつ良質な物資を得られるのだ。何よりコーンウェル商会とつながりができる。その利益は計り知れない―
可愛い可愛い孫娘(ジェシカ)のことが頭をよぎる。麻痺していた脳がここにきて、バチバチとそろばんを弾き始めた。
……ケイ殿
ベネットは深々と頭を下げた。
こちらの宝石を、対価としていただけませぬか。それと、もしよろしければ一筆したためていただけると、非常に助かるのですが……
ああ、そうだな、何か証拠があった方がいいか。もちろんだとも
鷹揚に頷くケイ。
(なんとも、まぁ……)
合意の握手をしながら、ベネットはもう笑うしかなかった。
半年前―
そう、久々といっても、たった半年前だ。ケイがこの地を訪れたのは。
あのとき、この青年は右も左も分からない、怪しい身元不詳の異邦人だった。
だが、今の彼を見よ。まるで別人ではないか。圧倒的武力はそのままに、魔術の秘奥を使いこなし、財力も人脈も並外れている。武闘大会でケイと再会したマンデルが、村に戻ってからしきりにケイを褒め称えていたが、ようやくその心がわかった。